映画『658km、陽子の旅 』孤独に生きてきた女性の心揺さぶられるロードムービー
6月9日(金)から中国・上海で開催されていた第25回上海国際映画祭。そのコンペティション部門に正式出品され、最優秀作品賞、最優秀女優賞、最優秀脚本賞を受賞し、本年度のコンペティション部門において最多となる3冠を達成した映画『658km、陽子の旅 』がいよいよ7月28日(金)に公開となります。
そこで今回、完成披露試写会にてひと足早く本作を鑑賞した筆者がネタバレなしでその見どころをお届けします。
映画『658km、陽子の旅』あらすじ
就職氷河期世代である42歳の独身女性・陽子(菊地凛子)。人生を諦めてフリーターとして何となく日々を過ごしてきた彼女の元に、かつて夢への挑戦を反対され20年以上疎遠になっていた父の訃報が届く。従兄の茂(竹原ピストル)やその家族とともに陽子は東京から故郷の青森県弘前市まで車で向かうことにするが、茂の家族は途中のサービスエリアで子どもが起こしたトラブルに気を取られ、陽子を置き去りにして行ってしまう。所持金もなくヒッチハイクで故郷を目指すことにした陽子は、道中で出会ったさまざまな人たちとの交流によって心を癒されていくー。
孤独に生きてきた女性の痛みと再生の物語
42歳、独身の在宅フリーター。夢やぶれ、人との関わりを断ち何もかも諦めたように漫然と日々を過ごしてきた主人公の陽子。そんな彼女がある日、長年断絶していた父の訃報を受け、従兄の茂とその家族と共に渋々郷里の青森に帰るところから物語が始まります。
しかも途中で起きた思わぬトラブルにより、あろうことかヒッチハイクで青森を目指すことになる陽子。引きこもり生活から外に出て久々に人と関わる上に、見ず知らずの他人に声をかけ目的地まで乗せて欲しいと交渉する···そんな無謀とも思えるような状況の中で、様々な人との出会いを通して揺れ動きながらも自分と向き合い、過去を乗り越えていく一人の女性の痛みと再生の物語。この作品はその過程を一夜のロードムービーとして描いています。
陽子と共に観客も旅をする
人との関係を断ち、まるで外の世界と自分との間に薄い膜を張り、その中に閉じこもるようにして生きてきた陽子。従兄の茂と話す時でさえ目を見ることができず、話しかけられても絞り出すように短い返事をするのが精一杯。そんな陽子がヒッチハイクで青森を目指すー
陽子のあまりに不器用でぎこちない様子は痛々しく、見ていられずに思わず目を逸らしたくなってしまうほど。それでも陽子はヒッチハイクをやめようとはせず、とにかくひたむきに北へ北へと向かいます。悩み、迷いながらも決して逃げずに自分自身と向き合い、父の葬儀のために郷里を目指す。そんな彼女の姿は観る者の心を揺さぶり、この旅を最後まで見届けたいという気持ちを抱かずにはいられなくなるのです。そういう意味では、この映画を観ながら観客も陽子と共に旅をしていると言えるのかもしれません。
様々な人達との出会いで止まっていた時間が動き出す
父の出棺は明日の正午。北上する一夜の旅で陽子は様々な人達と出会います。自身の身の上話を始める毒舌のシングルマザー、同じくヒッチハイクで目的地を目指す怖がりで人懐っこい女の子。損得勘定で動く怪しいライター、そして心優しい野菜売りの夫婦。
いい人ばかりとは限らない。時に冷たく突き放され、理不尽な要求をされ傷つくこともあるけれど、彼らと出会いその優しさや温もりに触れることで少しずつ自分と他人の間に張っていた膜を破り、凍っていた心が動き出すように陽子の心は変化していきます。
人と関わることには痛みが伴う。でも人との関わりはこんなにも温かい。そう気づくことで陽子は過去に縛られていた自分を解放し、未来に向けての一歩を踏み出したのではないか...そんな風にも感じました。
若き日の父の幻
旅の途中で何度も目の前に現れる若き日の父の幻。そんな父に対してはじめは不満をもらし、自分の目の前から消えろ、ついてくるなと拒否反応を示す陽子でしたが、旅を続ける中でその反応が少しずつ変わっていきます。その変化はそのまま陽子の父親の死に対する『喪の過程』のようにも思えてきます。
そしてそれは、旅の中で彼女が自らの過去と対峙し、これまでの自分に対する後悔の気持ちや不甲斐なさを丸ごと受け入れ、止まっていた心が動き出したからこそできたことだと言えるのではないでしょうか。若き日の父の幻と対峙するシーンは、短いながらも筆者の印象に強く残っています。
熊切和嘉監督と菊地凛子さん22年振りの再タッグ
陽子を演じたのは「バベル(06)」で米アカデミー賞助演女優賞にノミネートされ、その後もハリウッドをはじめ海外作品に数多く出演する国際派俳優、菊地凛子。本作では熊切和嘉監督と22年振りのタッグで初めて日本映画の単独主演を務め、引きこもり状態から久々に外の世界に出て他人と関わることで変わってゆく陽子を繊細かつリアルに表現し、キャラクターに命を吹き込むそのお芝居に筆者も心揺さぶられました。そして、従兄の茂を演じた竹原ピストル、若き日の父を演じたオダギリジョーをはじめ、陽子の旅を彩るキャストも実力派揃いで見応え十分。ストーリーのみならず、豪華実力派俳優陣の競演も見どころのひとつと言えます。
SNSであらゆる人と一瞬にして繋がることができる時代。他人との密な関係性を作らずとも生きていくことができるこの時代に、生身の人間との関わりやふれ合いによって感じられる温もりや、実際に関わることで相手を理解し自分をも理解することの大切さを教えてくれる心揺さぶられるロードムービー。きっとあなたも大切な人に会いに行きたくなるはず。是非劇場に足を運び、陽子の旅を見届けてください。
映画『658km、陽子の旅』は7月28日(金)より全国ロードショーです。
これからも様々な新作映画やオススメ映画の見どころをお届けしていきたいと思います。どうぞお楽しみに!
最後までお読みいただきありがとうございました。
SNSでも映画のレビューを書いています。良かったら遊びにきてください♩
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投稿を表示ちづだよー❤️来たよー❤️
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投稿を表示たかえさん✨早速読ませていただきました!このコラムものすごく丁寧に細かく見どころが書かれていて感心してしまいました✨きっと大変でしたよね…。でもこの作品の魅力が伝わってきて、正直あまり注目してはいなかったのですが、とても観たくなってしまいました!あと私の大好きなオダギリジョーさんも出ているし 笑 最近人と接する事によって傷ついて病んでしまったりいっそ関わらない方が楽なのでは?と思う事が頻繁にありました。でも接してみないと人との繋がりの大切さや温かさはわからないですよね。そしてそれによって自分も変化していくことが出来ますよね。長くなっちゃいましたが、とても素敵なコラムありがとうございます!北海道は上映が来月になりますが、観てきたらまた感想を伝えたいと思います☺️✨
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