私の好きな映画

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2025/05/25 22:28

格調高いゴシックホラー『ノスフェラトゥ』

皆さんこんにちは
椿です

 

さて、皆さん

吸血鬼は、お好き?

 

鋭い牙で美女の首筋に食らいつき、生き血をちゅうちゅうちゅっぱちゃぷすと吸ってしまう、例のアレ、ヴァンパイアです

 

元々、ヨーロッパでは吸血鬼伝説というのは現にありまして、マルシュナーという作曲家が作った『吸血鬼』というオペラまであるくらいです

しかし、広くヴァンパイアが市民権?を得たのは、ルーマニアの「串刺し王」として恐れられたヴラド・ツェペシュ公をモデルにしたといわれている、イギリスの作家 ブラム・ストーカーが執筆した小説『ドラキュラ』の大ヒットによります

 

そして、そのブラム・ストーカーの小説を、「非」公式に映画化したのが、1922年のサイレント映画『吸血鬼ノスフェラトゥ~恐怖の交響曲~』。そして、その映画をリメイクした作品が今月、日本でも公開されました。それが

 

『ノスフェラトゥ(2024)』

(c)2024 Focus Features LLC. All rights reserved.

【作品データ】

◆本邦公開日 2025年5月16日(配給 PARCO ユニバーサル映画)

◆上映時間 133分

◆レイティング PG12

◆監督・脚本 ロバート・エガース

◆出演 リリー=ローズ・デップ 、ニコラス・ホルト、ビル・スカルスガルド、ウィレム・デフォー
◆TOHOシネマズ 日比谷シャンテほか上映中


【あらすじ】

不動産屋に勤めるトーマス・ハッタ―はトランシルヴァニアに住むオルロック伯爵の求めで、自身の住むドイツ ヴィスボルクの家の目の前にある廃墟 のような屋敷の売買契約を行うため伯爵の屋敷を訪ねる
トーマスの最愛の妻エレンは彼のトランシルヴァニア行きに不安を感じ、止めるが、この契約が成立すれば大きな出世が舞い込むと説得しオルロックのもとへ
エレンは幼い時から、夢で守護天使と契りを交わし、その虜になっていたが、トーマスとの結婚後は落ち着いていた。それがまた彼女の夢に現れるようになり、何か良からぬことが起きると感じていたのだ
トーマスは伯爵との契約を成立させるが、伯爵の正体を知ってしまい、彼の狙いが妻エレンだと感じ、逃げるようにエレンのもとへ
しかし、伯爵はすでに城を後にし、ヴィスボルクへとやってくる・・。恐ろしい伝染病とともに・・

(c)2024 Focus Features LLC. All rights reserved.

『サブスタンス』とは好対照

本作、日本では、あの激烈なB級ホラー(と、椿は思う)の問題作『サブスタンス』と公開日が同日(2025年5月16日)でした

とにかく公開前から大騒ぎで、様々な劇場で公開され、公開後は、そのあまりの衝撃に賛否両論渦巻く『サブスタンス』とは違い、公開劇場も少な目で、どちらかというとミニシアター系の劇場で上映された印象のある本作
しかしながら、衝撃度で注目された『サブスタンス』と、情景の美しさが注目された本作はホラー映画ながら映画としての質も高く、2024年アカデミー賞で各賞にノミネートされるという快挙を成し遂げたことでホラー映画界の話題となりました

(c)2024 Focus Features LLC. All rights reserved.

極めて誠実な再映画化

本作は今どきのCGによる残酷描写とか、過度なジャンプスケア(びっくらかし)などに頼らず、極めてゴチックに、登場人物だとか病気の蔓延される町だとかに忍び寄ってくる何者かの「恐怖」をじわじわと表現してゆきます

19世紀の街並みや風景、そして非常に印象的な影の陰影の使い方、登場人物、とりわけエレンの衣装の美しさは特筆ものです

物語自体、1922年のオリジナルである『吸血鬼ノスフェラトゥ』とほぼ変わらぬ展開で進んでいくので、「ノスフェラトゥ」大好きおじさんからしますと、非常に好印象でございました

他方、そういった現代的なホラー映画の見せ方に拠らず、画面の美しさや雰囲気に頼った演出、そして100年以上も前の作品を忠実になぞる、といった点で、ホラー映画でありながら「怖くない」と感じる向きも多いと思います。


本作の見せ場

① 女性映画

『吸血鬼ノスフェラトゥ』はオリジナルのほか本作の前にもう1本リメイクがあります。(実はテレビシリーズや2023年にもリメイクされた作品があるようですが、現在日本では見られないのでそれらは省きます)

 

