イタリア魂に溢れた海の漢たちの物語 『潜水艦コマンダンテ 誇り高き決断』
みなさん、こんにちは!
椿です
とうとうというか、やっとというか、日本列島本格的に梅雨入りとの事で・・
そんな鬱陶しい気分を晴らすには戦闘アクションものでもガンガン!!
と、思っていたところへDiscover us様よりオンライン試写会のお誘いが!
その映画のタイトルはっ
『潜水艦コマンダンテ 誇り高き決断』
おおっ!!まさに、今ちょうど見たかった!海の漢たちの熱い闘いが描かれる戦争映画!
潜水艦映画に外れなしとは言いますが、まさしく、これぞ求めていた映画やぁ!!
と思い、ありがたく鑑賞いたしました。
【あらすじ】
命の重さを、艦長は知っている
第二次世界大戦が始まったころ、サルヴァトーレ・トーダロはイタリア国王海軍の潜水艦コマンダンテ・カッペリーニに艦長として潜航していた。1940年10月、大西洋航行中のこと、ライトを消した貿易船のシルエットが夜の暗闇の中迫ってきた。後ほどわかることだが、それはベルギー船カバロ号で、イギリス軍の武器と軍需品を積んでおり、突如潜水艦に向けて攻撃を仕掛けてきた。短くも激しい衝突が起こり、潜水艦コマンダンテが貿易船を大砲で沈めた。その時艦長は、放っておけばそのまま海で溺れ死んだであろう26名の生き残ったベルギー人たちを、国際海洋法に従い救助して近くの安全な港に降ろしに行くという歴史的決断をした。すべての生き残りを乗艦させることで、3日間敵から視認されてしまう海面上を航行しなくてはならなくなり、それは自らの命と船員たちの命を危険にさらすことであった。カバロ号の船長は、アゾレス諸島のサンタ・マリア島で下船した際、なぜ自らの命令で危険を冒してまで救助してくれたのか尋ねた。サルヴァトーレ・トーダロ艦長はこう答えた。その言葉はのちに伝説として語られることになる。
「私の中には2000年の歴史が血肉となって流れている」
思ってたんとちゃう!?でもっ・・・
あれっ??
激しいアクション映画を期待していた椿でしたが、冒頭からなんか、思ってたんとちゃう・・・。
冒頭、濃ゆいシブメンと艶やかな女性の会話。非常に明るい空のもと、すすんでいく恋愛会話。
どうやら、このシブメン。戦争で体に大きな傷を負い補助装具のようなものを身に着けていないとまともに体を動かせそうにない。相手の女性は、むしろ、その男性が動けなくなったのを喜んでいるかのよう。これで普通の夫婦生活がしてゆける。おそらく、彼は軍人で、負傷によりまともに動くことができないため、退役を決断するのであろう。
この男女が夫婦で、男は物語の主人公サルヴァトーレ・トーダロ、女はその妻リナ。イタリアのまぶしい光の差し込むような明るい画面。
そしてオペラ『カヴァレリア・ルスティカーナ』の間奏曲が抒情的に流れ、リナもピアノでその曲を弾いたりしている・・。
んっ・・・?
閉塞された潜水艦の、漢くさい物語はどこへ!?
目に映りこんでくる光景は美しい光と、美しく艶めかしい、イタリアを象徴するような女性。まるでアート映画と見まごうようなまぶしさ。そして、身体が不自由になった男性にとっては憂鬱でも、これから幸せな夫婦生活が待っているという希望が溢れる。
どこをとっても潜水艦の物語を紡ぐ要素がありません・・。
もしかして、この男性の回想物語としてこれから語られてゆくのか?
それとも、潜水艦という「戦争もの」の皮をかぶったアート映画か??
