【Foyer vol.4:OttO】大宮に誕生した住める映画館──代表・今井健太さんに聞いた街と人が育つ物語

かつて鉄道の町として栄えた埼玉県大宮。県内最大のターミナル駅の喧騒から5分ほど歩いた住宅街に、ふと現れるモダンな建物。カフェ、シェアハウス、そして映画館からなる複合施設「OttO」。
この前例のない空間を創り上げたのが、代表の今井健太さんだ。「映画館が作りたくて始めたわけじゃないんです」。そう語る彼の経歴は、水泳、演劇、そして設備工事と、異色そのもの。
「完成は10年後」と語る“育つ”建築、嘘のような偶然で集まったプロフェッショナルたち、そして「僕は何もしていない」と繰り返す彼の哲学とは。常識を覆す映画館が生まれるまでの、不思議な縁の物語を紐解く。
一本の“存在しない”道路から始まった物語
──今井さんは、もともと映画館を運営されてきたわけではないと伺いました。どのような経緯で、この大宮の地に映画館を設立することになったのでしょうか?
そうなんです。映画館ありきで考えていたわけではなく、むしろ映画館を作ろうと思ったことすらなかったんです。始まりは、この土地の区画整理事業より妻方の祖父母の自宅兼アパートだった建物の立ち退きがきっかけでした。建て替えの話が持ち上がったのが約15年前。調べていくうちに、計画にあった「東西連絡道」という道路の存在に疑問を持ったんです。そこで、さいたま市に一人で行政情報開示請求をしたんです。すると「該当する資料はすべて存在しません」という、信じられない回答が返ってきました。

──まるでサスペンス映画のようですね。
ええ。そんな状況下で進む建て替えは、デベロッパー主導の画一的な単身向け賃貸が多い。20、30年後のこのまちを想像した時、どこにでも存在する古びた町になってしまうのではないか。そんな事を感じていた時、義理の父から「賃貸住宅を建てるにしても、次の世代の人たちが管理できて、近隣の人たちの憩いの場になる様な場所になった方がよい」と相談を受けました。その言葉を受け、この街を歩いている時に、ふと映画館があったらどうかなと思った。自分の子どもが“ただいま”って映画館に帰ってくる。そんな光景が浮かんだんです。それが、全ての始まりでした。
『完成は10年後』──人と共に“育つ”建築
──この建物自体が、非常にユニークな存在感を放っていますね。
これは僕のこだわりではなく、全幅の信頼を置いている建築家の作品です。建築家はデザインで終わる人もいれば、施工管理までやって終わる人など様々ですが、佐々木さんはもっと長い時間軸を考える方で「家は育てるもの」と言い、建物に人が住み変化していくまで含めて完成という考えを持っています。例えば、カフェスペースの階段は無垢の木材なので、多くの人が歩くことで角が削れて丸みを帯びていく。傷や染みさえも、10年後にはこの建物の「味」になる。そんな経年変化を最大限に活かす設計になっています。

──建物の上階はシェアハウスになっているそうですね。まさに「ただいま」と帰ってくる場所が実現したわけですね。
ええ。映画館の入り口から、住人たちが「ただいま」って帰ってくるんです。映画好きというわけではなく、「面白そうだから」と越してきた若い子たちが、いつの間にか仲良くなって、この間は2階で餃子パーティーを開いていました。僕は物事を計画してコントロールできるとは信じていないので、ハウスルールも入居者の皆さんとの意見を聞きながら作っていっています。まだ至らないことばかりですが、予想外の豊かな風景が自発的に生まれている事を感じています。
──前例のない映画館だけに、建築において法律的なハードルも高かったのでは?
それが、興行法、消防法、建築基準法、すべての検査を“一発クリア”したんです。是正事項はゼロでした。新築される映画館はほぼ無いですから、検査官にとっても初めての経験で建物に圧倒されていたようにさえ思えました。設計の段階から法律を深く読み込み、その限界値を見据えながら、自由な発想とそれを支えるプロの技術があったからこそ成し得たことだと思います。
ベッド席に塗装スクリーン──常識を覆す“偶然”の産物
──劇場内も、他に類を見ない設計で驚きました。
最前列のベッド席は「リクライニングチェアは高いから、ソファを敷き詰めた方が安い」という理由で生まれました(笑)。スクリーンも、高価な専門品を貼るのではなく、専用の塗料を壁に直接塗っています。圧倒的にコストを抑えるための選択でした。
──固定概念にとらわれず、コスト削減を第一に考えての選択だったんですね。
はい。僕も建築家も映画館の“常識”を知らなかった。だからゼロベースで考えて、一番合理的で安価な方法を選んだんです。すると結果的に、塗装スクリーンには穴(サウンドホール)がないため映像が鮮明になり、スピーカーもむき出しにすることで高音域がクリアに聞こえるという、音響のプロも認めるメリットが生まれました。ほとんど偶然の産物です。

