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DISCASレビュー

じょ〜い小川
2024/07/21 15:49

世に出すには早すぎた鬼才の怪作『うつせみ』

■うつせみ

《作品データ》

『悪い男』や『アリラン』、『嘆きのピエタ』を手掛けたキム・ギドク監督が手掛け、第61回ヴェネツィア国際映画祭(2004年)にて銀獅子賞(監督賞)、国際映画批評家連盟賞、SIGNIS(カトリックメディア協議会)賞名誉賞、ヤング獅子賞を受賞したスリラー映画。主人公のテソクは家々のドアにピザ屋のチラシを貼り、しばらくしてから戻って来て、チラシが剥がされていない家に忍び込む方法で留守宅に侵入し、その家の食べ物を食べたり、風呂に入ったり、寝泊まりをするなど生活をし、家の主が戻る前に家を出て、という空家生活で日々を過ごしていた。ある日、大きな邸宅で空家生活をしていたら、その家の主人・ミンギュの妻・ソナに見つかるが、夫からDVを受け、疲弊していたソナとテソクは心を通わせ一緒に行動を共にすることに。主人公・テソクをジェヒが演じ、他イ・スンヨン、クォン・ヒョゴ、チュ・ジンモ、チェ・ジョンホ、イ・ジュソク、イ・ミスク、ムン・ソンヒョク、パク・チア、チャン・ジェヨン、リ・ダヘが出演。

・公開日:2006年3月11日

・配給:ハピネット・ピクチャーズ、角川ヘラルド・ピクチャーズ

・上映時間:89分

【スタッフ】

監督・製作・脚本・編集:キム・ギドク

【キャスト】

ジェヒ、イ・スンヨン、クォン・ヒョゴ、チュ・ジンモ、チェ・ジョンホ、イ・ジュソク、イ・ミスク、ムン・ソンヒョク、パク・チア、チャン・ジェヨン、リ・ダヘ


〈『うつせみ』考察〉

今回のTSUTAYAのレンタルでは長年見れなかったキム・ギドク監督・製作・脚本・編集作品『うつせみ』もレンタルの棚で見つけたので借りて、久しぶりに見ることが出来た。U-NEXTでは『魚と寝る女』、『悪い男』、『受取人不明』、『コースト・ガード』、『春夏秋冬そして春』、『弓』、『絶対の愛』、『嘆きのピエタ』、『メビウス』、『殺されたミンジュ』、『The NET 網に囚われた男』、『STOP』と日本公開作品全22作品の内12作品が配信されている。しかし、デビュー作の『鰐〜ワニ〜』をはじめ、『ワイルド・アニマル』、『悪い女〜青い門〜』、『リアル・フィクション』、『サマリア』、『ブレス』、『悲夢』、『アリラン』、『人間の時間』、そして今回見た『うつせみ』も未配信である。

ボクは『STOP』以外のキム・ギドク監督作品は全て見てきた。その中でも『うつせみ』はTOP5に確実に入る作品と考えている。恵比寿ガーデンシネマでの初見と、後のDVDレンタルで数回見たが、もう何年も見てないので今回は改めて見ることになった。


主人公のテソクは趣味のように空き巣というか空家生活を繰り返し、日々を過ごしている。一見、ピザ屋のチラシのポスティングのバイトのように見えながら少し違い、家々のドアにチラシを貼り付けている。そして、チラシを剥がされていない家で空家かどうかを判別し、空家にピッキングで留守宅に侵入し、ご飯を食べたり、風呂に入ったりしてくつろぐ。金品を盗むようなことはなく、洗濯ものを片付けたり、壊れた時計を直したりする。ある邸宅で綺麗な女性に見つかるが、亭主と不仲な彼女と突如恋がめばえ、以降彼女とのやりとりが中心となる。

この映画の最大の特徴は

主人公・テソクとヒロインのソナの台詞が一切ない。

ソナの夫ミンギュや警察などその他の登場人物にはちゃんとセリフがあるが、大半はこの二人のシーンなので半分はサイレント映画のようである。昔読んだこの映画のパンフレットにその演出の理由をキム・ギドク監督がインタビューでそれが各国の映画祭や劇場上映を見据えたインターナショナル対策で極力セリフを排した演出をした、という感じで語ったことを記憶している。

この演出は『うつせみ』の直後の作品になる『弓』や『ブレス』、『メビウス』に出てくる主要キャラ(だいたいは主人公)にも共通し、ギドク曼荼羅と呼ばれた独特な世界観を形成するキム・ギドク監督作品において作風の一つとして味わえるが、『うつせみ』はこのセリフを排除した演出が光っている。セリフを排すことでテソク役のジェヒとソナ役のイ・スンヨンは表情や仕草のみでの演技をし、感情を表している。