ヨーロッパ映画だし、それもありえる・・。
アート映画が基本苦手な椿に、何となく不安がよぎります。
そんな思いを、見事に裏切ってくれるサルヴァトーレの決断。
そう、彼が終始憂鬱そうにしていたのは、身体のせいではなく、再び海の漢として戦地に赴くことを思案していたのです。彼は妻との幸せな生活をあきらめ、激しい戦地へと向かう決断をしたのです。当然、大変な重傷を負った身体で戦地へ赴くことは死を意味することにもつながる。でもサルヴァトーレは海こそが自分の生きる場所であり、死に場所でもあると考えながら乗艦を決意したのでしょう。
このサルヴァトーレの海の漢としての決断に、椿オッサン。一気に涙腺が緩みます。そうか、あの、アートな雰囲気の情景も、美しい妻も、抒情的なカヴァレリア・ルスティカーナもすべて、サルヴァトーレの決断を強調するための仕掛けだったかっ!やられた・・・。
潜水艦コマンダンテ・カッペリーニの出港。乗員たちが居並ぶ。その乗員たちを遠くから、悲し気に見守る女性たち。その中にはリナの姿も。皆、離れたくはない、でも海の漢達の決断を尊重したのでしょう。
当時のイタリアは政情が不安定で、政治的指導者の無謀な判断でイギリスとの戦争を始めてしまい、戦況は芳しくないものでした。そのためか、出港の際にすでに悲壮感が漂っています。
これから出発という間際、サルヴァトーレはひとりの乗員に、艦に乗らず国に帰るよう命じます。その理由は後でわかるのですが、この艦長が、いかに乗員達のことを考えていたのかがよくわかります。
様々な危険と緊張
閉塞された艦内。お世辞にも広いとは言えない艦内に数十名もの乗員がひしめき合うのですから、居住環境は二の次。任務遂行までどれくらいの時間がかかるのか分からない日々。飲み水、食べ物がそれまで持つのかさえ分からない。日中は敵に察知されないよう、常に潜航せねばならず、浮上できるのは夜間のみ。それとても安心はできない。航行せねばならないジブラルタル海峡には敵国が沈めた機雷がそこかしこにあり、一瞬たりとも油断ができない状況。緊張のあまり、乗員の仲もぎすぎすして喧嘩が始まる。もともとイタリアは他国によって長いこと分断統治されており、統一国家としての歴史が非常に浅い。その中において、住んでいた地方によって、気質も、宗教観も、様々違っていた人間が、一つの国のために、一緒に狭い空間で過ごすのだから、艦内がヒリヒリしだすのもむべなるかな。「これが統一イタリアだ」と、先行きの不安を感じながらも、難関の海峡を艦長の判断と、乗員の犠牲によって脱したカッペリーニ号。
浮上した艦上では、今のうちに外の空気を吸わんとばかりに大きくため息をつくものもいれば、新鮮な空気はまずい、と、たばこを逆さまにして吸ったりする者とおもいおもい。
そんな憩いも束の間。正体不明の貨物船からいきなり攻撃を受けます。激しい戦闘の末、船を撃沈するのですが・・
無謀な艦長の無謀な決断
危機を脱したカッペリーニ号。ところが、そのカッペリーニ号に、先ほど撃沈させた貨物船の乗組員たちが海面にただよいながら助けを求めてきます。かなりの数の人間。自分達を攻撃してきた人間。同盟国のナチスであれば全員殺してしまうところ。サルヴァトーレは自分達の分もまともに確保できていない水と食料を分け与え、一度はその場を離れますが、再び現れ、彼らを救い、乗艦させます。ただでさえ狭い艦内に、言葉も通じない、まして自分達をファシストと罵り殺意を持つ人間とひしめき合わなければならない。さらに、艦内では全員を収容しきれないために艦外の司令塔にも彼らを待避させる。
サルヴァトーレは非常に無謀な決断をしています。乗員オーバーのため、潜水艦本来の出力が出せないためスピードが遅くなり、司令塔に人を置いていることで、潜水艦にとって一番重要な「潜航」ができない。「潜航」するということは司令塔の人間を溺れ殺すということ。
サルヴァトーレは、自分の艦体と、乗員の命を危険に晒し、自分達へ刃を向けた人間を助ける判断をしたのです。この判断は、軍の潜水艦を預かる艦長として、いかに無謀で、艦長として失格の烙印を押されるか、あまりにもな判断でした。
しかし、サルヴァトーレは軍人である前に、海の漢でした。シーマンシップにのっとり、海の漢として、海で危機に瀕している人間を見殺しにはしない、その判断を優先させました。乗員にとっては非常に迷惑だったはず。敵の人間を救い、自分達がつらい状況に置かれる・・。しかし、同じシーマンシップの血が流れる乗員は、サルヴァトーレの判断に従い、彼らを受け入れるのです。
艦長がそれだけ乗員に尊敬され信頼されているのでしょうし、艦長の想いが乗員の気持ちを育てもしたのでしょう。
艦内ではまた事件も発生し、一触即発の事態になるも、サルヴァトーレの行動力により敵視していた者同士が互いに理解をしはじめ打ち解けあうことに。
しかし、潜航できないことで、遂に敵艦に発見されてしまいます。
攻撃態勢に入る敵軍。潜航しなければ敵軍の攻撃を受け撃沈してしまう。潜航すれば、司令塔にいる人間を見殺すことになる。絶体絶命の状況の中、サルヴァトーレが下した決断とは・・・!?
