国を救った!?映画の力~韓国の戒厳令から~
皆さんこんにちは
椿です
2024年も、もうすぐ終わりを迎えますね。
いや、振り返ってみればいろいろあった1年でした。
新年のお祝いであったはずが、いきなり能登での大震災からはじまり、特に様々な「番くるわせ」な事柄が、ことさら多かった1年だったなぁ、と思います。(横浜ベイスターズの下剋上日本一!とかね(笑))
本来なら今頃は2024年の締めとして、お題「2024年マイベスト映画」にかかるはず、でいたのですが、12月にきて、いきなりとんでもない事件がおきまして、どうしても、それについて書かなくては居られない気持ちになり、キーボードに向かっている次第です。
12.3 非常戒厳
それは、12月3日夜中、突然起きました。
韓国大統領 ユン・ソンニョル(尹錫悦)による「非常戒厳」の宣言です。
いわゆる「戒厳令」で、この発布により国会機能などすべての権限が大統領に一任され、議会はおろかマスコミなどの報道や国民の生活も、大統領率いる軍によってすべて制限されてしまうものです。
戦中の日本にも「戒厳令」の定めがあり、戦中、軍によって「戒厳令」が成され一般国民の自由を暴力で制限していた時代の反省から、現代の日本には、この定めはありません。ですが、他国との戦争状態が懸念される国々では、軍隊がおかれ、それを掌中におさめ一部の権力者にすべての権力を集中させる「戒厳」の制度があります。北朝鮮と休戦中で常に緊張状態にある韓国も例外ではありません。
突然発布された「非常戒厳」に、北朝鮮と再び開戦状態となったのか?世界に緊張が走りましたが、実はそうではなく、支持率ジリ貧なうえに野党多数のねじれ国会のため、政策が思うように通らないことを理由に、「議会のせいで国政が麻痺状態にあり、憲政を維持できない」として、大統領が戒厳令を出す暴挙に出たのです。
とんでもない!!と思うような理由でも、大統領にその権限が与えられ、軍隊がある国では、それができてしまう。韓国民主化以降実に45年ぶりの「非常戒厳」は、大統領による「クーデター」そのものでした。
しかし、一部の権力者による権力の行使は、一般国民の自由や人権をはく奪するわけですから、当然、それに対抗する措置もあります。それは、国会が「非常戒厳」解除を決議すれば、「非常戒厳」は効力を失う、という規定です。
それを知っている大統領側は、当然議会が開催されないよう、国会に突入し、閉鎖しようと軍隊を投入。しかし、議会職員はバリケードを作って軍の侵入を懸命に阻止、議員たちも必死の抵抗を試みて議会に参集。そして、この事実を知った国民たちも国会前に続々と集まり、軍に抵抗しました。銃口を向ける兵士の前に立ちはだかる議員や国民の姿はニュース映像でも流れましたが、まさに一触即発の生々しいものでした。
もし、エキサイトした国民が軍人に暴力をふるっていたら、もし、軍人が一発でも発砲していたら、半世紀前の恐ろしい事態が再び韓国を襲っていたかもしれません・・。
しかし、このクーデターは、国会の「非常戒厳」解除決議案がとおり、わずか6時間であっけなく幕を閉じました。韓国国民の中には、議会でそのようなすさまじい攻防が起きているとはつゆほどにも知らない、という人もいたそうです。(取材していた記者がタクシーに乗り込んだら、運転手が「いったい何の騒ぎ?」と言われたという逸話があったくらい)
