ピアノの音色と共に響く人生観、映画『フジコ・ヘミング 永遠の音色』感想・レビュー
10月24日(金)から公開される
『フジコ・ヘミング 永遠の音色』
この度オンライン試写で拝見いたしました。

フジコ・ヘミングのかっこいい生き方
〜孤独を音色で奏で続けたピアニストの人生観〜
フジコ・ヘミングには日本人ピアニストとして名を馳せた母がいた。演奏技術に関して妥協がなく、指導も厳しかったという。
その母の背中に憧れたとしても、自分の才能に期限を設けられないまま、その場に留まり続けるには、相当な覚悟が必要だっただろう。
パリ、ベルリン、ストックホルム、ロサンゼルス、そして横浜を渡り歩き、68歳で注目を浴び、奇蹟のピアニストと呼ばれたフジコ。
本作が描くのは、成功の手前にある長い孤独と忍耐。そして彼女が悟った人生観だ。
監督は、長年フジコを追い続け、信頼を寄せられていたてきた小松莊一良。シンプルな演出で、寄り添うように彼女の言葉と素顔を引き出している。
フジコの日記を朗読するのは、プライベートでも親交のある菅野美穂だ。透明感のある声と抑えた語り口で、日記に込められたフジコの“今”を届けてくれる。
彼女の日記には、戦争、両親や弟への思い、無国籍の辛さ、ライバルに遅れをとった音楽留学への焦り、世間が賑わう夜も一人ぼっちなど、思うようにいかない現実が記されている。異国の地で孤独を感じていたのだ。
そんな日々の中で、彼女の周りに常に愛すべき存在があったこともまた事実だ。
何かある度に必ず訪れるという母が暮らしていた家や、フジコを無償で愛する猫や犬たちの姿は印象的だ。
それは日常生活にも現れており、自分の好きな物、大切な物をそばに置き、つねに自分の原点を感ながら過ごす日々。
人生経験から得た自分の心の安定を保つ方法、彼女は「根のある人」ではなく「根を自分で育ててきた人」なのだ。
本作の見どころはやはりピアノ演奏。
誰かに傷つけられたり、体の不調がそのまま音に影響すると彼女は語る。
若い頃に聴力を失いかけた経験を持つフジコは、耳ではなく心で弾くピアニストだ。
目を閉じ、体を大きく揺らしながら鍵盤を叩く。それが彼女のスタイルだ。
筆者が特に印象に残った曲が「ラ・カンパネラ」。
華やかさよりも祈りに近い音色で、心の動きをそのまま音にしているから魅了されてしまう。どんなに有名な作曲家の曲でも、フジコが弾けば一瞬にして彼女自身の人生が乗るのだ。それができるフジコはかっこいい。
演奏を終えても音色が胸に残り続けるのは、彼女のメッセージを受け取ったからだろうか。
そしてその真意は、エンドロール後の、ある一言に尽きる。成功までの長い道のりと、孤独を知る彼女だからこそ言える言葉。まるで、今の自分に語りかけられているようだった。
ピアニスト、フジコ・ヘミング。享年92。
目的地までの道のりは人それぞれ。
人生は、いいことばかりではない。
けれど、その切なさこそが醍醐味なのだ。
彼女の魂は今も響き続けている。
映画『フジコ・ヘミング 永遠の音色』
10月24日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー
出演:フジコ・ヘミング
ナレーション:菅野美穂
監督・構成:小松莊一良
製作幹事:日活
制作プロダクション:祭
製作委員会:日活 祭 スピントーキョー
音楽協力:ユニバーサル ミュージック
配給:日活 2025 年/日本/91 分/5.1ch/カラー
©2025「フジコ・ヘミング 永遠の音色」フィルムパートナーズ