嘘みたいな偶然が重なり形作られる
──計画を進める中で、他のミニシアターを視察されたりしましたか?
そうですね。まず、周辺地域にどんな活動があるのかを調べたんです。すると、埼玉で上映活動のNPOを立ち上げた「深谷シネマ」の竹石さんの存在を知りました。竹石さんのプロフィールを見て驚きました。元々が水道工事屋さんで、50歳で映画館を始められたとのこと。実は、設備工事屋である私もそのプロフィールを読んだ時、ちょうど50歳でした。
──なんと運命的な!
それだけでなく、深谷シネマは商店街での上映から始まって、銀行の跡地が劇場になる。そして区画整理事業によって現在の場所へ移転したという経緯があり、私が大宮で直面していた課題と合致していたんです。職業、年齢、そして直面する課題まで同じ。これはもう会いに行くしかないと思い訪ねていきました。「ひとつのまちにひとつの映画館を」といつも仰っている竹石さんは、僕の突然の訪問をとても喜んでくれまして、色々なアドバイスを頂きました。
──スタッフさんや設備も、不思議なご縁で集まったと伺いました。
本当に"嘘みたいな偶然”の連続でしたね。従業員の中心メンバーは、シネマチュプキ田端の平塚さんが紹介してくれたスタッフから、深谷シネマの竹石さんが設立したNPOで働いていたスタッフまで。コロナ禍の厳しい状況で彼らが新しい環境を必要としていたタイミングと、うちの立ち上げのタイミングが、まるで合わせたかのように重なったんです。
──そんなことがあるんですね。
ええ。音響設備に至っては、もっと不思議な話で。ある日、坂本龍一さん音響監修の109シネマズプレミアム新宿の音響システムを取り扱うイースタン・サウンド・ファクトリーのCEOご本人をXEBEXの営業担当の方から紹介頂きました。「ここにこの美しいスピーカーを設置したらどうでしょうか」と、スピーカーの図面を手に工事現場にいらっしゃったんです。いったい何が起きているのか、まるで物語に導かれているような感覚でした。自分の知っている範囲で計画していたら、到底こんな場所は作れなかったでしょう。
「僕ではないんです」──プロを信じ抜く哲学
──様々な偶然が重なっていますが、まるで今井さんが引き寄せてるようですね。
いえ、“僕ではないんです”。これは一貫して言い続けているのですが、建築には建築のプロが、音響には音響のプロがいる。僕はそれぞれの専門家ではないのだから、軽々に口を出すべきではないと思うんです。最初に基本的な価値観を共有したら、あとはプロの皆さんの技術と技能に委ねるのがベストではないでしょうか。単なる“好み”でプロの仕事に介入すれば、全体のバランスが崩れておかしなものになってしまいますから。
──その哲学が、結果的に最高のチームを生み出したのですね。
自分の想像や計画なんて、すぐに限界が来ます。僕がやったのは、それぞれのプロの皆さんが動ける「場」を整えようとしただけです。作っている最中は、前例のないことばかりで、夜中に目が覚めると宇宙空間に放り出されたような孤独感に襲われることもありました。それでも目の前の景色は毎日変わってゆく、そんな気持ちで進んできました。
今井さんは、強力なリーダーシップで人々を率いる監督のようなタイプではない。むしろ、最高の才能(プロフェッショナル)たちを引き寄せ、彼らが自由にクリエイティビティを発揮できる「場」そのものを作る稀代のプロデューサーだ。
彼が作ったのは完成品の映画館ではなく、これからも人々(観客やスタッフ)と時間(経年変化)によって育っていく「可能性」そのもの。「完成は10年後」──建築家の言葉通り、この映画館の物語は、まだ始まったばかりである。
「OttO」
住所:〒330-0854 埼玉県さいたま市大宮区桜木町1-345
アクセス:JR「大宮駅」西口より徒歩約5分
座席数:シアター内 47席(うち、車椅子スペース1席分/ソファクッション席4組8名)
親子観賞室 3席
公式HP:https://otto-extended.com/
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