この後、大統領の弾劾決議や、大統領およびその側近が「内乱罪」の取り調べを受けているようです。その後の様々な取材で、大統領は自分の妻の様々な疑惑が国会で追及されるのを恐れたとか、ネトウヨ系Youtuberの動画を見あさり、一部の配信者にもそそのかされ、その影響下で行ったとか、いろいろな話が出ていますが、どれにしても、大統領の強権で人権をむしばむようなことが行える理由としてはあまりにもお粗末で、とんでもない人物や集団が権力を持つことの恐ろしさを実感した事件だったと同時に、韓国の「民主主義」が国民によって守られた、自由と人権を守るための尊き闘いも目の当たりにしました。
映画の力
このクーデターが国民たちの力で、たった6時間で幕を閉じたのは、過去に韓国を暗黒時代に巻き込んだ軍事政権によるクーデターと支配による黒歴史と、それを変えるために立ち上がった国民の闘いの歴史があり、民主主義を自分たちで勝ち取った歴史をしっかりと学び、伝えてきて、その不幸だった時代を継承してきたことが大きく影響していたことは想像に難くありません。
そして、ここへきて、ある映画の存在が、今の韓国国民、とりわけ、70年代からの暗黒時代を知らない若い世代に大きく影響を与えた、と注目されている作品があります。
それが
『ソウルの春(2023)』
です
本作は2023年の韓国で、1312万人が鑑賞(韓国で4人に一人が見たという・・)し、ベストワンの大ヒットを飛ばしました。特に若い観客の動員がすごかったらしく、監督のキム・ソンスは、この手の歴史映画が、こんなにヒットするとは夢にも思わず、また、それを多くの若い人が見てくれたことに驚きを隠せなかったようです。この映画を観て、過去に韓国で起きた軍内の攻防と、その後の暗黒時代を知り、二度とこのようなことを韓国で起こしてはならない、という強い思いを若者世代に抱かせた矢先に、実際に権力者によるクーデターが起き、軍と対峙してでも自由を守り抜こうと国会に国民を向かわせた、まさに原動力になったのです。
本作は2024年8月に日本でも公開されましたが、クーデターとか、隣国の歴史にあまり興味をそそられない日本人には響かなかったのか、残念なことにヒットしませんでした。しかし、鑑賞した観客からは絶賛されています。
【あらすじ】
1979年韓国。クーデターにより政権を奪取し、長年にわたる軍国政治を敷いていた大統領が側近により暗殺。抑圧されていた国民たちは、ようやく韓国にも民主主義の時代がやってくる、と喜んでいる(ソウルの春)。しかし、軍部内には不穏な動きがあった。大統領暗殺の捜査にあたっていた軍の保安司令官チョン・ドゥグァンはこれを機に自身が国を乗っ取ろうと、かねてから軍内に敷いていた秘密組織「ハナ会」を動かし、クーデターを起こす。軍のナンバー2である参謀総長を拉致し、善大統領暗殺の首謀者は参謀総長であり、軍の掌握を今後ドゥグァンに任せる旨の署名を大統領代行に求めるが、頑として応じない代行に業を煮やし、軍の各師団の上官として潜入させている「ハナ会」のメンバーに命じ、首都ソウルへ軍隊を送らせ占拠しようとする。
一方、初めからドゥグァンを信用していなかった総長は高潔な人物として信頼していたイ・テシンを首都警備司令官として任命していた。テシンは予てから怪しい動きをしていたドゥグァン率いるハナ会一派を警戒していたが、彼らの陰謀を察知し、様々に防御の手を打っていく。しかし、上層部の責任逃れや慢心から、ハナ会を追い詰めていた作戦が次々と破綻してしまう。
首都ソウルをめぐり、粛清軍対反乱軍の攻防はどちらに軍配が上がるのか!?
