鑑賞後、心が張り裂けそうに苦しい『でっちあげ』社会の恐ろしさを描く”冤罪”映画!
これは、決して軽い気持ちで観てはいけない映画かも。 鑑賞後、しばらく動けなくなるほどの苦しみが、心の底にずっしりと沈殿する。映画『Winny』を観た時の、あの息苦しさを思い出しました。
ただ、組織の都合に合わせて行動していただけ。それなのに、なぜ一人の人間がここまで破壊されなければならないのか。自分の正しさを誰も認めてくれない絶望。世の中の何を、誰を信じたらいいのかわからなくなりました。
『でっちあげ 殺人教師と呼ばれた男』は、そんな現代社会の矛盾と恐ろしさを、容赦なく観客に突きつける問題作だと思います。
物語は、一本の保護者からのクレームで幕を開ける。何が真実なのかわからないまま、事態は次から次へと悪化し、息つく暇もない。そのクレームをきっかけに、主人公である教師(綾野剛)は、まるで犯罪者のように扱われ、社会的に、精神的に追い込まれていく。これは、真実が少しずつ見えてくる過程を描いた、サスペンス要素の極めて強い物語です。
綾野剛の壮絶な失禁シーン。
人が「壊れる」瞬間のリアル
この映画で最も脳裏に焼き付いて離れないのが、主人公の教師(綾野剛さん)が精神的に壊れ、暴れ、そして失禁してしまうシーンです。
映画『ミッシング』で石原さとみさんが見せた、あの壮絶なシーンが蘇りました。人は極限まで追い込まれると、理性を失い、心だけでなく体の機能までおかしくなってしまう。その無防備で、あまりにも痛々しい姿を目の当たりにすると、自分が今まで「苦しい」と感じていた悩み事が、いかに小さなものだったかを思い知らされます。
絶望の中の光。家族の絆という”救い”
しかし、この映画はただ絶望を描くだけではない。主人公が世間からどれだけ非難されようと、彼の家族だけは、彼を信じ、一丸となって支え続ける姿に感動できます。
世の中には、夫が病気になっただけで離婚してしまう、という悲しい現実もあります。そんな中で、どんな時も味方でいてくれる家族の存在は、本当に羨ましい限りで、この地獄のような物語の中の唯一の光であり、救いでした。
この映画が問いかけるもの
組織、マスコミ、そして無邪気な悪意
本作は、様々な社会の歪みを映し出す。
モンスターペアレントと子供の恐ろしさ、無邪気に振る舞う子供たちの言動が、時にどれほど大人を傷つけ、破滅させるか。そこには悪意がないからこそ、根が深いものです。この映画は、ある意味で「教育の本当の重さ」を私たちに考えさせられます。
組織とマスコミの罪は、「組織を守る」という大義名分の下で、個人の人権がいかに軽く扱われるか。正しい情報を伝えるはずのマスコミが、いかに簡単に人を”殺人犯”に仕立て上げるか。一体、何が「正しい」のか、本気でわからなくなりました。
こんな人におすすめです。
もしあなたが、世の中の矛盾や、社会の仕組みの恐ろしさを抉り出すような映画を観たいのであれば、この作品は避けて通れないと思います。
鑑賞後の精神的ダメージは大きい。しかし、物語の最後には、「それでも人を信じ、力を貸してくれる人もいる」という、ささやかな安心感が残る。そのおかげで、この強烈な物語が、ただの胸糞映画で終わらずに、何とか中和されているのかもしれない。
綺麗事では済まされない社会の現実と、それでも失われない人間の良心。その両方を感じたい人に、覚悟を持って観てほしい一作と感じました。