製作国:スペイン、フランス合作

上映時間:138分

【どんな作品？】

2022年・第37回ゴヤ賞で主要9部門を受賞するなど、世界各国で数々の映画賞を受賞。第35回東京国際映画祭では「ザ・ビースト」のタイトルで上映され、東京グランプリ（最優秀作品賞）、最優秀監督賞、最優秀主演男優賞を受賞。

実話ベースでありながら、細かい背景が見えるフィクションが差し込まれた、秀作です。

【実話】

実際の事件は1997年、スペイン北西のガリシア州にマーティンとマーゴのオランダ人夫婦が移住したことが発端。都会の生活から離れ、自然の美しい場所で畜産業を始める。村の古くからの住民であるロドリゲス一家と、山の土地を共有することとなった。移住当初、ロドリゲス一家とフェルフォンダーン夫妻の関係は良好で、夫妻はしばしば一家を食事に招いたこともあった。しかし、夫妻が共有地を含む山の権利を主張したことがきっかけで、対立が始まることとなった。家の周りに監視カメラを設置したなどしていたが、マーゴが買い物中にマーティンが失踪した。

映画は二部構成

【夫:アントワーヌ目線】

冒頭の馬を素手で捉えるシーン。不穏な音楽と共に、ガリシア地方の男たちが複数名で馬を静かに倒す場面から始まる。

フランスから終の住処として越してきた、元教師のアントワーヌ夫妻。村の男たちが集まる酒場。中心となって話すのは、隣に住むシャン。少し頭の弱い（昔、馬に蹴られた後遺症らしいが）弟ローレンが口をポカンと開けながら、金魚のフン状態。自分の村を「ゴーストタウン」と自虐的に言いながらも、ここで語られる村に縛り付けられてきた男たちの現状がそこにあった。そんな自分たちと圧倒的な違いを見せ付けられ、アントワーヌを目の敵にするのは、それだけではない。風力発電の開発誘致が、アントワーヌが反対した為進まない。彼らはそのお金を貰い、村を捨てたいのだ。あわよくば年老いた親すら捨てて。しかし、それが叶わない。2年程前に現れたインテリエコスローライフ夫婦（悪意しかないネーミング笑）のせいだ。

ここからの嫌がらせは、凄まじい。そして安定の役立たずな警察。私が大好きな韓国作品でも、よくお見掛けしますよ、ポンコツポリス。彼らもきっと共感したでしょうね。わかるよ、ポンコツ田舎のスペインポリスたち！って。嫌がらせされたままでは終わらないぞと、アントワーヌはビデオカメラで隠し撮りを始めます。　

たまりかねたある日、いつもの酒場へ行くアントワーヌ。ここでの田舎代表シャンVSよそ者代表アントワーヌの論破合戦は必見です！！もう、どちらの言い分も聞き逃せません。しかし、そこからまさかの展開が待っているのです。アントワーヌが行方不明になったのです。

【妻:オルガ目線】

妻の決断は、愛なのか意地なのか。そこにアントワーヌの姿はありません。警察へ行くもぬか釘状態。だからと言って騒がず淡々と自らも夫を捜索し続けます。

この妻目線のターンでは、母娘のシーンがありますが、これがまた興味深いのです。娘から見た夫婦の関係が浮き彫りにされます。また日本なら、娘が両親から受けた束縛や圧力を訴えそうな場面ですが、ここは逆に母親が「あなたの人生に干渉した事があった？無かったなら私の人生に指図しないで」と訴えます。これはお国柄ですかね、娘は母親が心配なだけなんですが。何となく母娘逆転してるように見える、ザ・ジャパニーズな私です。そこのみではなく、もしかすると父の失踪の犯人がこの村にいるかもしれない中での生活は、想像以上に恐怖が潜んでおり、その描写も上手く表現されていました。

【ムラ社会よりも人を妬む心】

ご近所トラブル、差別、大人のいじめ。実際の事件に沿っており、リアルさが出ていた。また人の深層心理にある、妬み、僻み、そこへ新参者への差別も浮き彫りに。誰にでも起こりうるという恐ろしい展開。まるで村の傍観者として、ずっと見ていたような錯覚さえ起きる、寒くて悲しいラストです。

【最後に】

びっくりする程の『排他的』な人が描かれている作品。不快極まりないのに、心のどこかで理解できる部分を否定出来ない。

それは私が"完全なよそ者"になった事がないからだろう。多数決の多い方にしかいた事がない。

ロドリゴ・ソロゴイェン監督は『おもかげ』が個人的には好きな作品です。特徴としては、変にドラマティックにせず、観るものに余韻を残す印象があります。今回は更に見応えバッチリ。まだ上映中でしたら是非！オススメです。