血と砂
【人気闘牛士の名声と幸福 そして誘惑の末路】
(1922年・米・60分・サイレント)
監督:フレッド・ニブロ
原作:ビセンテ・ブラスコ・イバニェス『血と砂』
原題:BLOOD AND SAND
淀川長治さんの解説が面白いので機会を見つけては〈淀川長治監修 世界クラシック名画100撰集〉の中から選んで観ています。直ぐに借りられましたが、現在、ディスカスさんでは在庫1枚なので貴重です。
主人公のファン・ガラルド(字幕ではホアン・ハラルド)を演じるのはルドルフ・ヴァレンチノです。淀川長治さんが仰るには“サイレントの最高の美男子”なのだとか。僅か31歳で亡くなった彼の葬列に何百人という女性が列をなしたというエピソードが解説で語られています。
貧しい子供時代を送ったファン・ガラルドは、父親の職業の靴屋を継ぐことには興味を示さず、闘牛士に憧れていました。彼の村では祭の日にセビリアの素人を呼んで闘牛を行っていましたが、ファンも友人と参加していました。
夢が叶って闘牛士になった彼は幼馴染みのカルメン(ライラ・リー)と結婚します。成功した彼は貞淑な妻と可愛い2人の男の子との幸せな家庭を築き順風満帆に見えましたが、ある日、闘牛を見に来ていた裕福な未亡人のドナ・ソール(ニタ・ナルディ)に気に入られ、やがて愛人になってしまいます。
初めてドナ・ソールを紹介された時、ファンは彼女から指輪を貰いました。それは蛇を象ったもので、エジプトの女王がローマの勇者に与えた“勇気への捧げ物”だと言います。ファンはそれを左手の小指に嵌めました。
此処まで書くと彼のその後は想像がつくと思います。未亡人に誘惑された当初はファンも戸惑いながらも必死に彼女を拒否していたのです。それが次第にドナ・ソールの術中に落ちて行くのです。
ファンの妻カルメンと未亡人ドナ・ソールは、貞淑さと妖婦というように対照的に描かれます。
劇中に登場する哲学者が書物の一節を示し、そこには「残忍さと流血の上に築かれた幸福と成功は長続きしない」とありました。これは単に闘牛だけのことではないようです。ファンとカルメン、ドナ・ソールを当てはめて考えることも出来そうです。
スター闘牛士を演じたルドルフ・ヴァレンチノは、当時のセックス・シンボルとして絶大な人気を誇っていたそうです。高身長と端正な顔立ちで魅力を振りまいていたのでしょう。ただ、淀川さんによると彼は悪声だったようで、サイレント映画で31歳の一生を終えたのは彼の女性ファンたちの夢を壊さないで済んだのかもしれません。
闘牛士を誘惑するドナ・ソールを演じたニタ・ナルディは、『狂える悪魔(1920年)』でダンスホールで踊るジーナを演じていましたが、ジキルとハイド役のジョン・バリモアが彼女のエキゾチックな容姿に目を付けたらしいです。彼女は男を狂わせ堕落させるヴァンプ(妖婦)役として活躍したそうですが、本作はデビューからわずか2年後です。
さて、私はファンの小指に嵌められた指輪がずっと気になっていたのですが、彼は最期に指輪を投げ捨てて妻に不貞を詫びて逝きました。
再び登場した哲学者。「哀れな闘牛士。哀れな獣。だが、本当の獣は彼らなのだ。」と言って観客が映し出され、牛の流した血の上に砂が撒かれて物語は終ります。
古今東西、キリストの磔、ギロチン、討ち取られた首などの見物に大勢が集まる様子を思い返せば、この哲学者の云わんとするところは理解できました。「この世は気まぐれ。その拍手も虚しい。成功を讃えていた同じ声が罵声を浴びせていた。」とも彼は言っていました。