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【Foyer vol.3:CINEMA NEKO】半世紀ぶりに街に映画館を──代表・菊池康弘さんが見据える第2章とは?

東京・青梅市。かつて映画文化で賑わったこの地に、約50年ぶりに新たな灯火がともった。国登録有形文化財である旧織物工場を改装して生まれた東京唯一の木造建築の映画館「シネマネコ」。

この前例のない映画館を立ち上げたのが、代表の菊池康弘さんだ。役者、映画制作、飲食店経営という異色の経歴を持つ彼を突き動かした原動力とは──。その波乱万丈な道のりと、映画館に宿る熱い想いを伺った。


経験ゼロからの船出──全国の館長を訪ね歩いた日々

──菊池さんは、もともと役者をされていたそうですね。映画館で働いたご経験がない中で、どのようにして設立まで漕ぎ着けたのでしょうか?

そうなんです。役者から映像関係の仕事を経て、地元である青梅に戻り15年ほど飲食をしていました。映画館で働いたこともなければ、配給会社にいたこともないので、最初は本当に何も分からない状態でした。

そこで、とにかく全国のミニシアターの館長さんたちに話を聞きに行こうと。「映画館を作りたいんですけど、どうすればいいですか?」と教えを乞うて回りました。ありがたいことに、皆さん親身に相談に乗ってくださって、また別の方を紹介してくださるんです。

 

──すごい行動力ですね。そうして人脈が広がっていったのですね。

はい。年に一度、全国のミニシアター関係者が集まる「全国コミュニティシネマ会議」という場があることも教えていただき、まだ建てていないのに潜り込ませてもらいました。そこで名刺を配りまくって、配給会社の方々とも繋がりを作っていきました。

やはり一番大変だったのが、上映する作品を供給してくださる配給会社さんとの関係構築です。最初に取引してくれていたのは5社ほど。それが今では30社、40社とお付き合いが広がりました。東宝、東映、松竹、角川といった大手にも直接伺いました。すると、東宝の方が「面白い奴がいる」と、その場で東映の担当者さんまで繋いでくださったりして。人のご縁に本当に助けられましたね。

 


1億円の壁と一筋の光──「ストーリー」が動かした人々

──設立にあたり、特に大変だったのはやはり資金面でしょうか?

誰もが口を揃えて言うことですが、お金の苦労は本当に大きかったですね。この建物は国の登録有形文化財なので、基礎工事や耐震補強、防火処理といった改修だけでも約6,000万円。プロジェクターや音響、椅子などの設備だけで、当時でも2,000万円以上かかりました。今なら資材高騰でもっとかかるでしょう。総額で1億円規模のプロジェクトになりました。

──1億円…!どのように調達されたのですか?

これも人の繋がりなのですが、最初に相談に伺った埼玉の「深谷シネマ」の館長さんから、国の補助金制度があることを教えていただいたんです。これが無ければ絶対に実現できませんでした。プロの方にも協力いただき、約5,300万円の補助金を得ることができました。

 

──多くの困難があった中で、プロジェクトを推し進めた原動力は何だったのでしょうか。

それは、この場所に「ストーリー」があったからだと思います。「青梅に50年ぶりに映画館が復活する」という物語です。何もない場所にただ映画館を作りたい、というだけでは、ここまで多くの人の心は動かせなかったでしょう。

特に、青梅のシニア世代の方々にとって、映画は青春そのものでした。娯楽が少なかった時代、この街にあった映画館で過ごした思い出がある。その世代の方々が、このプロジェクトを自分事として捉え、応援してくれたんです。映画館を作る上で、そうした人々の想いにアプローチできたことは、とても大きかったと感じています。


役者、飲食店、そして映画館へ──全ての経験は一本の線に

──役者、制作、飲食店経営と様々なキャリアを歩まれていますが、それらの経験は現在の映画館運営にどう繋がっていますか?

直接的には繋がっていないようで、後から考えると全ての経験が一本の線になっている感覚です。特に大きかったのは、役者を辞めてから10年以上続けた飲食店経営ですね。

役者時代、生活のためにやっていた飲食店のアルバイトは大嫌いだったんです(笑)。でも、いざ本気で向き合ってみたら、すごく面白かった。そして飲食店も映画も舞台も、フィールドは違うけれど「エンタメとしては一緒」だと気づいたんです。スタッフが演者で、店長がディレクター、経営者がプロデューサーという座組。何事も本気でやれば面白くなるし、無駄な経験なんて一つもないんだなと。
 

──全てが今に繋がっているのですね。

やりたいことがあるなら、絶対にやった方がいい。僕のところにも「将来映画館を作りたい」という学生さんが何十人と来ましたが、実際に形にできる人は本当に一握りです。知識や人脈、お金が無くても、「絶対にやるんだ」という覚悟さえあれば、周りは助けてくれるし、道は拓ける。僕自身がそうやって多くの人に支えられてここまできたので、今度は自分が挑戦したい人を応援する番だと思っています。


常識を越えた一通の手紙──『猫の恩返し』上映秘話

──これまで上映された中で、特に思い出深い作品はありますか?

