国家と闘う"歌姫"の心を癒すのは愛か麻薬か
【 2025 - No.21 】
〜 黒人監督の現在地 Vol.1 〜
𝐋𝐞𝐞 𝐃𝐚𝐧𝐢𝐞𝐥𝐬
(Cover photo: 2021 Billie Holiday Films, LLC)
ザ・ユナイテッド・ステイツ vs.
ビリー・ホリデイ
アメリカ 126分 2021年
ビリー・ホリデイの名前も、代表曲「奇妙な果実」が何を歌ったかも、辛うじて知ってはいたものの中々実像に触れる機会がなく、今回この映画を通して彼女の生き様に接することが出来たのは大変貴重だった。伝記作品はともすると俳優たちの形態模写大会みたいな状況に陥りがちだが、本作にはタイトルが示す通りの一貫したテーマ性があり、それが単なる有名なジャズシンガーの話で終わらぬ仕上がりへ繋がった
白人たちの残虐非道な私刑により木から吊るされた黒人の様子を果実に例えた楽曲がひとたびホリデイ独特の歌唱で発せられると瞬時にして民衆の心に何かとてつもない感情の連鎖を呼び起こす。その「パワー」たるやキング牧師の演説に匹敵すると云っても過言ではない。劇中において「奇妙な果実」を公民権運動に結び付けるセリフが出てくるがまさにその通りだ。だからこそ合衆国は、彼女の存在を、彼女が「奇妙な果実」を歌うことを恐れて目の敵にした。連邦捜査局が麻薬所持でホリデイを追ったのはこのメッセージソングをステージで演奏させないための口実だったように描かれている点は非常に興味深い。大抵の人間なら容易に屈してしまいそうな桁外れのプレッシャーに晒されても尚「奇妙な果実」に拘り続けたホリデイの信念には感服する。奔放なる恋愛遍歴や麻薬への逃避も彼女の置かれた境遇を考えれば致し方ない気もしてしまう
酒浸りのシングルファーザーと暮らす黒人姉弟の日常をモノクロで綴った独立系の佳作「スウィート・シング」でヒロインがビリー・ホリデイに憧れを抱き、心の拠り所にした理由が今初めて分かった。逆境に苦しみ踠きながらも最後まで背を向けなかったホリデイの強さに少女は自分の姿を重ねたのだ
捜査官とのラヴアフェアや白人女優との同性愛関係、少女期の回想など様々なエピソードを適切にストーリーラインへ挿入し、一本の作品として上手くまとめた。それらを処理した編集は高く評価出来る。監督のリー・ダニエルズは常に質の高いフィルムを撮る印象を持っているがその手腕はここでも見事に発揮された。彼にはぜひトニ・モリスンの小説を映像化してほしいと願わずにはいられない
★★★★★★★☆☆☆

原題 The United States vs. Billie Holiday
監督 リー・ダニエルズ
脚本 スーザン=ロリ・パークス
撮影 アンドリュー・ダン
編集 ジェイ・ラビノウィッツ
音楽 クリス・バワーズ
出演 アンドラ・デイ,トレヴァンテ・ローズ
劇場公開日 2021.02.26(米)/ 2022.02.11(日本)
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