【Foyer vol.2:Cinema Chupki TABATA】田端の地に灯る「自然の光」──代表・平塚千穂子さんの熱意が引き起こした奇跡

東京・田端に位置するミニシアター「CINEMA Chupki TABATA(シネマ・チュプキ・タバタ)」。目や耳の不自由な方、車椅子の方、小さなお子さん連れの方など、誰もが安心して映画を楽しめる日本初のユニバーサルシアターとして、2016年に開館した。アイヌ語で“自然の光”を意味する「チュプキ」という言葉からは優しさが滲みでている。今回は、代表の平塚千穂子さんに、その設立の経緯から、田端の街との温かい繋がり、そして未来への展望について話を伺った。
映画の世界への扉を開いた挫折と出会い
──以前、早稲田松竹で働いていらっしゃったとのことですが、元々映画はお好きだったのでしょうか?
元々は映画狂というほど、ものすごい観ていたわけではなかったです。
大学卒業後は飲食店で働いていたんですけど、そこで挫折を経験しました。そんな深く落ち込んだ時期に、駆け込み寺のように映画館に通い、すごく救われました。そして、通っている内に、全然見ず知らずの人と場を共有するということが素敵だと感じたんです。そこから人を笑顔にさせる仕事がしたい、という思いが芽生えて26、7歳くらいの頃に早稲田松竹に入社しました。
「見えない人に映画を」──活動から生まれた映画館の夢
──チュプキの運営母体である「バリアフリー映画鑑賞推進団体City Lights」を立ち上げた段階で、なんとなく映画館の構想はあったのでしょうか?
全然ありませんでした。まずは、音声ガイドをつけて、言葉で映画を届けることができるかの研究から始まりました。最初は隣に座って耳元で解説しながら一緒に映画を見ていましたが、他の観客の迷惑になるため、映写室からの実況解説をFMラジオの電波で飛ばしてイヤホンで聞いてもらう鑑賞会などをひたすら行っていました。
そんな活動を続ける中で、「これは面白い」と口コミが増え、見えなくても映画を見たい人たちの層が広がっていきました。そして、もっと多様な映画を見せたいという気持ちが募り、自分たちで小屋を持つのが手っ取り早いんじゃないかといった感じで辿り着きました。その「いつか実現したいバリアフリー映画館」を知ってもらおうと、定期的に「シティライツ映画祭」を開催し、広めていきました。本当に15、6年かかってようやく実現したんです。
そして、せっかく作るなら、見えない人だけでなく、聞こえない人、車椅子の方、小さなお子さんがいる方など、様々なアクセスバリアのある人たちが安心して楽しめる場所にしようと、ユニバーサルシアターという形が出来上がりました。
「奇跡」の物件との出会い──興行法と消防法を乗り越えて
──クラウドファンディングのページを拝見しましたが、映画館を建てるためには興行法などの条件が厳しく、100件以上の物件をご覧になったとか。
はい、経験しました。今でこそ興行法も改正されてだいぶやりやすくなったのですが、当時は映画館として建てられたビル以外で営業しようとすると用途変更が必要で、その条件をクリアできる物件がほとんどありませんでした。消防法も同様で、一番防火基準の高い作りでないと映画館にできないんです。
ここは本当に奇跡的に見つかった新築物件でした。たまたまオーナーさんが、1階を飲食店でも入れるようにと、一番高い防火基準で建ててくれていたんです。2階を事務所として見に行った際に1階が空いているのを知り、急いで調べたら消防法もクリアできると判明しました。その時、現在の場所にスクリーンがあるイメージが鮮明に湧いてきて、「これしかない」と覚悟を決めました。
熱意が起こした「見えない力」の連鎖
──資金集めも大変だったんじゃないでしょうか。
もう家族にも万が一お金が集まらなかったら・・・ということも相談しつつ、クラウドファンディングを募りました。シティ・ライツの会員の視覚障がい者の方や、財産残してもしょうがないから100万円ドンっと出してくれる人もいて、本当に会ったこともないのに夢に共感してくれるあしながおじさんっているんだなと思いました。
──やっぱり熱意はかえってくるんですね。
みんなが望んでいたことだったからだと思います。誰かが動き出すことを皆さんが待っていて、ちょうど良いタイミングだったのでしょう。映画ファンの方たちも、今まで「目の見えない人や耳の聞こえない人が、映画を見たいのに見れないと思っている人がいる」なんて考えたこともなかったという声もありました。私も直接会うまでは、見えない人に見て楽しむ映画の話なんかしたらいけないんじゃないかと思っていましたから。でも、一度映画ファンに「見たいけど見れない人がいて、こういうツールがあれば見れるんだ」ということが知れ渡ったら、映画ファンは熱いので。「それは大変だ」「映画が見れないなんて」と、「映画はみんなのものじゃん!」という感じでみんなが応援してくれて、それがさらに輪を広げた感じはありましたね。
地域と共に育むユニバーサルシアター
──9年も映画館を続けてこられましたが、田端はどんな街でしたか?
