【Foyer vol.5:ポレポレ東中野】「1つのことに固執しない」──代表・大槻貴宏が貫く“お店屋さん”としての哲学と覚悟

東京都・東中野駅西口からわずか1分。雑居ビルの地下へと続く階段を下りると、そこには映画ファンから20年以上もの長い間、愛され続ける映画館「ポレポレ東中野」がある。いつ訪れても、ここでしか出会えない「今、見るべき作品」が上映されており、多くの映画ファンから「ドキュメンタリーの聖地」として絶大な信頼を集めている。
この唯一無二の劇場を牽引するのが、代表の大槻貴宏さんだ。下北沢トリウッドも同時に運営する彼は、常に柔軟な視点で劇場と作品に向き合い続ける。
2003年の開館から20年以上、なぜポレポレ東中野は映画ファンを惹きつけてやまないのか。その根底にある揺るぎない責任感、作品を選ぶ確かな目、そして映画館経営の哲学まで──。大槻さんの情熱の源泉を伺った。
「任される責任感」を胸に。オーナーとの信頼関係の上に成り立つポレポレ東中野
──大槻さんは下北沢トリウッドを1999年に設立されていますが、2003年からポレポレ東中野の運営も始められたのは、どういった経緯だったのでしょうか?
2003年に、この場所にあった映画館(BOX東中野)が閉鎖になったんです。そこでビルのオーナーで写真家・映画監督でもある本橋さんがマネジメントする人を探しているということで、そこに応募して面接をして、「じゃあ、やりましょうか」と。トリウッドと両方やるという条件で、僕がマネジメントを行う支配人という形で始まりました。
──ご自身の会社(トリウッド)とは別に、支配人として劇場を運営するというのは、また違ったご苦労があったのではないでしょうか。
そこはなかったですね。オーナーは本当に全部任せてくれて。むしろ、そっちの方が責任は重かったです。自分がオーナーなら「自分がなんとかすりゃいい」で済みますけど、任されているというのは「自分でケツを拭けない」ということでもある。だから、「すみませんでした」で済ませたくない。その責任は重かったですね。
本橋さんとは15年間一緒にやってきて、8年前に僕が完全に引き継ぐことになりました。それだけ長く続いたということは、うまくできてたのかな。正直、自分でやった方が楽な部分はありますよ(笑)。でも、その「期待に応えたい」という感覚は、今も強く持っています。
上映作品選定の基準は「映画として面白いか」ただそれだけ
──ポレポレ東中野は「ドキュメンタリーの聖地」と呼ばれますが、作品選定にはどのような基準があるのでしょうか。
僕の中では、ドキュメンタリーもフィクションもアニメーションも、基準は全部一緒なんです。「映画として面白いかどうか」。それに尽きます。主義主張に賛同する、しないは関係ない。その人にとってはそれが正しいわけですから。そうではなく、観客が「映画として面白く見れるのか」が全てです。

──その「面白さ」は、どのように見極めているのですか?
トリウッドもポレポレも、個人の持ち込みは基本的に全部見るようにしています。特にポレポレはスタッフが多いので、複数人で見て判断します。僕が「なんでまだ見てないんだ」って怒られるくらい(笑)。でも、彼らの目はすごく信頼できる。
最近、本当に面白かった持ち込み作品で、『ミックスモダン』という映画があるんです。大阪の方が作って送ってきてくれて、うちのスタッフが見て「面白かったですよ」と。で、僕も見たら実際面白くて。後から知ったんですが、ベルリン国際映画祭に出ていたらしいんです。でも、僕もスタッフもそんなこと知らずに、ただ「これ面白いね」と。
映画祭とかによく行かれるんですか?と聞かれますが、あまり行かないんです。それでも皆さんが「上映してほしい」と送ってきてくださる。それがすごくありがたい。僕は「公募」が好きなんですよね。
映画は「きっかけ」に過ぎない。“聖地”に「固執しない」理由
──『ヤジと民主主義』という作品では、ポレポレの映画をきっかけに政治に興味を持ったという方が登場しました。ドキュメンタリーが観客に与える影響をどう感じていらっしゃいますか?