1922年版オリジナル

◆監 督 フリードリヒ・ヴィルヘルム・ムルナウ 

◆出 演 マックス・シュレック、グレタ・シュレーダー、グスタフ・フォン・バンゲンハイム

 

1978年版リメイク

◆監 督 ヴェルナー・ヘルツォーク

◆出 演 クラウス・キンスキー、イザベル・アジャーニ、ブルーノ・ガンツほか

 

オリジナルでは、やはりその圧倒的存在感であったマックス・シュレック演じるオルロック伯爵の恐ろしさがキモで白黒映画の陰影や絵画のような街並み、コマ送りなども使用した、不自然な特殊効果なども不気味に作用し、まさに「ノスフェラトウ」そのものを恐怖の対象として描き切り、作品を永遠不滅のものにしています

 

1978年のリメイクでは、2024年版のエガース監督と同じく、『吸血鬼ノスフェラトウ』に心酔し、再映画化を考えていたドイツの名匠ヴェルナー・ヘルツォークが、盟友クラウス・キンスキーをノスフェラトウに、イザベル・アジャーニとブルーノ・ガンツを迎え映画化
こちらは、映像を非常に不気味に、特に吸血鬼が到着してから、病原菌が蔓延し多数の死者が出た街並みの表現は非常にシュールで気味が悪いものとなっています
ここでの吸血鬼は、怪優ともいわれているクラウス・キンスキーをして、マックス・シュレックの存在感を覆すことはできませんでしたが、強烈な美と個性を持つイザベル・アジャーニを迎えたことで、吸血鬼鬼以上に妻役に重心がおかれており、彼女の強い決意が吸血鬼を滅ぼすという流れが印象的でした
そして、ほろんだはずの吸血鬼の呪いがある人物に継承されてしまうというオリジナルにはなかった要素が追加されました


ちなみにオリジナル版は公開後、ブラム・ストーカーの遺族に著作権違反で訴えられ上映さし止めされ、フィルムはすべて処分されてしまったのです。というのも、ストーカーの小説の設定や登場人物を変えた程度で大筋はほぼ彼の小説と同じようにすすんでいたためでした。
しかし、フィルムはすでに世界各国に出回っており、戦後、フィルムの復興作業が行われ、現在目にすることができるものとなりました。(そのため、本作を「カルト映画のはしり」と評価する向きもあります)

そして、1978年リメイクでは、役名や設定をストーカーの小説に合わせて変更しました。オルロックをドラキュラ、ハッターをハーカー、エレンをミナ、といった具合です。


(c)2024 Focus Features LLC. All rights reserved.

さて、本作(2024年版)の見どころは、ハッターの妻エレンが中心の物語となっているところです。3作ともエレンの自己犠牲によって吸血鬼は滅ぶのですが、オリジナルは何となく流れ的に?1978年版では、もう誰も吸血鬼の魔の手から救い出すことができないと悟った彼女が、固い意志をもって自らを犠牲にしてゆきます。
そして、本作でのエレンはこれを宿命と捕らえ、守護天使と思い、恋慕も募っていた吸血鬼への愛によってその思いと共に、吸血鬼を葬った自己犠牲となっていました。そういう意味ではF・コッポラがゲーリー・オールドマン、ヴィノナ・ライダーらと撮った『ドラキュラ』に近いものがあります。

本作でエレンを演じるのはリリー=ローズ・デップ。そう、ジョニー・デップの娘さんですね。彼女の神経症的な演技は、この作品に病的な闇で覆わせるような印象を与え、「エレンの物語」であることを観客に強く意識させてくれます。
夫を強く愛しながらも、吸血鬼への抗いきれない恋慕の感情に激しく葛藤するエレン。その葛藤が病的に発展してしまい、夢遊病のようにさまよいながら、彼女の理性とは別の所にある「吸血鬼への強い憧れ」に陥ってしまい、そこを魔物である吸血鬼につけ入られてしまい、まるで悪魔憑きのような状態となってしまう。そして、肉体的な関係への渇望が激しくなる。その、あまりにも艶めかしいデップの体を張った演技には、驚きを超え、嫌悪感を抱いてしまう向きもあろうかと思います。

また、この今の時代に「女性の自己犠牲」によって、世界が救済される物語に新味がなく、登場する男達や社会が、その自己犠牲に頼るところに、同じく嫌悪感を抱いてしまう方もいて、その辺を批判するレビューも結構多く見受けられます。
私は、描いている時代性や、オリジナルを忠実に映画化していることを考えれば、たとえ現代の時代に合っていない物語性であっても、当時の物語としての流れである「女性(乙女)の自己犠牲」を物語の終結にもってくるのは極めて自然であり、変えてはならないテーマなのではないか?そう思いました。

余談ですが、当初、このエレナ役はアニャ・テイラー=ジョイがキャスティングされていたのだとか。それはそれでちょっと興味は沸きますね。

(c)2024 Focus Features LLC. All rights reserved.

