世界の人々はきょうだいとなる~ベートーヴェン第九交響曲初演200年記念の日に問う平和とは~『クレッシェンド 音楽の架け橋』
みなさんこんにちは
椿です。
2024年5月7日。
今日、この日は、日本人にも非常に身近な、ある名曲の記念日です。
それは、
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの作曲した最後の交響曲
交響曲第9番ハ短調作品125 『合唱つき』
です。世間一般でいう『第九』または『歓喜の歌』ってやつです。
クラシック曲を知らなくても、あの有名なメロディ「♪晴れたる青空漂うく~もよ~」は誰もが聞いたことのあるメロディだと思います。
そう、今日2024年5月7日は、この曲の初演から200年の記念の年であります。
「第九」交響曲は、全4楽章からなる交響曲で、1時間20分程度の曲の中の最終楽章が25分ほどあるうちの最期15分程度に「合唱」が入っていることから「合唱付き」という副題がついています。ベートーヴェンはあらゆる意味で音楽の殻を破壊していった、いわば「革命家」で、それまで貴族・上流社会のものだった「音楽」を作曲家の内面を表現するためのものにし、その人間臭さが大衆にもいきわたる結果をもたらす音楽を作りました。
当時「交響曲」と呼ばれるジャンルで「合唱」が入ることはありませんでしたが、ベートーヴェンが初めて導入。これまでの「交響曲」の概念を破壊し、聴衆の度肝を抜いたのです。
そのようなわけで、「第九」は名曲なのか迷曲なのか、今でも論争はつきません。しかし、この合唱の入った第四楽章があることで、人々の心を揺さぶる作品となったことだけは確かです。
椿はこの曲に中学生の頃に出会い、衝撃を受けて以降、第九は生涯にわたって追いかけている楽曲となりました。200回以上は舞台で歌っていますし、某市役所の職員さんで「第九研究家」として名高く、書籍もだしていた方に師事して第九について学びました。
この第九の合唱は、ゲーテと並ぶ、ドイツの詩人フリードリヒ・フォン・シラーの詩『歓喜に寄せて』が使われています。
この詩は、すべての人々はみなきょうだいである、世界の人々は抱き合いキスをせよ、といった内容のものが入っていることもあり、また、ベートーヴェンが全身全霊をこめて作曲した最後の交響曲、ということもあり、「世界平和の象徴」として演奏されてきました。それは輝くも、また、悲しい時も歴史の中に刻み込まれる曲として演奏されてきたのです。
残念なことに、ヒトラーの生誕祭に演奏されるなどのプロパガンダに利用されたこともありますし、学徒出陣を壮行するために演奏されるなどもありましたが、基本的には東西ドイツの壁を崩壊させたときの記念や、オリンピック等の国際行事などで奏されることが多いです。
そんな第九初演200年のこの日にちなんで、ご紹介したい映画があります。
映画『クレッシェンド 音楽の架け橋』
が、こちら。
最初にお詫びしますが、本作と『第九』は一切関係ありません。
なんなら、映画の中で『第九』は一切出てこないのです。
なら?なんで第九??
まあいいじゃないですかっ。
はて?良くも無いような気がしますが・・・
本作、どんな映画かと申しますと・・・
【あらすじ】
慈善事業家のカルラは、イスラエルとパレスチナの演奏家をオーディションで募り、平和の架け橋としてのオーケストラ設立を計画。著名な指揮者スポルクに常任指揮者を依頼。長年いがみ合っている人間同士のオーケストラなどうまくいくわけがない、そう訝しむスポルクだが引き受ける。イスラエル人とパレスチナ人ではそもそも、音楽が学べる環境も違う、練習会場をイスラエルのテルアビブで行っていたが、パレスチナ人がそこへ行くにも大変な苦労がいる、そもそも、メンバー同士の諍いがたえない。
こんな調子では一つにまとまって音楽を作るなど考えることすらできないと感じたスポルクは、自身の故郷、アルプス山脈の裾野の村で、21日間にわたる合宿を行う。その合宿の中でスポルクは試行錯誤しながらオーケストラをひとつにまとめることに尽力する。それは指揮者というよりセラピーのような仕事であった。激しくもみ合う両者も、いつしか心のつながりができていき、それとともに音楽もひとつとなってゆく。
演奏会をいよいよ数日前に控えた時、ある事件が勃発してしまう。それは人種の壁を通り越して愛をはぐくんだ二人の演奏家に訪れた。果たして演奏会を無事成功できるのだろうか・・・。
音楽は世界共通の言語か
様々な人種や思想、言語がからみあったオーケストラ。
でも、そこには「音楽」という、世界のだれでもが感じることのできる共通言語がある、とはよく言われます。音楽があれば、世界は一つにまとまる。
でも、やはり長年にわたっていがみ合い、お互い「敵」であると教育されてきた中で「音楽」という一つの作品にまとめ上げる困難さ、というもの観客に思い知らせてきます。
指揮者スポルクの、振られたくない出自を明かして、彼らに理解してもらうとすらしてさえも、すべてを理解し、きれいごとでまとまることなど出来はしない。
やっとこさ、オーケストラの団内がひとつにまとまりかけてきたとしても、それに理解を示さない外的要因、例えば親や親せき、社会的にお互いがまとまることを良しとしない過激派等。
この物語の中で人種や憎しみの壁を越え、ただただ音楽の事からお互い共感し、やがて恋愛にまで発展するパレスチナ人男性とユダヤ人女性。二人の愛のはぐくみとともに、オーケストラも成長し、演奏会も成功するのかと思いきや・・。