こけら落としで上映したスタジオジブリの『猫の恩返し』ですね。ミニシアター、それも開館したばかりの劇場でジブリ作品を上映するなんて、普通はあり得ないことなんです。

 

──どのように実現されたのですか?

ダメ元で、宮崎駿監督宛に手書きの手紙を送ったんです。コロナ禍のリバイバル上映で『風の谷のナウシカ』を劇場で観た時の感動と、この青梅の地でジブリ作品を上映したいという想いを綴って。そうしたら、なんとジブリさんから返信が来たんです。

最初は欲張って「ネコジブリ祭り」と題して猫関連の作品を4、5本お願いしたのですが、「ジブリの定義として“猫映画”は『猫の恩返し』だけです」ときっぱり言われまして(笑)。それでも、一本上映させていただけることになりました。

 

──業界のルールを知らなかったからこその突破力ですね。

まさにそうです。配給会社など業界での経験があったら、「ジブリは東宝さんだから直接交渉は無理だ」と最初から諦めていたでしょう。業界の常識を知らないからこそ、飛び越えられた。この上映のおかげで、オープン当初は他の劇場さんや配給会社の方から「ああ、『猫の恩返し』の劇場ね」と、一気に覚えてもらうことができました。お客さんの反響はもちろんですが、業界的にもセンセーショナルな出来事だったようです。


 映画館そのものがコンテンツ

──オープンから4年が経ち、会員数が2,000人を超えたと伺いました。これはミニシアターでは異例の数字だそうですね。

そうなんです。長く続いている都内の有名なミニシアターでも、そこまで会員数がいないと聞いています。都心には映画館がたくさんありますから、作品ごとに観に行く場所を変える人も多いでしょう。でも青梅には、映画館がシネマネコしかない。必然的にリピーターが増えます。

僕らは、お客さんに「作品」だけでなく「映画館」そのものを好きになってもらうことを大事にしています。映画というコンテンツはどこでも観られますが、この建物や雰囲気、設備、そしてここでしか食べられないカフェメニューも含めて、シネマネコに来るというひとつの「体験」を楽しんでほしいんです。都心から足を運んでくれる方も多いのですが、そうした方々にとっては、まさに「小旅行」のような感覚で楽しんでいただいているようです。

 

──シネマネコのカフェメニューも、ユニークなものが多いですよね。

カフェは、スタッフが中心となってメニュー開発をしています。例えば、猫の形のフレンチトーストは、型を持って近所のパン屋さんに行き、「シネマネコだけに卸すパンを焼いてほしい」とお願いして作ってもらっているんですよ。一番人気のナポリタンや、スタッフが旅行先で感動してメニューに加えた「ヨーグルトコーヒー」も好評です。カフェだけを目的に訪れる方もいるくらい、こだわって作っています。


かつての映画の街・青梅に新たな物語を

──シネマネコ周辺を散策すると、映画看板が点在していたり、飲食店とコラボしていたりと、街の活性化に貢献しているのを感じます。
かつては映画の街として栄えた青梅ですが、50年間映画館がありませんでした。現在はシネマネコや映画看板などが、青梅を訪れるきっかけになっています。今後は奥多摩のような自然豊かな場所とも連携して、宿泊施設を整備するなど、映画館を起点にこの街全体をゆっくり堪能してもらえるようにしたいと考えています。

また、映画制作という分野にも挑戦していきたいですね。かつて役者として現場にいた時よりも、今は夢を持った若い人が増えたように感じていて、映画業界の未来はまだまだ明るいんだなと思いました。自分も将来的にはプロデューサー業にも挑戦して盛り上げていきたいと考えています。

 

──かつて”映画の街”として栄えた青梅で50年振りに映画館が復活したというストーリーを第1章とすると、これからシネマネコが描き出す第2章はどんなストーリーになりますか?

まずは、この映画館を未来へ残していくこと。そして、この場所をもっと多くの人に知ってもらい、体験してもらうことです。例えば、駐車場のスペースを利用した野外上映会や、地域の方々と連携した藍染体験などのワークショップも開催していきたいですね。


多くの人の熱い想いが紡がれて生まれたシネマネコ。そこは単なる映画を観る場所ではなく、人と人、そして人と街をつなぐ「物語」が生まれる場所だった。

「青梅に映画館を」という人々の声が形になった第1章を経て、シネマネコは今、新たな物語を紡ぎ始めている。映画を観るという体験にとどまらず、街全体を巻き込み、新たな文化を創造していくその挑戦は、映画業界全体の希望の光となり、未来へと続いていくだろう。

「CINEMA NEKO」

住所: 〒198-0044 東京都青梅市西分町3丁目123 青梅織物工業協同組合敷地内

アクセス: JR青梅線「東青梅駅」より徒歩約7分、JR青梅線「青梅駅」より徒歩約15分

座席数: 63席(フランス製キネット社製の椅子)

営業時間:9:30〜22:00(上映作品により変動あり)/定休日:火曜日

公式HP:https://cinema-neko.com/

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