上質な演劇のような

本作は派手なCGや、恐怖描写に頼ることなく、じっくりと腰を据えた名優たちの演技によって紡がれた良質のゴシックホラーとなっています。デップの演じる妻エレンを中心に、夫フッターも中心的な役回りを演じ、フッターが体験した恐怖と悲劇の物語でもある、と感じさせてくれます。フッターを演じたのはニコラス・ホルト。最近、富に出演作の多い役者さんですよね。また『陪審員2番』なんかでの名演が映画好きの中では話題になりました。

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オルロック伯爵を演じるのはビル・スカルスガルド。スティーブン・キング原作の『IT/イット それが見えたら、終わり。』で不気味な妖怪 ペニー・ワイズを印象深く演じていましたが、またしてもの化け物役?ということで、こういう路線で行くのかなぁ~と、少し危惧してしまいますが・・(笑)
本作での伯爵は、オリジナルや78年リメイクでの、禿げ頭、不気味なかぎ爪と牙、といったスタイルではなく、作品のほとんどで顔を見せることが無く、巨大な体躯の影と不気味な低音ボイスでいかにも化物然とした存在感で表現されています。顔がほとんど露出しないので、スカルスガルドでなくてもいのでは?とも思ってしまうのですが、これまでの伯爵役の個性強い押し出しの強さとは別の威圧感を感じさせてくれ、これはスカルスガルドの味であるといえます。
ちなみにスカルスガルドは、その低音ボイスを獲得するために、オペラ歌手の指導を受けて声帯を広げる訓練をしたのだとか!

そして、吸血鬼の存在を知り、葬り去ろうとするフランツ教授は、安定の(笑)ウィレム・デフォー。『ドラキュラ』における宿敵ヘルシング教授にあたる立場ですが、『ノスフェラトゥ』では吸血鬼とガッツリ闘うということはないので、さほど活躍しないのですが、過去作2本に比べるとやはりデフォーだけに重要度は増しています。まぁ、正直言っちゃうと、曲者俳優であるデフォーを起用するからには、何かこう一ひねり二ひねり彼のキャラに肉付けされるのではないか?と期待を持たせますが、これも誠実に演じさせているので、デフォーらしくない、とも言えます。しかし、教授が語る吸血鬼の伝説や退治するための知識など、実に深く演じられた彼の口から発せられる言葉には、この古臭い妖怪の物語に重みやリアルさを感じさせてくれます。

ちなみに、ちなみになのですが(笑)

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ニコラス・ホルトは、『レンフィールド(2022)』というホラーコメディに主演。パワハラ吸血鬼の下で働く子分「レンフィールド」を演じました。「レンフィールド」とは、ストーカーの原作で出てくる、ドラキュラに心酔した精神異常者です。
本作、結構人体破壊描写が出てきますが、めっちゃくちゃ面白いコメディですので、是非ご覧いただきたい!椿のオススメです!

この『レンフィールド』でパワハラ上司の吸血鬼を演じたのが、僕らのニコラス・ケイジ!
そして、そのニコラス・ケイジがプロデュースした作品の吸血鬼映画の名作があります。
それが『シャドウ・オブ・バンパイア(2000)』です。
1922年のオリジナル『ノスフェラトゥ』で伯爵を演じたマックス・シュレックが実は本物の吸血鬼だった!!という奇想天外な物語。ムルナウ監督をジョン・マルコヴィッチが演じ、シュレックをなんとウィレム・デフォーが演じました。2大曲者俳優にウド・キアなんかも加わり、濃ゆい演技合戦が見ものですが、本作、残念ながらTSUTAYA DISCUSに作品が無く、配信もありません。

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こうやって、バンパイア、ノスフェラトウ繋がりでの不思議な縁のキャスティングに、『オーメン・ザ・ファースト』のラルフ・アイネソンや公開が楽しみな『28年後…』のアーロン・テイラー=ジョンソン、『デッドプール&ウルヴァリン』のエマ・コリンなどホラーやジャンル系でも強い役者たちがまるで演劇を見ているかのような、演技の競演で本作を構築してくれています。