それとこの空家生活はテソクとソナの存在感の薄さも功を奏し、後半ではこの性質をさらに磨きをかけ、さらにおかしな事をしでかしている。

これ、ザ・ドリフターズの「8時だョ!全員集合」での「前半コント」でよく見られた

「志村!後ろ!後ろ〜!!」

の世界だよ(笑)。

ラストなんか愛だとかファンタジーを通り越してギャグになっているし。恵比寿ガーデンシネマでの初見時はキム・ギドク監督作品のキャッチフレーズ通り、唖然呆然したもので、こうした数々の作品から2007年に開催されたキム・ギドク監督のレトロスペクティブも「スーパー・ギトク・マンダラ」と題されている。

そもそも『うつせみ』というタイトルは邦題で、原題は「빈 집」とある。これは「空家」を意味し、わりとストレートなタイトルであるが、英題はさらに異なり「3-Iron」となっている。これはゴルフの3番アイアンで、劇中この3番アイアンを使ったアクションというかバイオレンスシーンがある。通常、ゴルフクラブを使ったバイオレンスとなるとヘッドで相手を叩く形で攻撃をするだろうけど、本作では3番アイアンでボールを相手に打ち込んで攻撃をする。これは宮下あきら原作の「魁!!男塾」に出て来た三面拳・月光の辵家棍法術奥義の纏欬狙振弾(てんがいそしんだん)になるけど、どちらかというとテソクの場合はゴルフボール打撃を使った狙撃で、「必殺仕事人」的な攻撃である。


そして、今改めて見ると、この映画、ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』における主人公ら貧乏一家のキム一家がやっていた丘の上の豪邸での寄生生活に非常に似ている。

似ているというか『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督が『うつせみ』から影響をうけたようにも見受けられるが、監督からはキム・ギヨン監督の『下女』や黒澤明監督の『天国と地獄』からインスピレーションを受けたという話ではある。これは『下女』や『天国と地獄』がメイドや使用人(運転手)文化の応用なので、『うつせみ』の主人公テソクがやっている空家生活とは違う。『パラサイト 半地下の家族』のキム一家は図々しい使用人たちであって、『うつせみ』のテソクは連続住居不法侵入。前者は主人の激おこだけで済むが、後者は犯罪 。この差は大きいし、似ているようで違う種の作品である。

(c)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

むしろ、犯罪つながりで言えば是枝裕和監督作品『万引き家族』にも通じるものがある。

『万引き家族』の場合はまだ営業している夕方のスーパーでの万引きだが、あれだってやっている側の存在感が薄く、周りの者の虚を突いた行為で、『うつせみ』のテソクの後半の奇行もそういうものである。それと『万引き家族』の柴田家がやってた事の一つは住居不法滞在だから、やはり『うつせみ』や『パラサイト 半地下の家族』に通じる。

(C)2018『万引き家族』 製作委員会
(C)2018『万引き家族』 製作委員会
(C)2018『万引き家族』 製作委員会

さらに加えると『パラサイト 半地下の家族』は後半のある展開から、ある種、スリラー要素がある。『うつせみ』での後半のテソクの奇行もスリラーとも言えなくないが、あまりのおかしさから“ややギャグ寄り”と言いたい。それにテソクとソナのラブストーリーとしての側面もあるので、こうした点から考えると『パラサイト 半地下の家族』とは大分違ったものになる。この奇妙なラブストーリーというのも『弓』や『ブレス』、『メビウス』など一連のキム・ギドク監督作品で見られ、キム・ギドク監督作品の特色でもある。


よく考えると色々と違いは見えては来るが、『うつせみ』と『パラサイト 半地下の家族』は当たらずとも遠からずな作品ということで今回は落ち着けたい。

それにしても、『万引き家族』が第71回カンヌ国際映画祭でのパルムドールを、『パラサイト 半地下の家族』が第72回カンヌ国際映画祭でのパルムドール、第92回アカデミー賞の作品賞、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞を受賞していることから考えても2004年に作られたキム・ギドク監督作品『うつせみ』は奇想天外だが、『万引き家族』や『パラサイト 半地下の家族』ほど騒がれなかったのはキャストやスタッフの知名度云々もあるし、カンヌ国際映画祭やアカデミー賞効果はあるが、今にして思えば時代がキム・ギドク監督に追いつかなかった。

しかしながら、『万引き家族』や『パラサイト 半地下の家族』を見た今なら、もう少しは理解されるであろう。

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