DISCASレビュー

かずぽん
2025/07/11 12:38

妖しき文豪怪談「鼻」「後の日」

【妖しくはあるけれど怪談ではない】

 

『妖しき文豪怪談』は2010年8月にNHKで放送された4夜連続のシリーズで、日本の文豪による短編小説を気鋭の映画監督たちが映像化しました。
このdiscでは第3夜と4夜の物語が収録されています。

【鼻】33分

原作:芥川龍之介『鼻』
監督:李相日

《平安時代末期。禅智内供という高僧がいた。彼の鼻は五六寸もあって上唇の上から顎の辺りまで垂れ下がっている。禅智は自分が鼻のことを気にしていることを知られるのが嫌で、さほど気にならないような風を装っていたのだったが・・・》

上記が原作小説と本作との共通の設定部分である。原作を読んだのは遠い昔のことなので、覚えているのは小僧さんがどこかで聞いて来たとおりに禅智の鼻を湯で茹でて、次に禅智の鼻を床の上にのばして、小僧さんがそれを踏むシーンだ。鼻は短くなったが数日後には元通りに戻ってしまった筈だ。でも、後味は悪くなかったと思う。
しかし、本作のラストはとても嫌な終わり方だった。
登場人物たち ―禅智(松重豊)も子供も大人も― の誰も彼もが、思いやりがなく不躾で優しさというものが感じられない。
特に子供というのは残酷で、禅智に向かって「顔を布で覆っているのは何故なのか?」と聞くのだ。得体の知れないものは遠ざけたいという心理なのか、子どもたちは禅智に石を投げつける。禅智が子供たちを大声で脅かすと子供たちは逃げたが、保吉が川に流されてしまう。禅智は保吉を助けるが、顔を覆った布が取れて禅智の鼻が露わになった。保吉はその異様な形や色に驚き、「バケモノ!放せ!」と叫ぶのだった。
禅智が保吉を突き放すとそのまま流されて行ってしまった。
夜になって保吉の母トメ(井川遥)と村人たちが、行方不明の保吉を探して欲しいと禅智を頼ってくる。川原で禅智が祈ると、何処からともなく保吉が現れる。トメや村人たちは手の平を返したように禅智を崇め有難がるのだったが・・・

李相日監督が意図した通り、ラストのシーンは、ゴルゴタの丘に連れて行かれるキリストの姿が想起された。村人たちがこれからやろうとしている行為は、禅智に対する罰なのか、バケモノ退治なのか・・・?

「醜いのは鼻ではなかったな。」前のシーンで禅智がポツリと漏らしたことばが、禅智の最初の悟りだったように思う。

松重豊の名演も流石だと思ったが、井川遥がこんなに演技が出来る人とは正直思っていなかった。保吉を助けて欲しいと禅智に縋(すが)った気持ちは本当だと思うけれど、禅智の告白を聞いた後のあの変わり様は凄まじかった。
人間の性(さが)とか業(ごう)というものが前面に押し出されているようで、人間とは何て自分勝手で醜いのかと考えてしまう。


【後の日】49分

原作:室生犀星『童子』『後の日の童子』
監督・脚本:是枝裕和

こちらの作品は、“妖しい”というか“幻想的”というか、子どもを幼くして亡くしてしまった若い夫婦の心情が伝わって来る物語だった。
物語は「一日目」「二日目」というように「七日目」まで続く。
主人公たちが着ているのが「単衣」だったり、男の子が「浴衣」を着ているので季節は夏だと思うが、ひょっとしたら「お盆」の頃なのかもしれない。

若い夫婦の名は、夫が笏悟朗(加瀬亮)、妻がとみ子(中村ゆり)で、亡くなった息子の名前は豹太郎(澁谷武尊)という。豹太郎が亡くなったのは、一歳の誕生日を迎えて直ぐだったというのに、二人の目の前に現れた豹太郎は七歳くらいに成長している。
この夫婦には既に朝子という女児が誕生していて、豹太郎に会わせてよいものかどうかと気を使っている。
とみ子は、豹太郎がどうやってここまで来たのかを聞くが、「川の方から」「土手の向こうから」と要領を得ない。
豹太郎はあの世から毎日通って来ているのだろうか。
豹太郎の姿はだんだん影が薄くなり、七日目には姿が見えなくなってしまった。でも、夫婦には豹太郎の気配が感じられるのだった。

原作はどんなだろうと気になって、「青空文庫」で読んでみた。ほぼ、原作に忠実に描かれていることが分かった。数か所、気になった場面があったので確認したいと思っていたのだけれど、すべて納得がいった。
劇中でも夫婦の家の表札が「室生」となっていたし、夫の職業が作家だと分かる場面もあった。
さらに調べてみたら、室生犀星の亡くなった息子の名前が豹太郎。娘が朝子だった。豹太郎は1921年5月に誕生し、1922年6月に亡くなっている。朝子の誕生は1923年8月だった。だから、夫婦の目の前に現れた豹太郎がこんなに成長している筈はないのであるが、息子と両親の双方の願望が見せた姿なのだろうか。

日本家屋と縁側と小さな庭。
あるいは、お寺の苔むした石段や蓮の葉が浮かぶ池など、しっとりとした映像が美しかった。


 

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