音楽が絆を結ぼうとする理想と、政治思想に翻弄される現実のはざまで揺れる若者達の葛藤を描いた、単に「感動した」という言葉ではくくれない、「考えさせられる」作品となっています。
「音楽家」「現地人」としてリアルな出演者
本作はドイツ映画ですが、国際色豊かな現場を描く作品ですので、様々な言語が飛び交います。英語はもちろん、ドイツ語、アラブ語、ヘブライ語、といった感じ。これを若手の出演者たちが駆使してリアルな表現をしています。キャストのプロフィールを見ると、主要キャストでは生まれはパレスチナでもイスラエルでもい、ほかのヨーロッパ圏で生まれた人ばかりですが、それぞれの言語を自然に発語していて驚きです。メイン以外の出演者の出自がどうなのかは定かではありませんが、確かに
映画だ、フィクションだと割り切っていたとしても、出自がどちらかの国にルーツがある場合、本作のような作品に出演するのはかなり勇気のいることだと思います。
また、出演者ひとりひとりが、本当に楽器を奏でているかのような「音楽家」としてのリアルな芝居も見もので、ラスト、本当に音楽と心が一つになってラヴェルの『ボレロ』を演奏する姿には涙が禁じ得ません。
本作で、イスラエル人で非常に優秀なヴァイオリニスト、ロンを演じたダニエル・ドンスコイさんは、幼少期をイスラエルで過ごしたのでヘブライ語も堪能のようですが、この人、父がロシア人、母がウクライナ人という現下、非常に複雑な感情を抱かざるを得ない出自を持ってしまっています。
監督はドロール・ザハウィ。
イスラエル生まれの彼ですが、ドイツに渡り、ドイツ中心に活動しているようです。作品はイスラエルとパレスチナの対立の構造を探る作品が多いようで、その客観的な視点に評価が高いようです。本作でも、どちらの側に立つわけでもなく、根深い対立、という事実をまな板に置き、どのようにすれば、お互いを理解しあえるのか、作品を作りながら模索しているような姿勢が、作品にリアルさを与えています。
【着想を得た事実】
パレスチナとイスラエル。今の、もう戦争の枠を大きくはみだしてしまった、ジェノサイドともよべる状況化の中では、もはや考えも及ばない、両陣営の人間達によるオーケストラ。そんなオーケストラを作ろう!だなんて、あり得ない、両者間の平和を願うという理想に基づいたフィクションだろう、と思う方がほとんどだと思います。
しかしながら、実は本作、ある実話に着想を得て、物語が作られています。
パレスチナとイスラエルからそれぞれ演奏家を募って作られたオーケストラが、実は存在しています。
そのオーケストラの名は
ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団
といいます。
ユダヤ人の著名なピアニストであり、指揮者でもあるダニエル・バレンボイムとパレスチナ人の文学者エドワード・サイードにより提唱され、1999年に設立。様々な批判や圧力にも屈しることなく、演奏会を成功させました。
このオーケストラは現在の過酷な状況下でも存続し続けています。
本作はそんなオーケストラの設立物語に着想を得て作られた作品なのです。
実際のオーケストラ設立に、本作のようなドラマがあったかどうかは定かではありません。いろいろ調べればきっとわかると思いますが、そこまでの知識教養を椿は持ち合わせていないので、お許しください。
でも、きっと映画と同じような、いやもしかすると、もっと過酷な状況下で行われたかもしれません。しかし、その設立されたオーケストラは、実にスタイリッシュにまとまっており、名だたる名オーケストラにも比肩しうる素晴らしい音を奏でるオーケストラとなりました。
様々な苦難を乗り越えながらこのオーケストラが到達したひとつの頂点。それがベートーヴェンの第九、でした。
Deine Zauber binden wieder, あなたの魔法の力が再び結びつける
Was die Mode streng geteilt; 世の時の流れが厳しく分け隔てていたものを
Alle Menschen werden Brüder, すべての人々はきょうだいとなるのだ
Wo dein sanfter Flügel weilt. あなたの柔らかな翼の憩う所で
第九の歌詞の一節がまさに実を結ぼうとしたそんな演奏、そんな瞬間でした。
そんな第九の演奏がこちら(第四楽章は動画47分10秒から)
ただし、映画と同じく、音楽で実を結んだ理想も、現実は、残念ながら非道ともいえる政治に翻弄され悪化の一途をたどっています。
ロシアとウクライナのことにしても、パレスチナとイスラエルの事にしても遠い国の事であり、実感の湧かない事であると思います。
Discover usに集うわれわれ映画好きとしては、このサイトで紹介のあった国際情勢を描いた作品や、政治について考えさせる作品を鑑賞して、その国のおかれた現状や人々の暮らしや感情を少しでも理解し、作品を啓蒙することで、戦争の愚かさを理解し、なにか解決できる糸口を一人一人が探ってゆくことが、たとえ理想であり、非力であったとしても必要だと感じさせられます。
甘いこと言ってる、というのも重々承知。でも、映画好きには映画好きのできることがあるはず。
映画の作り手だって、そういった思いをできるだけ多くの人に共有してほしいと考えていると思うから・・。
ちょっと暗くなってしまいましたが、世界が抱えている目下大きな二つの戦禍が、少しでもおさまるよう祈ってやまない、5月7日でございました。