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DISCASレビュー

じょ〜い小川
2024/08/17 05:46

トレンディ俳優で彩るホイチョイ三部作のラストラン『波の数だけ抱きしめて』

■波の数だけ抱きしめて

《作品データ》

クリエイター集団ホイチョイ・プロダクションズの「ホイチョイ3部作」の代表3弾で、1982年の湘南リゾートを舞台にした中山美穂主演の青春ラブストーリー。大手広告代理店で働く吉岡は茅ヶ崎の浜辺で田中真理子と出会い、彼女が友人の小杉、芹沢、高橋と共同でやっているミニFM「KIWI」に関わるようになる。小杉は高校の頃から真理子を気にかけているが声をかけられず、そんな中で専売公社のサムタイムの湘南キャンペーンの関係でちょくちょく湘南に来る事になった吉岡が真理子に近づく。田中真理子役を中山美穂が演じ、他織田裕二、松下由樹、阪田マサノブ、別所哲也、勝村政信、前田真之輔、吉田晃太郎、阿部由美子、石田悠里、松本圭未、岩沢幸矢・二弓(ブレッド&バター)、矢島健一、二瓶鮫一、森川数間が出演。

・公開日: 1991年8月31日

・配給:東宝

・上映時間:104分

【スタッフ】

監督:馬場康夫/脚本:一色伸幸

【キャスト】

中山美穂、織田裕二、松下由樹、阪田マサノブ、別所哲也、勝村政信、前田真之輔、吉田晃太郎、阿部由美子、石田悠里、松本圭未、岩沢幸矢・二弓(ブレッド&バター)、矢島健一、二瓶鮫一、森川数間


《『波の数だけ抱きしめて』考察》

『私をスキーに連れてって』、『彼女が水着にきがえたら』と来れば、当然、ホイチョイ三部作の三作目『波の数だけ抱きしめて』も見ることにした。この機会を逃したら見る機会がずっと後回しになりそうだしね。


・1991年の自分周りと『波の数だけ抱きしめて』

 

『波の数だけ抱きしめて』の公開は1991年8月31日。当時、筆者は高校1年。この頃はプロレスとバンドにのめり込んでいたから、この映画は『私をスキー〜』や『彼女が水着に〜』以上にまるで引っ掛からなかった。それこそ、この映画が公開された同じ8月末なら、メタリカの通称ブラック・アルバムを聴いてのめり込んでた。それに、高校の同級生で『波の数だけ〜』の1週間前から公開したジェームズ・キャメロン監督作品『ターミネーター2』を見たという人は何人かいても『波の数だけ〜』を見たという人はいなかったことを記憶している。

そもそも、この映画もターゲットは湘南や江の島でサーフィンなどをする層、あるいは大学生、二十歳以上〜30代の主要若者層、あとは中山美穂のファンや、当時ブーム真っ只中のトレンディドラマが大好きな人向けという感じだ。ん、そういえば同じクラスの野郎でもトレンディドラマが好きな奴はそこそこいたけど、それでも『波の数だけ〜』は話題にもならなかった。さらに言えば、この映画が公開した前の年にサザン・オールスターズの桑田佳祐が監督を務めた『稲村ジェーン』が興収18億円をあげるヒットを出していたから、おそらく『稲村ジェーン』のファン層、あと『私をスキーに〜』や『彼女が水着に〜』などのホイチョイ・プロダクションズ作品のファンなど、こうした辺りをメインターゲットにしたのであろう。

 

そんなこんなで、映画はその年の邦画配給収入トップ10の8位にランクインするぐらいはスマッシュヒットはした。興収10億円。『彼女が水着に〜』が8億円だから単純に数字上でもアップしてはいる。ネット上でも大ヒットしたと書いてはあるし、ホイチョイとしては赤ではなく、むしろ黒だったはずだ。しかし、後追い考察ながらもこの10億円という結果は素直に「ヒットしたんだな〜」とは思えない。その辺りについては後述で書く。


