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私の好きな映画

さっちゃん
2025/12/24 22:00

タジオ君を見た日

 ビョルン・アンドレセンの訃報に接して、何というか感慨深いものがあって記事を書こうと思いました。

 最初に『ベニスに死す』を観たのはテレビの洋画劇場(多分、日曜洋画劇場だったと思います。)でした。多分、小学校高学年か中学生くらいだったでしょう。もちろん、そのときはノーベル文学書作家であるトーマス・マンの文芸作品とは思わず、物語の半分も理解できなかったと思います。ただ、ビョルン・アンドレセンの磁器のような端正な風貌に目が釘付けになったのは覚えています。
 ただただ美しいとしか言えない、多分、あのひとときしか存在しなかったミューズの申し子でしょうね。この映画は彼がいたことだけで8割方、成功したと言っても過言ではありません。

 で、彼を見つけるアッシェンバッハ(ダーク・ボガード)については、そのときにはあまり記憶に残りませんでした。なんというか人生の経験もまだこれからという時期に、オジさんが美少年に惹かれるということの意味が理解できませんでした。
 で、そういったことについて、もう少し考えるのは後にデジタル・リマスター版でのリバイバル上映のあとでした。普段、文芸作品はあんまり自分から観に行くことのない私がわざわざ東京まで出かけたのは不思議です。よっぽどテレビで観たときに印象に残ったのかな。鑑賞後、気まぐれでロビーで売っていた原作小説も買ってみました。それほど厚い本でなかったことも購入した理由です。

 

 

 劇場へ足を運んで、暗闇の中、次第に明るくなっていく空の映像に重ねてマーラーの「アダージェット」が流れる冒頭のシーンにざわっとした感覚が背中に生じました。その後、船がベニスの港に着いてアッシェンバッハの行動につき合わされる訳ですが、ホテルのロビーでのタジオ(ビョルン・アンドレセン)との邂逅がアッシェンバッハのそれまでの作曲活動への嘲笑だったのかなと、帰ってから小説を読みながら考えました。

 余談になりますが、久保キリコの「いまどきの子ども」で本作に(というかタジオ君に)感動して、結婚して生まれた息子に「タジオ」(漢字は忘れました。)という名前をつけた母親が出てきます。公開当時、本作を観た年頃の女性でタジオ君に恋しちゃった人もかなりいたのではないかと想像します。

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