倫理・道徳的にもヤバい死体運びのロードムービー『葬送のカーネーション』
〈作品データ〉
第35回東京国際映画祭「アジアの未来」部門に出品し話題になったトルコ発のロードムービー。故郷シリアを内戦のために離れてトルコに住むサムと孫娘のハリメは、亡くなったサムの妻を故郷に埋葬するために、亡骸を棺桶に入れてトルコ南東部からシリアへ旅に出ることに。お金がないため車や然るべき処置を取れない二人は、棺桶を抱えながらヒッチハイクと徒歩で旅をする。主人公サムをデミル・パルスジャンが演じ、他シャム・シェリット・ゼイダン、バハドゥル・エフェ、タシン・ラーレ、イート・エゲ・ヤザール、セルチュク・シムシェック、フラート・カイマック、エミネ・チフチ、セルカン・ビルギが出演。
・1月12日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町他全国ロードショー
・上映時間:103分
・配給: ラビットハウス
【スタッフ】
監督・脚本:ベキル・ビュルビュル/脚本:ビュシュラ・ビュルビュル
【キャスト】
デミル・パルスジャン、シャム・シェリット・ゼイダン、バハドゥル・エフェ、タシン・ラーレ、イート・エゲ・ヤザール、セルチュク・シムシェック、フラート・カイマック、エミネ・チフチ、セルカン・ビルギ
原題:Cloves & Carnations/製作国:トルコ、ベルギー/製作年:2022年
公式HP:https://cloves-carnations.com/
〈『葬送のカーネーション』レビュー〉
不吉な邦題と暗い雰囲気の予告編から名作の匂いが感じ取られたトルコ・ベルギー合作のロードムービー『葬送のカーネーション』。まさかの予感的中で、久しぶりにとんでもない傑作を見た!荒涼とした風景の中で老人サムの強い信念と旅中で出逢った人々の優しさは倫理や道徳を遥かに超越し、映画として尊いロードムービーを作り上げた!
老人と孫娘のロードムービーというだけなら地味なヒューマンドラマになるが、この映画のミソは死体運びのロードムービーという点にある。
しかも、警備が厳重そうな国境を
「故郷に埋葬したい」
という信念で動く老人サムの不撓不屈と、
本当はシリアに行きたくないが大人(サム)について行く以外なく常に鬱屈な表情の孫娘のハリメのブルーと言うかグレーな旅と考えればいい。
延々と続くトルコ南東部の草木も枯れた殺風景な風景がサムと孫娘ハリメの心情とかなりリンクしている。基本的には曇り空ばかりの空模様の中でたまに晴れる時があるが、その時、ハリメが羊の群と戯れたり、サムも現地民とピクニックっぽいことをしたりして心まで晴れていたり、日中晴れているシーンでだいたい良いことが起こっているが、仏頂面な老人と嫌な雰囲気をまき散らす孫娘の基本的な心情は冬のトルコ南東部の風景と同化していて、そこに映画としての面白さを見いだせるかがこの映画を楽しむカギになる。
それも棺桶に入っているとは言え死体運びのロードムービー。トミー・リー・ジョーンズが監督・製作・主演を務めた映画『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』も死体運びのロードムービーだったがそれ以上に主人公の妻の死体を運ぶことがかなり強調されていることも映画のポイントになる。死体入りの棺桶があり得ない置き方で置いたりしてるシーンがあるが映画としては絵的に良いというおかしさや、中盤以降に改めて分かる死体運びという行動・行為のヤバさなどから法律や人としての倫理・道徳にも向き合っている。それにも関わらず老人サムの行動は信念を曲げたくないために色々ヤバく、洞窟のシーンでは倫理的にヤバい対応を連発する。
しかしながら、そのサムの行動は倫理としては間違っていても人としての優しさから来る行動であって、サムだけではなく道中で出逢った人々も「本来は駄目だけど人としての優しさ」を見せる。
こうした倫理・道徳度外視の旅は随所でアッバス・キアロスタミややヴィム・ヴェンダース、ジム・ジャームッシュといった名匠の作品らしさを映像センスから感じさせる。この映画の監督は小津安二郎を敬愛しているらしいが、映画からは小津安二郎と言うよりは奇しくも小津を敬愛しているキアロスタミ、ヴェンダース、ジャームッシュの作風に近い。
他にもエミール・クストリッツァやアンドレイ・タルコフスキーの作品のオマージュと思われるものが随所で見られる。特に土、風、火、水、木などの見せ方はタルコフスキーに通じるものがあり、あるシーンにおける牛乳の使い方は(意とすることは違うが)『サクリファイス』のオマージュと見ていい。
人としては「どうよ?」と思える老人サムの倫理・道徳観念だが、人としての一線を超えた行動は映画としては面白く、また尊くある。物語の着地点やラストシーンも秀逸。