・全盛期の中山美穂と織田裕二による湘南FMラブストーリー

令和の今、『波の数だけ抱きしめて』を見た感触は、全盛期の中山美穂と織田裕二による湘南FMラブストーリーであり、この当時のトレンディドラマを映画のスクリーンで見せた。これである。楽曲のいくつかを松任谷由実の曲を使っていることから、やはり『私をスキーに連れてって』と対を成す映画であり、これによって映画らしいアドベンチャー要素があった『彼女が水着にきがえたら』が三部作の中において浮いた作品になる。

 

この当時の中山美穂はまさしくトップアイドルの中のトップアイドル。前年にTBS系ドラマ「卒業」主演、10月、フジテレビ系月9枠ドラマ「すてきな片想い」主演し、主題歌の『愛してるっていわない!』も36.1万枚のセールスを記録するヒット曲、同年の『ザテレビジョン』誌の人気タレント投票で女性タレントでトップになっている。対して織田裕二もTBS系ドラマ「卒業」と「予備校ブギ」で2期連続メインキャスト、そしてフジテレビ系ドラマ「東京ラブストーリー」の永尾完治(カンチ)役で特大ブレイク。

 

しかも、よく考えると『波の数だけ〜』はズバリ「卒業」の主人公のかおり役の中山美穂と聡役の織田裕二を大胆にもメインに据えている。なので、上記の「当時のトレンディドラマをスクリーンで見せた」というのでほぼほぼ“当たり”であろう。何しろ、月9クイーンとミスターTBSドラマ且つ「トレンディドラマ」の代表作とも言える「東京ラブストーリー」のカンチ役のW主演。そこで上記の「興収10億円」というのはこの月9クイーンとミスターTBSドラマのW主演映画に相応しい結果だったか?こう考えるとストレートに「ヒットした」とは言い難い。


・ バブル時代メイキングの名匠・馬場康夫

この映画、ストーリーの筋だけ追うと

湘南リゾートを舞台にしたミニFMの学生ベンチャー軍団VS大手広告代理店&専売公社の大人たちの構図にトレンディドラマばりの恋愛模様を描いた、と書くとだいたい説明がついてしまうが、

そこで馬場康夫監督作品として考えると三つの馬場康夫節がさらに見える。

 

一つはこの作品は馬場康夫監督の思い出の湘南、茅ヶ崎を描いている。他のホイチョイ作品とは違って過去を描いた作品であり、それとこの映画には悪意がある人、悪人が出て来ない。それだけにピュアな作品である。

 

二つ目は、この作品で『私をスキーに〜』から連なるホイチョイ・プロダクションズ映画シリーズを終わらせようとしている。元々3本で終わらせようという気もあったようだし、中山美穂か松下由樹のセリフにも「最後の夏」と言っているシーンもある。これは映画で彼らが大学生の設定というのもあるが、ホイチョイ・プロダクションズ映画シリーズ最終作品という意味にもとらえられる。

 

そして、三つ目。この作品のラストシーンでバブル時代の終焉を描き、作品そのものもホイチョイ・プロダクションズ映画シリーズ最終作としている。1990年3月27日、土地バブル潰しのため大蔵省より「土地関連融資の抑制について」いわゆる総量規制の通達があった、というのは馬場康夫監督作品『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』でも見られたが、『波の数だけ抱きしめて』が作られたのは明らかにそれ以降。だから、それまでの2作のように当時の最先端や空気をメインにはせず、1982年のシーンをメインにし、ラストシーンで現実に戻した。『私をスキーに連れてって』と対であることを上記でも書いたが、まさに登り調子のバブル時代を描いたのが『私をスキーに〜』ならば、『波の数だけ抱きしめて』は思い出と終焉を描いた。馬場康夫監督はバブルという時代の空気をつかみ、映画に表すのが実に上手く、バブル時代へのタイムスリップコメディの『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』が面白かったのも納得である。

 

それに5月から7月頭辺りの湘南を描いたにも関わらず公開日が8月31日というのもわざととしか思えない。やはり、それは夏休み最後の日であり、夏の終焉、バブル時代の終焉、ホイチョイ三部作の終焉を意味している、と考えられる。