本作は「怖い」か「怖くない」かと言われると、正直「怖くない」部類の作品かもしれません。特にホラー映画慣れされている方から見ると、物足りなさも感じてしまうかも・・。
でも、この時代によくぞここまで、ゴシックな雰囲気を出し、オリジナルに忠実で、非常に誠実な古典ホラーに作り上げたなぁ、とある意味感動しました。
「怖くない」というのは、飽くまでホラー慣れすぎた人間の目線からの見方であって、耐性の無い方や感性の鋭い方ならば「怖い」と感じていただけるかもしれません。
また、ホラー慣れされていない方に、ちょっとした注意事項を・・
★マウスちゃんがいっぱい出ます!
★生きた鳩の頭を丸かじりする描写があります!
この2点に耐えられれば、おそらくホラーをあまり見ない方も見られるのではないでしょうか
『サブスタンス』はきつくても、こちらなら、ホラー耐性無い方でも楽しんでいただけると思うので、是非劇場にてご覧ください

 

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4 件の返信 (新着順)
さっちゃん
2025/11/23 22:19

 お久しぶりです。さっちゃんです。
 椿さんが本作を最初に記事になさってたのに読むのが遅くなってしまいました。悔しいです。
 映画のように落ち着いたフィルモグラフィから始まり、本作のツボを押さえた解説も素晴らしかったです。オリジナルとヴェルナー・ヘルツォーク版、そして本作へとつながる歴史や各作品の比較など過不足ない内容だと思います。
 おまけに本作の出演者の関連作品への言及もあって嬉しい限りです。椿さんも『シャドウ・オブ・バンパイア』をお持ちのようですね。私も吸血鬼映画には目がないのでBOOK OFFで見つけました。怪優二人の演技合戦もさりながら、クリエイターがいろいろなものを犠牲にしても創作物を造り上げることに情熱を燃やす存在であることを描いていて(鬼畜)面白かったです。
 最後になりましたが、私は劇場で観たときに怖くてたまりませんでした。オルロック伯爵の存在感がリアルだったのとニコラス・ホルトやリリー=ローズ・デップの主要俳優の演技力、さらに背景となる場所や衣裳の美的な完成度の高さが要因だと思います。観客が数えられるほどしかいなかったせいもあるのかもしれませんが。

Stella
2025/06/08 00:25

ブルーノ・ガンツ、イザベル・アジャー二ということで、次回の観る映画として予定しているところです。


椿五十郎 バッジ画像
2025/06/08 20:25

Stellaさん!
コメントありがとうございます!
是非是非ご覧ください!Stellaさんのイザベル・アジャーニのコラム読みました!『ポゼッション』ついでに是非!
今たしかアマプラで見放題配信されているはずですっ

Stella
2025/06/20 08:59

昨晩、アマプラで見ました。そこまで怖くはなかったです。吸血鬼はナタキンのお父さんということで親しみがわきました。ブルーノ・ガンツかなりかっこよかったです。あまり若い時の作品がないので満足でした。

hide
2025/05/27 21:14

子供向け?のスポンジボブというアメリカアニメに実写でてくるのがノスフェラトゥ。
見ていてノスフェラトゥは吸血鬼だとわかったのですが、まさか主役の映画があるとは知らなかったです。
ホラーなので子供は見られないですよね。


椿五十郎 バッジ画像
2025/05/28 20:13

hideさん!
コメントありがとうございます!
なんと!スポンジボブにもノスフェラトゥが登場していたのですか!?
さすがはスポンジボブ(笑)
本作はそんなに怖くはないのですが、ちょっとエッチな部分があってその辺がPG12になっているゆえんかと思われます。
もし、お子様がサイレント映画を理解できるお年頃であればオリジナルがオススメかもしれません

hide
2025/05/29 22:01

ありがとうございます!
サイレント映画なんですね、だからスポンジボブのノスフェラトゥもセリフがないのですね。
スポンジボブの方は代わりに召使いが代弁してくれています。
そうなるとまだ子供には見せられそうにないですね。残念\(^o^)/

Black Cherry
2025/05/26 22:51

むむむーまたまた濃ゆく、掘り下げてらっしゃいます さすが、やはりドラキュラ作品にもお詳しいのですね!
怖い、ニガテな普段寄り付かないジャンル💦とはいえ、それほどヘビーなホラーではない?のかもしれない、という点とリリーローズ・デップガンバってる、というところなど、気になります☺️


椿五十郎 バッジ画像
2025/05/28 20:17

Black cherryさん!
いつもコメントありがとうございます!!

オリジナルのノスフェラトゥが大好きすぎて、ついついノスフェラトゥだと語りたくなってしまいまして・・ウザいですよね(;^_^A
多分本作は苦手意識を感じるほどのホラー感は薄めですし、女性が主役ということもあり、自分は「女性映画」だと感じました。画面の美しさとか、物語が負っている、女性が夢想する存在との恋愛感情を抱きながらも敵対するその葛藤とか、結構女性が見て納得いきそうな作品だと思います。
ホラーに慣れていただくためにも、是時ご鑑賞くださいっ