天河伝説殺人事件
天河伝説殺人事件
1991年 日本 劇場公開:1991年3月16日
スタッフ 監督:市川崑、脚本:久里子亭、日高真也、冠木新市、原作:内田康夫、製作:角川春樹
キャスト 榎木孝明、日下武史、財前直見、奈良岡朋子、大滝秀治、岸田今日子、伊東四朗、
石坂浩二、岸恵子 ほか
新宿の高層ビルで一人のサラリーマンが街道で急死、その男・川島の手には芸能神を奉る天河神社の御守り『五十鈴』が握られていた。男の死を毒殺と断定した角筈署の仙波警部補は天川村へ向かった。その天川村に近い吉野の町はずれで、都会風の男が駐在から密猟の疑いをかけられる。その男はルポライター・浅見光彦。光彦はそこに通りすがった天河館という旅館の女将・敏子に助けられる。東京へ帰った光彦は、先輩の依頼で能についての旅情ルポを手掛けることになり、再び天川村へ車を走らせるが、途中、林道で出会った老人が殺されたことによって、留置場にぶちこまれてしまう。
その老人・高崎は、東京に宗家をもつ高名な能楽・水上流の長老だった。知らせを受けて駆けつけた水上和鷹・秀美兄妹はその後継者候補として注目されている。宗家・和憲は二人の祖父にあたり、父である和春は12年前に他界。71歳の和憲は来るべく和春の追善能を機に引退を決意していた。
本来なら長子継続の能の世界だが、二人の母・菜津は、秀美を宗家にと推す。和鷹は腹違いの子だったからだ。
一方、やっとのことでアリバイが成立し、釈放された光彦は、天河館で秀美から高崎の死の真相を一緒に探ってくれと頼まれる。そして光彦の推理によって、新宿のサラリーマン毒殺事件と高崎の死が水上家と深く関わり合っていることが明らかになっていく。そんな時、能楽堂で和憲が演じるはずの舞台を踏んでいた和鷹が、その舞台上で毒殺されてしまう。それは『道成寺』の見せ場“釣鐘落とし”での一瞬の出来事だった。光彦は毒殺の小道具に忌まわしい『雨降らしの面』が使われたことを直感するが、その直後から面は消えてしまっていた。その後、聞き込みを続け、数々のヒントを聞き出した光彦は、そこで意外な犯人像が浮かんでくる。それは天河館の敏子だった。その哀しみややりきれなさに苦しみながらも、敏子や秀美の前で事件の謎を解明する光彦。敏子は和鷹の実母だったのだ。生後間もない和鷹を宗家にするという約束で水上家に奪われた敏子は、その証しにと『五十鈴』をもらうが、そのことを中学時代の同級生だった川島に知られ、脅された敏子は、和鷹を思うあまり殺してしまったのだ。さらにそのことによって「和鷹を宗家には出来ない」と言った高崎をも殺してしまい、その殺意は和憲へと向かっていく。ところが、和憲の踏むはずだった舞台を和鷹が踏んだことによって、実の子を殺してしまうことになった敏子は、天河神社で行われる薪能の夜、自殺してしまうのだった。

金田一耕助のミステリーものが好きな方からすると、強烈な猟奇的殺人(生首とか血糊、ショッキングなポーズの死体)など、物足りなさ(金田一テイストへの先入観はバリバリにあります)を感じるかも知れない。しかし、それは原作者の作風であって見る人の好みの問題であり、どちらが良いということではない。元々、浅見光彦シリーズは楽しみながら推理をしていく作品であり、映画としては今回1回限りとなってしまったがテンポも世界観も最高だったと思う。1991年の作品とのこと、やはり90年代の雰囲気っていいな。なんでこんなに好きなんだろう。市川崑の陰影の撮り方がとても印象的だった。独特の青みが作品にシリアスな雰囲気を与えている。榎木孝明演じる浅見光彦もはまっていて、飄々とした癖のある役柄がとても好ましく思われる。また財前直見の初々しさもさることながら、なんといっても岸惠子演じる女将の華よ。これほど暗く陰湿な作中に静かに咲く華、美しさと怖ろしさは表裏一体。作品の青みは彼女のための背景かと思う。余計な劇伴も感情の押し付けもなく、ハードボイルドな探偵ものとして最高である。