愛を捨てた男の想いは白き梅の花弁に

◤ ℍₐₘₘₑᵣ 𝔽ᵢₗₘ 𝕋ₕₑₐₜₑᵣ ◢

【2025-No.54】

𝐇𝐞𝐫 𝐇𝐢𝐝𝐝𝐞𝐧 𝐏𝐚𝐬𝐭

婦系図

日本 99分 1962年

婦系図と書いて「おんなけいず」と読む。泉鏡花の原作を名手・依田義賢が脚色し、市川雷蔵主演で描いた悲恋物語だ。雷蔵演じる早瀬主悦（ちから）と芸者お蔦の関係を軸に彼らを取り巻く女たちの様々な思いが交錯する内容はまさにこのタイトル通りである。英題の直訳は「彼女の隠された過去」となるが、ヒロインのお蔦だけでなく登場する女たちそれぞれが何らかのかたちで過去を背負っており、その哀しみで彩られた心の断片はやがて大粒の涙となって頬を濡らす。後半へ進むに従いラヴストーリーと並行して、或る策略により窮地に追い込まれた主悦の復讐譚が語られる流れはまるで演歌からロックへ転調したかのような意外さも手伝って面白味を感じさすが、如何せん展開が急すぎてしみじみと感慨に浸ろうにもそうした暇すらなかったのは勿体ない。この話を百分の枠で語るには依田の腕をもってしても些か無理がある。配役は今で云うグラビアアイドルから映画界入りしてお蔦の健気さを伝える万里昌代、主悦の恩師に扮し重厚な存在感を漂わす千田是也などなかなかに好い。いつもは煮え切らぬ男役の多い船越英二がここでは熱血漢の魚屋を演じ、絶妙なアクセントにもなっている。小説の最後では主悦は服毒自殺を遂げるらしいのだが、本作においてそうならなかったのは当時の雷蔵の人気ぶりを示すものか。それにしても男尊女卑が平然とまかり通る明治の世にあって病死した恋人の後を追うように自ら命を絶つ男を執筆した泉鏡花の鋭い感性には驚かされる。もし自分がフィルムメーカーならばぜひこれを現代設定で撮ってみたいところだ。ミーハーな私は俄かに主悦とお蔦が別れ話をする場面の舞台として使われる湯島天神へ梅を観に行きたくなった