懐かしき1930年代の映画「日本編」
今まで、1940年代、1950年代、1960年代、1970年代と、懐かしの名作を「アメリカ編」「ヨーロッパ編」「日本編」に分けて振り返ってきました。
今回は更に遡り、1930年代の「日本映画」を懐古してみたいと思います。
アメリカでは「西部戦線異状なし」(30年)、「キング・コング」(33年)、モダン・タイムス(36年)、駅馬車(39年)、「風と共に去りぬ」(39年)といった名作が大ヒット。
フランスの「巴里の屋根の下」(30年)「自由を我等に」(31年)、望郷(37年)、ドイツの「M」(31年)、「会議は踊る」(31年)といったヨーロッパ映画も黄金時代を迎えた。
そして日本映画の最初の黄金時代と言われているのが1930年代。
清水宏、小津安二郎、溝口健二といった名だたる監督作品が並ぶ中、今回は次の4作品をご紹介したいと思います。
有りがたうさん(1936年、松竹、モノクロ、78分) 監督:清水 宏
原作は川端康成の「有難う」で、昭和10年頃の伊豆を舞台に、巨匠・清水宏監督が初のロケを敢行した郷愁を誘う名編。
伊豆の路線バスを運行する運転手(上原謙)は、道を譲ってくれた人々に必ず ‘ありがとう、ありがとう’ と元気よくお礼を言って通過するので、皆から ‘ありがとうさん’ と呼ばれて親しまれていた。ある停留所で若い娘(築地まゆみ)と母親(二葉かおる)が乗ってきた。悲しそうな表情をしている。どうやら生活苦で娘を東京に働きに出すため、母親が途中まで一緒に乗ってきたようだ。続いて黒襟の粋な若い女(桑野通子)や、髭を蓄えた中年男(石山隆嗣)が乗ってくる。バスは峠越えをする。運転手は、道で出会った人の言伝を引き受けたり、別の人からは買い物を頼まれたりするが、快く引き受ける。最後部に座っていた娘が最前部近くに移動し、 ‘有りがとうさん’ に話かける。その様子を、黒襟の女は温かく見守っている...。
当時の伊豆の山間部の風景が、まさに「昭和」を想起させます。
バスが走る前方には、行商人、馬をひく者、道路補修をしている者など、様々な人々がいます。バス運転手はその度にクラクションを鳴らし、道を空けてもらいます。そして ‘ありがとう、ありがとう’ と片手を上げてお礼を言います。なんとのどかな光景でしょう。
途中ですれ違うバスの乗客が、 ‘あたし、東京で水ノ江ターキーを見てきたわよ、すごいわよ’ と言います。水の江滝子さんのことだと思いました。男装で有名な女優兼プロデューサーで、石原裕次郎をはじめとした多くのスターを発掘した人ですね。むかし、NHKのテレビ番組「ジェスチャー」で紅組の司会を務めていました。
祇園の姉妹(1936年・大映、モノクロ、68分) 監督:溝口 健二
人情に厚い姉と、打算家の妹という祇園の芸者姉妹が、悲劇的に男に捨てられるまでを描く。女の哀歓や怒りを、山田五十鈴と梅村蓉子が見事に表現しています。
京都・祇園の花街。商売で失敗した老舗の木綿問屋が店じまいすることになり、主人の古沢は気晴らしに、自分が世話をしていた芸妓・梅吉(梅村蓉子)の家へ出向いて酒を飲んだ。一文無しになった古沢を哀れんだ梅吉は、彼を居候させることにした。梅吉と同居している妹・おもちゃ(山田五十鈴)は、そんな古めかしい情に流される姉の態度が気に入らない。勝気なおもちゃは独立心の強い女だった。ある日、出入りの呉服屋の番頭・木村(深見泰三)が自分に惚れていると聞いたおもちゃは、彼をおだてて高価な着物を用立てさせた。自分用ではなく、姉に着せたかったのだが...。
「祇園の姉妹」の姉妹は ‘きょうだい’ と読む。
この映画に登場する男はホントに単純で、おもちゃの口車に乗せられ、いいようにあしらわれている。中盤までは、おもちゃの独壇場で、このままの流れで話が展開するのかと思いきや、意外な落とし穴が待っている。それは下手なサスペンスより怖いくらいで、見事な構成です。
一見華やかなにみえる祇園の芸妓世界ですが、日本社会に色濃く巣くっている封建的な世界なのでしょう。(良し悪しは別として)
溝口監督は、姉妹の対照的な性格描きながら、その封建的な世界をあぶりだしています。
風の中の子供(1937年、松竹、モノクロ、86分) 監督:清水 宏
この映画は岡山県出身の児童文学作家、坪田譲治の同名小説を清水宏監督が映画化したもの。
自然に囲まれた小さい集落を舞台に、そこに暮らす子供たちの生活の日々を、ゆったりと流れる時間のなかで描いた心に染みる名作です。