韓国では「ファクション」というジャンルがあるそうです。
「ファクト(事実)」と「フィクション」を合わせたもので、事実にあった事件をもとに、作り上げたフィクションのことを言うのだそうです。特に韓国では70年代から80年代にかけて、軍政の敷かれていた時代の物語を「ファクション」として作り上げられています。本作に限らず、韓国の、この時代のことを描いた作品には大抵「本作は事実をもとにしたフィクションです」というクレジットが出てきます。
それらの作品は、実名でその時代の重要人物が登場することもあれば、変名で出てくる場合もあります。本作は変名で表されていますが、チョン・ドゥグァンはチョン・ドゥファン。日本では全 斗換(ぜん とかん)と呼ばれる韓国12,13代大統領です。私が物心ついた時の韓国大統領は彼で、「ぜんとかん」という名前と顔は結構印象に残っていました。その彼は、大統領でなくなると、このクーデターや光州事件などでの、市民への無差別粛清、不正蓄財などで逮捕され、死刑判決を受けます。
ちなみに、本作でドゥグアンの竹馬の友?ながら、強引にことを進めるドゥグァンにおびえながらついていくノ・テゴンという人物は、チョン・ドゥファンの次に大統領になったノ・テウ。日本では盧泰愚(ろ たいぐ)と呼ばれていた、ソウルオリンピックの時の大統領です。彼も光州事件などにかかわったかどでドゥファン同様逮捕されました。
彼と対峙するイ・テシンはチャン・テワンという人物がモデルで、クーデター後は自宅軟禁を受けた後は民間会社の社長となり、やがて国会議員となって、クーデター事件の解明に協力したようです。
こういった実在した人物と事件を史実をもとに映画化した本作。1979年の12月12日に勃発したクーデターの9時間を描いた作品であり、軍隊内部での攻防のみが描かれるため、非常に男臭い、華がなく、メロウなドラマもない、非常にドライでドキュメンタリータッチで描かれているため、本当に最後まで食い入るように見入ってしまいます。
また、戦車や戦闘機、軍隊の描き方がリアルで、観客自身が臨戦しているような錯覚にすら陥る凄まじさです。
派手な銃撃戦や軍の対決などが描かれるわけではありませんが、人間と人間が、ギリギリの緊張感の中で対峙した、すさまじいドラマの戦争映画であることは間違いありません。
事実が基の話ですから、最後にはどちらが勝利するのかは、既にわかっていることなのですが、それでも、「おおっ!そうだ!よし!攻めろ!」とか「えっ!?このあとどうなっちゃうの!?」とか、常にハラハラドキドキ状態で見入ってしまうよな、ただ単に事実の羅列に終わらない、エンタメ性を非常に意識した作品となっています。私の中で戦争映画のマイベストは?と聞かれたら、迷わず本作は上位に挙げます。
口八丁手八丁で仲間を鼓舞させ、ピンチに陥ったときはヤケクソで突破してしまう、小悪党なのに、大それた野望を持ち、それを運の良さも手伝って乗り切ってしまう、「ジョーカー」並みともいっていい悪党ぶりを見事に演じたのは、韓国の名優 ファン・ジョンミン。『ユア・マイ・サンシャイン』『国際市場で会いましょう』『哭声/コクソン』など、何をやらせてもドはまりで、雰囲気の違う役を見事にこなしてしまう役者さんです。この、チビハゲな小悪党を独特のセリフのしゃべり方で、嫌ぁな悪役に仕上げてしまった演技は脱帽です。小悪党なのに、仲間を鼓舞し、国を乗っ取ってしまう気迫が感じられる名演で、彼の芝居を観ているだけで、満足できること請け合います。
彼に対峙するイ・テシン役は、韓国の誇るイケメン俳優 チョン・ウソン。『私の頭の中の消しゴム』で有名ですが、『MUSA-武者-』『無垢なる証人』などでアクション映画や社会派ドラマでも強い印象を残す演技力ある名優です。
この二人、この映画の監督 キム・ソンスの韓国ノワール『アシュラ』ですでに共演。悪徳政治家と悪に染まる刑事との対決作品ということで、私、実はまだ未見なのですが、この『ソウルの春』を観たことで、この監督作による二人の対決を是非見たいです。
観たら、またコラムります(笑)
今回の12.12クーデター未遂事件で、韓国の暗黒時代に興味がわき、関連作品をいろいろ見まくりました。本当はそれらの作品をあわせて紹介してゆくつもりでしたが、ちょっと長くなりすぎましたので、そちらは改めて別記するようにします。
しかし、思ったのは、どの作品も、事実をもとに作りながら、エンタメ作品として非常に面白く、映画として見入ってしまう作品ばかりだったということです。そして、この手の政治的事件はタブーだとか、イデオロギーなどに気を使いながら映像化している作品なので、なかなか作品として作ることが難しいとは思うのですが、こうやって「映画」として作り上げてゆくことで、後世に伝えられてゆき、政治や、国のことを考えるきっかけとなっていてるのです。そういう意味で韓国映画は本当に素晴らし仕事をしていると思うと同時に、
「映画のもつ力」はまだまだ健在
と強く思いました。
自分も、映画についてウダウダ語るだけの、末端の一(いち)シネマニストではありますが、映画のすばらしさ、映画の力を、少しでも訴えて行けたら、、そう思います。