当時、私は隣駅に住んでいたのですが、まだまだ未知のイメージでした。しかし、実際にここに来て、地域の人たちに「こういう映画館をやります」と説明して回ったり、知り合っていくうちに、本当に温かい方々が多くいることが分かりました。
ここに作って本当によかったと思ったのは、商店街の方々の反応です。商店街の集まりで「どういう施設を作るのか説明に来てほしい」と言われたことがあって、障がい者のグループホームや作業所などを街に作ろうとすると、反対運動が起きたり、過剰に心配されたりすることがあると聞いていたので、正直身構えていきました。ところが、私たちがやろうとしているユニバーサルデザインの映画館について説明すると、商店街の経営者の方々は高齢者が多かったのですが、「そっか。俺らだって、いつ目が見えなくなったり耳が聞こえなくなるか分かんねぇもんな」と、自分事のように言ってくださって。「みんなで応援しよう」と、なんと回覧板にチュプキのチラシを回そうとまで言ってくださったんです。普通、お店の宣伝チラシを回覧板で回すなんてあり得ませんよね。
そして、営業が始まり、様々なハンディを持った方々が訪れるようになった頃、駅からチュプキまでの道のりに信号機があるのですが、目の見えない人がそこを渡るときに心配だからと、信号機に音をつけるようにお巡りさんに伝えるなど、まちの方々が自ら考えてくれるようになりました。
──チュプキを中心に、ユニバーサルタウンのようなものが出来上がっていますね。
全然まちづくりを意識していたわけではないのですが、そう言っていただけると本当に理想だなと思います。いくら交通バリアフリーとして点字ブロックや音声信号を設置しても、それを利用する人が訪れなかったら意味がないですよね。「そういう人がいたらこうしましょう」というスローガンを掲げても、実際にやる機会がなければ意味がありません。
かえって「どうしたらいいの?」というシチュエーションに遭遇し、教わったことをやるのではなく、自分で考えて行動する方が確実で、それこそがまちづくりだと強く思うようになりました。後付けですが、街にこういう施設を作ったらこんなことが起きましたよ、ということを皆さんに伝えて、何かのモデルケースにしてもらえたら嬉しいですね。本当に、理想です
チュプキが体現するユニバーサルデザイン
──全てが素敵なのですが、平塚さんが館内で特に注目してほしいポイントはありますか?
やはり音のいい映画館であることです。見えない人にとって音が命だと知っていたので、音響監督の岩波義和さんに協力を仰ぎました。岩波さん自身も初という劇場音響のトータルデザインに挑戦していただき、立体的な11.1チャンネルのサラウンドスピーカーを導入して、「フォレストサウンド」と名付けられました。音響マニアの方々からも、他の劇場に引けを取らないと評価されています。これは、見えない人が音を大切にしていることから広がったことですが、結果的に目が見える私たち全員にとっても最高の音響環境が実現しました。まさに「誰かのために考えられたことがみんなのためになる」というユニバーサルデザインの真髄です。
あとは、表のモザイクアートの看板です。手で触って分かるものにしたいという思いから、モザイクアーティストの方にロゴマークをアレンジしていただきました。触りながら「ここに青い鳥がいてね」と説明できる、こだわりの作品です。
10周年へ向けて、新たな挑戦──
──建てるまでも大変だったと思いますが、営業を開始してから、嬉しかったことや辛かったことはありますか?
嬉しかったことは、当館で映画を見て人生が変わった、と手紙をくれた方がいたことです。ドキュメンタリー映画『さとにきたらええやん』が、その方の転職のきっかけになったと聞き、映画館冥利に尽きると感じました。苦労したことはあったと思いますが、あまり覚えていないです(笑)。
──来年には、10年を迎えられると思いますが、何か挑戦したいことはありますか?
実はですね、近々挑戦するんです。この2軒先に建設中のビルの1階に、カフェを開設する構想です。ロビーがあまり広くないので、お客様がゆっくり過ごせる場所を提供したいとずっと思っていました。カフェは、チュプキのパンフレットやポスターを置くなど、映画館と連携した場所にしたいです。大型車椅子用のトイレも設置したり、聴覚障がいのある方ともスムーズに意思疎通できるように手話で注文できるようなサインカフェ的な要素も取り入れたいです。また、見えない方が焙煎したコーヒーを提供するなど、カフェ自体もユニバーサルな場にしたいです。夜はスクリーンを下ろして映画を見たり語ったりするイベントも開催したいですし、1つのスクリーンでは難しいインディーズ監督の作品紹介もしやすくなるでしょう。場所があれば、音楽の演奏会など、色々なことが広がりそうな気がしています。
最後に平塚さんからメッセージ
とにかくアットホームで安らげる映画館です。 いろんな人と出会えるし、スタッフとお客さんの距離感もすごく近くて、映画を見た後にお話が自然と生まれる場所なので、ぜひ一度遊びに来てください。
ここは単なる映画館ではなく、映画を通して人々の人生を豊かにし、地域全体をもユニバーサルな空間へと変えていく、「Cinema Chupki TABATA」は、平塚さんをはじめとする多くの人々の強い想いが宿る劇場だ。
来年の10周年、カフェという新たな挑戦を通じて、この「自然の光」はさらに多くの人々の心を照らし、映画の可能性を広げていくことだろう。ぜひ一度、田端の地で育まれる温かい空間を訪れてほしい。
「CINEMA Chupki TABATA」
住所: 東京都北区東田端2-8-4 マウントサイドTABATA 1F
アクセス: JR山手線・京浜東北線 田端駅北口より徒歩5分
開館: 2016年9月1日
座席数: 25席(車いすスペースあり)
音響設備: 11.1チャンネルスピーカー搭載のフォレストサウンド
特徴: イヤホン音声ガイド付き、日本語字幕付き上映、バリアフリー対応
__________________________
Foyer|ホワイエ
毎月ひとつの映画館にフォーカスして映画館の魅力を発信
↓最新記事↓
https://community.discas.net/users/rxffcu2lnjtpenpd