取材・イベント

Hiroki Yamaguchi
2025/07/03 15:55

“水”を憎み、“水”が潤す関係性 『夏の砂の上』

試写会にて一足早く『夏の砂の上』を鑑賞させていただいた。主人公の物語だけを切り取れば、“珍しい”とまでは言い切れないが、そこに加わる1人の姪が“珍しい”スパイスとなって話が進んでいく。時間軸でいえば、ほんの数週間程度の進み具合にも関わらず、人間関係が取り巻く「心情変化」が観ていて心揺さぶられる作品だ。


■目次

主人公が抱える3つの喪失
“水”を憎み、“水”が潤す関係性
髙石あかりと松たか子の存在感


概要

映画『美しい夏キリシマ』の脚本、映画『紙屋悦子の青春』の原作を手掛けた長崎出身の松田正隆による《読売文学賞 戯曲・シナリオ賞受賞》の傑作戯曲を、濱口竜介、三宅唱に次ぐ次世代の映画界を担う気鋭の演出家・玉田真也の監督・脚本で映画化。本作は、雨が降らない夏の長崎が舞台となり、撮影は、2024年9月に全編オール長崎ロケで行われ、坂の多い長崎の美しい街並みが物語の余白を埋める大きな役割を果たしている。原作となった松田正隆による戯曲は、平田オリザが1998年に舞台化して以降、幾度となく舞台で上演されており、2022年には主演・田中圭、演出・栗山民也で上演された。監督の玉田真也も自身の劇団「玉田企画」で2022年に上演した思い入れの深い作品で、念願が叶い今回の映画化となった。

あらすじ
雨が一滴も降らない、からからに乾いた夏の長崎。
幼い息子を亡くした喪失感から、幽霊のように坂の多い街を漂う小浦治(オダギリジョー)。
妻の恵子(松たか子)とは、別居中だ。この狭い町では、元同僚の陣野(森山直太朗)と恵子の関係に気づかないふりをするのも難しい。働いていた造船所が潰れてから、新しい職に就く気にもならずふらふらしている治の前に、妹・阿佐子(満島ひかり)が、17歳の娘・優子(髙石あかり)を連れて訪ねてくる。おいしい儲け話にのせられた阿佐子は、1人で博多の男の元へ行くためしばらく優子を預かってくれという。こうして突然、治と姪の優子との同居生活がはじまることに……。
高校へ行かずアルバイトをはじめた優子は、そこで働く先輩の立山(高橋文哉)と親しくなる。懸命に父親代わりをつとめようとする治との二人の生活に馴染んできたある日、優子は、家を訪れた恵子が治と言い争いをする現場に鉢合わせてしまう……。


主人公が抱える3つの喪失


窓の外を見ている人たち

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(c)2025映画『夏の砂の上』製作委員会

小浦治(オダギリジョー)の人生は前提として「3つの喪失」が強い印象を与える。まずは『職』。働いていた造船所で仕事を続けていく予定だったが、世の中の景気のせいもあり、無職の状態。この時点で一家の大黒柱としては大きい喪失だと言える。この喪失を抱えながらも、2つ目の『息子』の喪失。不慮の事故で息子を失っている現実から、心身ともにどこか“廃れている”印象を持つ。そして、最後に『妻』の喪失。作中で登場する妻の恵子(松たか子)と小浦治(オダギリジョー)の写真を見る限りでは、仲睦まじい姿が描かれているが『息子』の喪失が大きく影響していることは言うまでもない。

(c)2025映画『夏の砂の上』製作委員会

そんな主人公の“喪失”を抱えながら、姪・優子(髙石あかり)も複雑な環境に置かれており、彼女も“喪失”を抱えた状態で小浦治(オダギリジョー)と共に暮らす時間が始まる。
田舎のゆったりとした暮らしぶりが感じられる本作ではあるが、内心はそう穏やかなものではないギャップがまた引き込まれるポイントだ。


“水”を憎み、“水”が潤す関係性


テーブルで食事をしている人達

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(c)2025映画『夏の砂の上』製作委員会

冒頭から、夏らしく梅雨らしい雨のシーンから始まる。しとしと降る優しい雨ではなく、屋根が壊れそうなほどの大雨の音で、どこか“恐怖”さえ覚えるほどの水量の描写だ。(この描写がなぜ冒頭で流れているのかは、作品を鑑賞する中で理解できる)そんな不快感さえ覚える轟音のシーンのあと、すぐにカラッと晴れた夏のシーンが続いていくのだが、登場人物の心境ともシンクロする部分もまた見所の一つだ。 

フェンスの前に立っている男女

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(c)2025映画『夏の砂の上』製作委員会

暑さから引き起こす「水分」の表現が様々。ポジティブな面ではビールや冷えたトマトの水分、雨やデートで飲むコーヒーなどが印象的だが、ネガティブな面ではタバコや断水、汗、ケガなど「水分が欲しくなる、出ていく」ような対立的な表現も多く見受けられる。水分が如何に人の心や気分にも影響してくるのかも上手く表現されている。
そして、本作で3回出てくる印象的な雨については、この物語を大きく変えるシーンとなる。それぞれの雨には意味があり、事実を伝えるものや悲しみを表現するもの、つらい現実を洗い流してくれるものなど、それぞれで変わった「雨」を感じられる。 


髙石あかりと松たか子の存在感


テーブルの上に座っている女性たち

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(c)2025映画『夏の砂の上』製作委員会

『ベイビーわるきゅーれ』シリーズで⼈気を博し、2025 年度後期 NHK 連続テレビ⼩説のヒロインに抜擢され注⽬される髙⽯あかり。本作では主張し過ぎない、どこか小浦治(オダギリジョー)と似た境遇を醸し出す表現力に富んだ役をしている。控え目ながら大胆な部分を持ち、周りより影な存在でいながらも強く芯のあるキャラクターは今後の作品も期待したい。

机の上のパソコンと女性

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(c)2025映画『夏の砂の上』製作委員会

そして、驚くべきは松たか子。フライヤーでも作中でも「あれ?この人が松たか子か?」と疑うほど、印象が異なるオーラを出している。我が子を失った喪失感を持ちながらも、少し道を外しつつ前に進んでいる“斜め上感”が驚くべき表現力を感じる。観客として小浦治(オダギリジョー)の引きずった心を理解しながらも、100%全て共感できるわけではない妻の恵子(松たか子)の言動に、感情が揺れ動くことは間違いない。


(c)2025映画『夏の砂の上』製作委員会

映画『夏の砂の上』
出演:オダギリジョー 髙⽯あかり 松たか⼦ 森⼭直太朗 ⾼橋⽂哉 篠原ゆき⼦/ 満島ひかり/ 光⽯研
監督・脚本:⽟⽥真也 
原作:松⽥正隆(戯曲「夏の砂の上」) 
⾳楽:原 摩利彦
製作・プロデューサー:甲斐真樹 
共同プロデューサー:オダギリジョー

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