大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス
大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス
1967年 大映 劇場公開:1967年3月15日
スタッフ 監督:湯浅憲明 脚本:高橋二三 製作:永田秀雅 企画:仲野和正
キャスト 本郷功次郎、上田吉二郎、笠原玲子、阿部尚之、丸井太郎、蛍雪太朗、北原義郎、夏木章
富士火山帯に属する明神礁・三宅島雄山が噴火。さらに富士山が噴火し、噴火の熱におびき寄せられガメラが飛来し、炎を食い始める。ガメラの調査のために記者会見が行われ、取材陣や科学者を乗せたヘリコプターが飛び立ったが、二子山上空で地中から放出される緑色の光を目撃後、突如黄色い怪光線によって真っ二つにされ墜落する。
一方、中央自動車道建設予定地である二子山そばの山村では、金丸村長の旗振りのもと、用地賠償金の吊り上げを狙った「反対同盟」の激しい妨害が続いており、早期決着を迫る道路公団開発局との間で、工事責任者の堤主任は頭を悩ませていた。金丸村長の孫・英一は二子山を遊び場にしていたが、怪光現象の取材にやってきた新聞記者(岡部カメラマン)に案内を頼まれて共に二子山に向かい、不気味な洞窟に入ったところで突然の地震に見舞われる。英一を見捨てて逃げ出した記者は、巨大な手に捕まれ、空中高く持ちあげられる。

ギャオスはコウモリをモチーフにした飛行怪獣。劇中では英一少年の「鳴き声がギャオーって聞こえるから」との言から「ギャオス」と名付けられたが、この思いつきは、実際は大映専務の永田秀雅によるものだった。ポスターや各種宣材では「人喰いギャオス」とうたわれ、「人を食う」というキャラクターが強調された。1作目でガメラが灯台を襲った際に、子供を手のひらに乗せて助けたシーンが、観客である子供たちに大反響を呼んだことから、大映本社や担当となったプロデューサーの永田秀雅の意向で、本作品からこのシリーズは子供を対象にした娯楽映画へと路線変更された。しかし、脚本担当の高橋二三は、『ガメラ対ギャオス』までは子供向けではなかった」と語っている。とはいえ、湯浅、永田の念願である「子供の味方」というガメラの性格はこの映画で決定づけられることとなった。高橋によると東宝で「ゴジラシリーズ」を監督として支えた本多猪四郎が、公開当時本作品を観て感激し、「素晴らしい内容だった、ぜひ一度一緒に仕事がしたい」と絶賛する年賀状を送ってくれたという。これには高橋らもゴジラに対する後発の負い目が吹き飛ぶ思いだったといい、「私がゴジラを意識してなくても、本多さんはガメラを意識してくれていた。嬉しかった」と語っている。