追悼 久米宏 彼の好きだった映画
久米宏が亡くなった。享年81。昨日テレビを見ていたら突然「久米宏、死去」と速報が流れ、「えっ」と声が出るほど驚いた。私より年上とはいえ、まだまだ元気だと思っていたし、健康そうだし、まさか肺がんで亡くなるとは想像もしていなかった。
昨年、『ニュースステーション』で共演していた森永卓郎が亡くなった時も、「久米さんはまだまだ健在なんだろう」とどこかで思っていた。
数年前まで、毎週土曜の午後にラジオ番組『ラジオなんですけど』を欠かさず聴いていた。テレビよりも距離の近いラジオでは、彼のプライベートな話題もよく飛び出し、親しみを感じていた。テレビを辞めて時間ができたので、毎日のように映画を観ているという話も印象に残っている。
映画好きらしく、番組の中でも時折作品について語っていた。彼が「これはいい」と勧めていた映画を、私の記憶の中から三本挙げると――
『離愁』(1973年/フランス=イタリア合作)
出演:ジャン=ルイ・トランティニャン、ロミー・シュナイダー
ラジオで久米宏が「本当にいい映画だ」と紹介していた作品。
戦争を背景にしたラブロマンスの傑作で、音楽も物語の余韻を深め、観る者の心に静かに染み込んでくる。
邦題は『離愁』だが、久米は「現代的な感覚では『列車』というタイトルでもよかったのでは」と語っていた。物語は、ドイツ軍の侵攻を受けたベルギーからフランスへ逃れるラジオ修理屋(ジャン=ルイ・トランティニャン)と、謎めいた美女(ロミー・シュナイダー)の出会いから始まる。
二人は列車の中で偶然出会い、短い時間の中で恋に落ちる。しかしジャンの妻子は別の列車に乗っており、家族は離れ離れに。ドイツ軍の追撃を受けながら続く数日間の逃避行は、二人にとってかけがえのない逢瀬となる。爆撃を受けながら必死に列車で逃げ続ける描写は、緊張と儚さが同居している。
やがてジャンは妻子と再会し、日常へと戻る。しかし、ある日突然ドイツ軍に呼び出され、物語は思いもよらぬラストへと向かう。その結末はあまりにも唐突で、胸を突かれる。私にとって、このラストシーンは映画史上でも指折りの名場面だと思う。
「風の谷のナウシカ」
『ニュースステーション』の冒頭で、久米宏が裏番組で放映されていた「風の谷のナウシカ」について、「皆さんご覧になっていますか。本当にいい映画ですよね」と語っていたのが強く印象に残っている。
1984年3月11日に公開された宮崎駿監督の長編アニメーション第2作。アニメだからと侮ることはできず、初めてテレビで観たとき、私は大きな衝撃を受けた。ストーリー、映像、音楽、そのすべてが一級品で、心に深く刻まれた作品である。
公開当初はそれほど大きな話題にはならず、興行収入も突出していたわけではない。しかし、この作品をきっかけにスタジオジブリの名は広く知られるようになった。
数あるジブリ作品の中でも、私にとって『風の谷のナウシカ』は最も心に残る一本であり、今でも“ベスト”だと感じている。
『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』
映画ではなく小説の方だが、久米宏がラジオで「面白い、三部作を全部読んでいる」と紹介していたのをきっかけに、私も原作を読み、映画版も鑑賞した。
『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』は、スティーグ・ラーソンによる推理小説「ミレニアム」三部作の第1作を映画化した作品である。2010年にスウェーデン語版が製作され、その後英語版としてリメイクされた。物語の骨格は共通しているものの、監督も俳優も異なるため、それぞれに独自の雰囲気がある。
スウェーデン版と英語版を続けて観ると、その違いがより鮮明に感じられた。スウェーデン版は原作の空気感や人物描写に忠実で、物語の本質を丁寧に掘り下げている印象が強い。一方、英語版は映像表現がより過激で、サスペンス性を前面に押し出したスタイリッシュな仕上がりになっている。
どちらも見応えはあるが、個人的にはスウェーデン版の方が原作への理解と敬意が感じられ、より好みだった。リスベットというキャラクターの複雑さや、作品に流れる社会的テーマの重みが、スウェーデン版ではより深く伝わってきたように思う。
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