影響は与えると思うんですが、僕は映画というものは「入り口に過ぎない」と思っています。深くいくための第一歩でしかない。これを見れば全てがわかるとか、人を「変える」とか、そんな烏滸がましいことは思っていません。(*おこがましい、でいいのかな、と)
映画を見て「面白そう、ちょっとやってみよう」とか、「こういう見方があるんだ」と視野が広がったり、気づいたりする。その「きっかけ」でいいんです。
──そうした「きっかけ」になる作品として、主義主張が強いものを選ぶこともあるかと思います。
主義主張はあって当然ですが、それが「内に向けてるか、外に向けてるか」は気にします。同じ主張の身内で「そうだよね、いいね」と固まるような、内向きなものはピンとこない。そうではなく、「こういう考え方があります。皆さんどうでしょうか?」と外に開かれているものであってほしい。全然違ったものを見せて、「ここに理由があるかもしれないね」と問いかける。そういうものであれば、やるでしょうね。
──「ドキュメンタリーの聖地」と呼ばれることについては、どう感じていますか?
言っていただけるのは、ものすごく嬉しいです。でも、自分たちはそこをそんなに気にしていないし、固執もしていません。言ってもらう一方で、「全然フィクションもやってるよ」っていうのはありますね。
昔、荒戸源次郎さんという映画プロデューサーに「お前はドキュメンタリーだけやっているのか?」と聞かれて、「いや、フィクションもやってます」と答えたら、「何かに固執するとレベルが下がるぞ」と言われたんです。この言葉は重いですよね。そこに固執するが故に、余計なものまで拾ってしまうかもしれない。
だから、ドキュメンタリーを増やそうとかもないですし、時にはフィクションの方が多い週があったりする。それでいいんです。逆に自分が動きづらくなると思いますね。
「満席だったよ」は最強の口コミ。興行師としての「演出術」
──ポレポレ東中野は、ただ作品をかけるだけでなく、トークイベントなど「見せ方」も非常にユニークです。
偉そうに聞こえたら嫌なんですけど、僕は「見せ方」って「演出」だと思ってるんです。「これが面白い、やりましょう」は第一歩でしかなくて、「これを映画館としてどうやったら面白く見せられるか」をスタッフと考えます。
──具体的にはどのような「演出」を?
トークイベントをやるかやらないか、もそうです。あるいは、上映回数をあえて少なめにして「熱をこもらせよう」とか。
──回数を減らす、ですか?
ええ。「あの映画、面白かったよ」って口コミは強いと思うんだけど、「満席だったよ」という口コミの方が強いと思うんです。「面白かったけどガラガラだったよ」と言われるより、「満席で入れなかったよ」の方が、ニュースとして人のワクワク度を上げる。だからといって、あぶれる人を作るのが目的じゃないですよ。それは申し訳ない。でも、情報の伝わり方として、そういう“熱”は確かにあるんです。
──トークイベントを「あえてやらない」のは、どういった観点からでしょう?
僕は、トークイベントは“答え合わせ”であってほしくないんです。映画を見て「あれはどういうことなんだろう」とモヤモヤした時に、答えを言うんじゃなくて、ヒントやさらにもう1個、考えることを提示するようなイベントにしたい。それが観客が監督の過去作を見たり、関連する本を読んだり、深く行くことにつながると思うんです。
だから、作品自体にものすごく「余韻」があるなら、トークはやんなくていいんじゃないか、と。その余韻は、劇場で共有するんじゃなく、持ち帰ってもいい。そういう提案もしますね。
初日初回の雪辱から4年。信じた作品が届いた日
──これまで上映された中で、特に記憶に残っている作品はありますか?