・マイケル・J・フォックスと対極の男・織田裕二

それにしても、織田裕二が演じる小杉は滅茶苦茶不器用な男である。田中真理子のことが好きなのにいつまでも言い出せず、吉岡に先を越されてジェラシーを募らせ、挙げ句、肝心のシーンでタイミングの悪さを発揮する。口下手で、嫌な相手に不快さを顔に丸出し。ちょうど最近見た『摩天楼はバラ色に』のマイケル・J・フォックスが演じたブランドリーとは真逆の男だ。クライマックスのシーンなんか正直かなりイラつく。

 

映画撮影前の脚本では本来の織田裕二が演じる役は大手広告代理店の吉岡で、彼を主人公にするはずが、織田裕二から小杉役を志願され、脚本を急遽変えたとか。そう考えると、行き違いの恋愛というだけなのに異様なまでのぎこちなさも納得できる。吉岡役の別所哲也は俳優としてキャリアが浅く、映画出演2作目だが、大手広告代理店の営業マンらしさもあるし、メインキャストの中で外様感もしっかり出ていて好演だった。加えて、松下由樹もブレイクする90年代後半以降とは違った初々しさがありながらも、後半のシーンで上手さが光った。

 

あと、ユーミン以外の音楽も湘南のミニFM局らしくオール洋楽。中でもバーティ・ヒギンズの「カサブランカ」やTotoの「ロザーナ」などぐっと来るAORで固めているのもいい。

 

そして、ラストでのまさかのロング・ショット。まるでアッバス・キアロスタミ監督が見せるような気が遠くなるぐらいのロング・ショットをやるが、キアロスタミの『オリーブの林をぬけて』は1994年の作品だから、それよりも早く馬場康夫監督の方が気が遠くなるロング・ショットをやっている。


トレンディドラマのような湘南物語を映画で見せたから当時はさぞ賛否両論だったかもしれない。

しかしながら、トレンディ俳優で彩った湘南FMラブストーリーをバブル時代と同じく望郷の彼方へと締めくくったラストはお見事。

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1 件の返信 (新着順)
かこ
2024/08/18 01:12

馬場さんのように感覚、というか空気感を掴めて、それを形にできる人ってかなり頭がいいと思います💡『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』面白そうですね😄


じょ〜い小川
2024/08/18 14:06

馬場康夫監督の経歴を見ると、小学校から大学まで成城学園系で、祖父が日立製作所の元専務という生粋のお金持ちで、映画製作の前に漫画「気まぐれコンセプト」、さらには書籍「見栄講座―ミーハーのための戦略と展開」(小学館)は65万部のベストセラーと他でも結果を残した上で、
特徴ある映画を作れるというのは間違いなく才能だと思います。

『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』も1980年代再現はもちろん、公開当時の2000年代半ば目線もしっかりとしているので、違う監督が手掛けたのかと思いきや馬場康夫監督で、日立製作所ともしっかりコラボしているなどプロダクトプレイスメントも健在。
こちらもU-NEXTにないみたいだからTSUTAYAにお世話にならないと。

かこ
2024/08/18 20:29

やはり、すごい経歴の持ち主ですね✨
というか、小川さん、調べてくれたのですか😳ありがとうございます😊🙇‍♀️
ドラマ式は「やっぱりDISCAS」ですね!

じょ〜い小川
2024/08/18 23:05

ホイチョイ三部作というか馬場康夫監督作品は製作が全てフジテレビと小学館、これに電通や東宝も加わることもありますが、全ての原案は馬場康夫監督なので、実質主導権は馬場康夫監督にあるから、馬場康夫監督を調べれば作品の根源が掴めますね。

映画は誰が企画立案者かを見ると謎が解けることがあり、それが製作なのか、製作総指揮なのか、監督なのか、あるいは主演俳優兼製作総指揮なのか?これもまた映画の楽しみ方です。