その村の子供たちに夏休みがやってきた。小学5年生の善太(葉山正雄)は成績がいいのだが、弟の三平(爆弾小僧)は「乙」と「丙」ばかりで「甲」がなく、母親(吉川満子)は遊んでばかりの三平が心配である。父親(河村黎吉)は ‘男の子は好きに遊んだらいい’ と気にもとめない。そんなある日、父親が私文書偽造の容疑で警察に連行される。母子の生活は一気に困窮し、三平は遠くの親戚の家に預けられることになる。家族と引き離された三平は、いきなりホームシックにかかり、大木の上に登って自分の家の方角を眺めたり、流れる川の上を「たらい」に乗って自宅方向に向かったり、或いは知り合った曲馬団(サーカス)と一緒に自分の村に帰ろうと考えたり...。
全編を通して、主役である「子供」の姿がカメラ映像に優しくほのぼのと映っています。
田舎道を10人ほどの子供たちが全速力で走っていく様子、褌姿で泳ぐ子供たち、蚊帳の中で寝る善太と三平にうちわで風を送る母親、裏庭の井戸から水を汲む三平、ターザンの雄たけびをあげる子供たち、父親に弁当を届けにいく善太、等々。
そして、子供たちには子供たちの世界があるのだとあらためて考えさせられます。
子供の喧嘩、子供から見た大人の世界、集落のなかでの子供たちの立ち位置、そんな子供たちの生活ぶりを、清水監督は屈託のない視点で捉えているように感じました。
按摩と女(1938年、松竹、モノクロ、66分) 監督:清水 宏
自然の景観を捉えた映像が実に美しく、その元になっている構図も見事で、本当に素晴らしいの一語に尽きます。
まるで古き良き時代の「日本映画の神髄」を見たようです。
盲目の徳市(徳大寺 伸)と福市(日守 新一)の2人は、独特の鋭と杖を頼りに、山深い温泉宿に向かって歩いていた。彼らは按摩を生業とし、地元では知られた男達だ。特に、徳市は前方から来る子供たちの人数をピタリと言い当てたり、追い抜いていった馬車の乗客の中に、 ‘東京から来たいい女がいた’ などと勘の鋭さを披露する。温泉宿に着いた2人は、鯨屋と観音屋という旅館でお客に呼ばれた。徳市は、馬車に乗っていた三沢美千穂(高峰三枝子)という女にマッサージを始める。多くを語らない美千穂は、何か事情を抱えているようだ。続いて徳市は、道中に追い抜かれたハイキングの学生たちに呼ばれたので、ウサ晴らしの意味もこめて、歩けないほど強くマッサージした。同宿の客のなかには、研一(爆弾小僧)という少年を連れた大村(佐分利 信)という男も宿泊しており、美千穂は少年と親しくなる。そんな折、旅館で複数の盗難事件が発生する...。
高峰三枝子の着物姿がとても落ち着いていて、年齢(出演時20歳)を感じさせません。
佐分利信は顔立ちからすぐ分かりましたが、それでも29歳での出演は若いです。
按摩の徳市を演じた徳大寺伸という俳優を初めて知りましたが、素人っぽさがうまく出ていて、この映画にピッタリだと思いました。
解放感のある宿屋の造りや、玄関を入ると番頭さんが着座していたり、呼べば即座に応える女中さんなど、興味深いシーンで楽しませてくれます。近くの河原に佇む美千穂の姿や、川を流れる清流の美しさにも目を奪われます。
さて、どこで撮影されたのか気になって調べてみると、那須塩原温泉郷の畑下(はたおり)温泉ということが分かりました。
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投稿を表示また素敵な作品の紹介をありがとうございます。
ほんとにお恥ずかしく、清水宏監督も作品も前回ご執筆のコラムで初めて知りまして、ご紹介の『簪』と今回ご紹介の『有りがたうさん』を見ました。非常に風光明媚な日本の原風景と暖かい人々のふれあいを感じさせてくれる、言い知れない温かい気持ちになれる作品でした。
これから戦争に突入しようというきな臭い当時の日本にあって、日本の原風景を大切にフィルムに収める。こんな素晴らしい映画をよく当時つくっていたなぁ、としみじみ思ってしまいました。
余談ですが、ご紹介されてる清水作品のDVDのジャケットも、作品の本質を描いているようでとても素敵に感じます。
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投稿を表示こんばんは。『有りがたうさん』が大好きです。
あのほのぼのとした感じ、棒読みの台詞がまた味があって、バスの中で乗り降りする人たちの
人生の悲喜こもごもを垣間見れる秀作ですよね。上原謙のイケメンぶりも印象的でした(笑)
『按摩と女』も勿論好きです。あと清水宏監督といえば『信子』があったのでは?と思ったのですが、あの作品は1940年の作品だったのですね。
『風の子供たち』はレンタル済なのにまだ見ていませんでした!近々見たいと思います。
『祇園の姉妹』は未見なのでリストに入れました(^^♪
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投稿を表示この4本の中では溝口健二の『祇園の姉妹』と清水宏の『按摩と女』は見たことがあり、『按摩と女』は後にリメイクされてますね(その時にオリジナルを見ました)。