『ホームレス理事長』ですね。東海テレビさんの作品で、僕はめちゃくちゃ好きだったんです。でも初日の初回が、雪という影響もあったのですが、100席中23人でした。
──厳しいスタートだったのですね…。
だけど、作品は本当に面白い。だから、東海テレビさんの特集上映を組むたびに、この作品を入れ続けたんです。そうしたら3年、4年ぐらい経ったクリスマスイブの特集上映で、ついに満席になったんですよ。
いい話ですよね。届くものが届くとか、そういうことじゃないんですけど、迷惑をかけない範囲でやり続けていたら、面白いっていうのがちゃんと伝わった。それが単純に嬉しかったですね。
「需要がなくなったらやめる」映画館の未来と、“お店屋さん”としての覚悟

──トリウッド設立から25年。カフェ併設など、映画館のあり方も多様化しています。
昔は1000席級の映画館が普通で、ミニシアターも200席以上ありました。今はシネコンがメインになり、ミニシアターはうち(96席)やトリウッド(45席)のようなサイズになってきている。
でも、「みんなと一緒に何かを見る」という行為の面白さは絶対続くと思っています。ただ、映画館はかつてのような日常の娯楽から、配信が日常になった今、ある種「ハレの場」になっている。
サイズが小さくなって小回りが利くようになった分、カフェなどを併設するというのは、すごくいいやり方だと思います。昔の「戸建て」しかなかった時代から、土地を有効活用するために「マンション」になった、みたいな自然な流れでしょう。
──コロナ禍や機材高騰で存続が厳しい劇場も多い中、20年以上も運営を続けられている秘訣は何でしょうか。
意識してやってることはないです。ただ、ずっと思ってるのは、「需要がなくなったらやめる」ということ。僕は劇場運営を文化活動というよりは、飲食店さんとかと同じ「映画を売るお店屋さん」だと思ってるんです。だから続いてるのかもしれない。
映画館のチケット売上って、上限があるビジネスなんです。我々のようなミニシアターは、シネコンのようなコンセッションがない分、稼働率を上げなくちゃいけない。でも、それも限界がある。じゃあどうするか。
──どうされてきたのですか?
チケットだけに頼らない売上を増やす、ということです。うまくいってるのが、下北沢トリウッドでの「映画制作」であり、ポレポレ東中野での「配給協力」なんです。そういうことをして、チケットだけに固執しないようにする。
結局、荒戸さんが言った「固執するとダメになる」ってことと全部一緒なんです。「チケット売上だけ」って頭でいると、「人口も減るし無理だ」ってなる。でも、「多分そうじゃないことをすればいいのかもしれないね」っていう、それぐらいの緩やかな感じです。
映画館を建てるのだってギャンブルですよ。プロジェクターだって1000万する。結局、「どのリスクを引き受けるのか」っていうことなんです。
「聖地」という評価に甘えず、常に柔軟な視点を持ち続ける大槻さん。その根底には、「映画を売るお店屋さん」としてのシビアな経営感覚と、「映画として面白いか」という純粋な好奇心。そして、任されている自覚を持つ「責任感」という誠実さがあった。

『ホームレス理事長』が満席になったエピソードは、劇場が作品を信じ続け、観客に届くまで「育んだ」証だ。ポレポレ東中野は、これからも大槻さんの揺るぎない哲学のもと、私たちに新たな「気づき」と「出会いの入り口」を提供し続けてくれるだろう。
「ポレポレ東中野 」
住所: 〒164-0003 東京都中野区東中野4-4-1 ポレポレ坐ビル地下
アクセス: JR中央・総武線「東中野駅」西口より徒歩1分 /
都営大江戸線「東中野駅」A1出口より徒歩1分
座席数:96席(車いす席有り、車いす用トイレ、エレベーター完備)
公式HP:https://pole2.co.jp/
__________________________
Foyer|ホワイエ
毎月ひとつの映画館にフォーカスして映画館の魅力を発信
↓最新記事↓
https://community.discas.net/users/rxffcu2lnjtpenpd