【鬱・トラウマ・絶望映画マニア】『陪審員2番』
御歳94歳のクリント・イーストウッド監督最新作にして、もしかしたら「引退作品」になるとも囁かれているニコラス・ホルト主演映画『陪審員2番』。いわゆる、『12人の怒れる男たち』のような陪審制の裁判の話でありながら、陪審員となる主人公ケンプが取り上げている事件の真犯人ではないか、と終始ドギマギが絶えない、重苦しく、もどかしく、後ろめたさ満載の映画で、
主人公だけでなく、検事、弁護士、他の陪審員たちの心の内を繊細に描いたイーストウッドの傑作ミステリーである!
基本的には主人公ジャスティン・ケンプの目線が多目で、彼の記憶や心内を見る中に、トニ・コレットが演じるキルブルー検事やJ・K・シモンズが演じる殺人捜査課の警察OBという初老の陪審員チコウスキーらが事件に対して不審に思い、真相に近づこうとする。
上手いのは数ヶ月前の事件なので、その日バー「ハイド・アウェイ」にいたというケンプや容疑者のサイス、店の店員やケンドルの死体の発見現場付近をたまたま通りかかった第一発見者や近隣に住む老人など、みんな記憶が曖昧。おまけに事件当時の10月25日の夜は大雨で視界も不十分だし、轢き逃げだとしてもブレーキ痕や血痕は雨で洗い流されるなど証拠も曖昧。そんな中での当日の当事者や関係者らの証言を多角的に再現し見ていく手法は黒澤明監督作品『羅生門』の応用と見れる。
当事者となるケンプの容疑者への申し訳ないと思う反面、疑われたくない一審で評決室での評決の流れを上手くリードしながらも、肝心な所で物を落とすことで他者からの視線を反らしたり、逆に落とした物を他者に気付かせたり、心理描写が巧妙。同じくキルブルー検事や陪審員たちが徐々にケンプを見る目が変わる様子も見応えあり。この陪審員たちの評決室での様子は『12人の怒れる男たち』さながらで、12人の決が変わったりや陪審員たちの個々のパーソナリティが分かる流れも似ている。
つまり、本作は『羅生門』+『12人の怒れる男たち』にサイス容疑者の冤罪疑惑がからむが、サイス容疑者自体は『それでもボクはやってない』の主人公みたいに冤罪を訴えはせず、静かに「やっていない」ことをキルブルーに話す当たりにより重みが感じられる。
このキルブルー検事を演じたトニ・コレットがお見事。これまでならヒラリー・スワンクやフランシス・マクドーマンドが演じそうな役柄をそのイメージがないトニ・コレットが演じることで新鮮味がある。しかも、中盤のアリソンを訪ねるシーンでの彼女の致命的なミスは序盤で車の鍵をポロッと落とすうっかりをやらかす彼女らしさとも取れ、見ている側はもどかしくも後により重い気分を味わえる。
冤罪ものとしては『リチャード・ジュエル』以来ながら全く違い、手触りとしては『ミスティック・リバー』に近い感触の作品で、やや派手さには欠けるが、ラストが秀逸で、静かなる重さは数あるクリント・イーストウッド監督作品の傑作の中に置いても埋もれない傑作である。引退作品とは思いたくはないが、そうなるとするならば有終の美と言えよう。現段階で映画館で見れないのは惜しいが、クリント・イーストウッド監督ファンはもちろん、全映画ファン必見である!
■陪審員2番
雑誌記者のジャスティン・ケンプは、ある日、昨年10月25日に起こったケンドル・カーター殺人事件の陪審員として裁判所に招集される。事件は直前までバー「ハイド・アウェイ」でケンドルと揉めていた彼氏のジェームズ・サイスが容疑者として拘留され、陪審員たちは彼の有罪について協議することになったが、生花店を営むハロルド・チコウスキーがこの事件を不審に思い、サイスの有罪に異を唱える。主人公のジャスティン・ケンプ役をニコラス・ホルトが演じ、他トニ・コレット、J・K・シモンズ、クリス・メッシーナ、ガブリエル・バッソ、ゾーイ・ドゥイッチ、セドリック・ヤーブロー、レスリー・ビブ、キーファー・サザーランド、エイミー・アキノ、エイドリアン・C・ムーア、福山智可子が出演。
・12月20日(金)よりU-NEXTにて配信開始
・上映時間:114分
【スタッフ】
監督・製作:クリント・イーストウッド/脚本:ジョナサン・エイブラムス
【キャスト】
ニコラス・ホルト、トニ・コレット、J・K・シモンズ、クリス・メッシーナ、ガブリエル・バッソ、ゾーイ・ドゥイッチ、セドリック・ヤーブロー、レスリー・ビブ、キーファー・サザーランド、エイミー・アキノ、エイドリアン・C・ムーア、福山智可子
原題:Juror #2/製作国:アメリカ/製作年:2024年