DISCASレビュー

かずぽん
2025/09/30 16:39

迫りくる敵の正体】

 

(2024年・日本・108分・モノクロ)
監督:吉田八大
原作:筒井康隆『敵』

お久しぶりの長塚京三さん。
(撮影当時)ほぼ実年齢に近い77歳の元大学教授・渡辺儀助役での主役です。
儀助は、大学を辞めてからは古い日本家屋で一人暮らしをしています。妻の信子は20年前に他界し、自分の預貯金が、あと何年もつかを計算しながら、日々を丁寧に生きています。日常のルーティン、中でも朝食、昼食、夕食を手作りするのも手順が良くて、「男やもめに蛆が湧く」ということわざとは無縁に見えます。
儀助の元を訪ねてくれる元教え子の椛島(松尾諭)、鷹司靖子(瀧内公美)、友人の湯島(松尾貴史)らが、儀助の話相手や世話役を務めてくれます。

そんなある日、彼のパソコンに1通のメールが届きました。「敵が北からやってくる」
儀助は何の迷いもなくそのメールを削除しますが、どういう訳かその正体不明の敵が彼の日常(意識)を侵し始めるのです。

「春」から始まって次の「春」で終わる、たった一年間のできごとなのですが、この夢とも現(うつつ)ともわからない現象は、観ていてとても不穏で気持ちがザワザワと掻き乱されました。

儀助の日常に、その敵(老いとか死への予感とか…)が紛れ込んできて、私たち観客が観ているのは何処までが現実なのか疑わしくなります。時折現れる信子(黒沢あすか)は、儀助の妻への後ろめたさが見せているのだろうと思いますが、鍋を囲んだ後、フランス語で会話する儀助と靖子に「私の解らない言葉で会話するなんて…!」と叫んだ信子の怒りがあまりに生々しい。

これは観る年代を選ぶというか、老境に差し掛かった人には刺さる映画だと思います。若いひとは、自分の親がいつか通るかもしれない道だと思って予習の意味で観るのも有りかも。(笑)

儀助の実家だったらしい古い日本家屋には縁側があって、畳の上にカーペットを敷いた居間兼食堂だったり、本棚に専門書が隙間なく並べられた書斎だったりが、整頓されていて気持ちが良かったです。

長塚京三さんは、早稲田大学を中退してパリ大学に6年間留学していたそうですね。パリ大学に留学中に『パリの中国人』という映画で俳優デビュー。
日仏の商業通訳経験もあるそうで、劇中のフランス語もホンモノだったのですね。

私は『ナースのお仕事』でのドクター役の長塚さんが好きでしたし、映画『ザ・中学教師』の先生役も好きでした。
高身長(181cm)で品と嫌らしくない色気があって、今でも変わらず素敵でした。モノクロの映像も効果的だったと思います。観終わって、原作者が筒井康隆さんだと分かって、妙に納得しました。

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