ミスター・ガラス
『ミスター・ガラス』は、私にとってM. Night Shyamalan監督の「Unbreakable」シリーズの完結編として、期待を大きく裏切られたけど、逆にそれが強烈に心に残る作品です。2000年の『アンブレイカブル』から19年ぶりに繋がった三部作のフィナーレで、デヴィッド・ダン(ブルース・ウィリス)、ケビン・クレンブル(ジェームズ・マカヴォイ)、イライジャ・プライス(サミュエル・L・ジャクソン)の三人が精神病院で出会い、「超人は本当に存在するのか」を巡る物語が展開するんですよね。
まず、最大の魅力は三人の演技のぶつかり合い。マカヴォイの多重人格(特にビースト)の迫力は圧倒的で、画面越しに狂気が伝わってくる。ジャクソンのミスター・ガラスは、知的な策略家として静かに、でも確実に世界を操ろうとする姿が怖いくらい魅力的。ウィリスのダンは、相変わらず寡黙で地味だけど、それが「不死身の男」の孤独を強調してて、胸が痛むんです。病院という狭い空間で繰り広げられる会話劇がほとんどで、派手なアクションは控えめ。でも、その静けさが逆に緊張感を高めてて、シャマランの演出が光ってる。
個人的に一番グッときたのは、ラストのどんでん返しとその余韻。ヒーロー映画の常識をぶち壊すような結末で、観終わったあと「え、これで終わり?」って呆然としたけど、時間が経つと「これこそがシャマランの言う『超人』の真実だったのか」って納得感が出てくるんです。超能力を持つ少数派がマジョリティに抑圧されるテーマが、現代の社会に刺さるし、ヒーロー飽和時代の今だからこそ、こんなアンチテーゼが必要だったのかもって思わせてくれる。
もちろん、期待してた大規模バトルや派手なクライマックスがなくてガッカリした人も多いし、私も正直「もっとアクション見たかった」って部分はある。でも、だからこそこの映画は「普通のスーパーヒーロー映画じゃない」っていう独自の位置づけが成立してる。低予算っぽいドキュメンタリー調の雰囲気も、逆にリアリティを出してて好きです。