実物大の潜水艦セット
本作、このCG全盛の時代に、イタリア海軍の全面協力のもと、当時の図面などから、潜水艦をセットで再現。本物かと見まごうばかりの大迫力で、潜水艦映画のだいご味を見せてくれます。潜水艦映画の名作『Uボート』は戦闘シーンの見せ場がかなありました。本作はそれほど戦闘シーンはないのですが、少ない分、大迫力の戦闘シーンをこれでもかとぶつけてくるので、重厚感のある戦艦シーンが楽しめます。
また、艦体が非常に精巧に作られているので、潜水艦の甲板部分を映画などであまり見たことが無いような気がするのですが、潜水艦を上部から撮影して、艦内から甲板へ出てくる様子なども見ることができ、なかなかお目にかかれないような映像も楽しんでいただけると思います。
これぞイタリア魂、な食と歌
本作はイタリア映画だけあって、「食」と「音楽」が大きな印象を与えています。まさに、この2つが、イタリア人にとっての心の支え、といったところなのでしょう。
乗組員の戦功を称え、サルヴァトーレが料理人ジジーノに命じたのは「ニョッキ」。乗員達のテンションは一気に爆上がり。みんなでこぞって食べる姿を見ているだけで、自分もニョッキが食べたくなりました。
それから大分月日がたち、食材を節約しながらの料理は、「ニョッキ」など夢のまた夢。まるでおかゆのような、重湯のような食事をとるしかありません。それでも、その食事を各乗員の皿に配膳する際、ジジーノは、ありったけのイタリア料理の名前を、皿によそう時につけながら、隊員たちの気持ちを少しでも上げようと回ります。そんな彼の気持ちを察してか、それらの料理を食べるのを想像しながらか、疲労感で潰されそうになりながらも、うっすらと笑顔を見せて、ジジーノに応えながら粥をすする姿が胸打たれます。
エンドロールでも、ジジーノがイタリア料理の名前をずっとつぶやいているものをパーカッションの音楽とともに流していたので、本作の中でも、このシーンは重要だったのだと思います。
また、助けられた敵はベルギー人(本来は中立国だったが、敵国側に参戦した)で、サルヴァトーレは、彼らと思いを一つにするには、食が大切だとばかりに、ベルギーで一番美味いものは何か?を聞き、ジジーノに作らせる。それは「ポテトフライ」。
芋を揚げるという概念がないイタリア人にとって初耳の料理。ベルギーの船長が作り方の見本を見せてジジーノが作る。そして皆で食べると、そのうまさに皆驚き、喜ぶ。そして気持ちが一つになる。なんて暖かで、幸せな時間。たとえそれが短い時間だったとしても・・。
そして、乗員がジジーノにあるリクエストをします。
「一曲頼むよ!」乗員達の声援にこたえ、ジジーノはウクレレを取り出し歌い出します。
歌はカンツォーネ
『恋する兵士('O surdato 'nnammurato)』
この曲は第一次世界大戦時に作曲されたカンツォーネ(イタリア民謡)で、戦地に赴いた兵士が、国に残した愛しい女性のことを想って歌う歌です。イタリアでは非常に大人気な歌で、今でもサッカーの試合の応援歌などでも歌われたり、酒場でだれかれ構わず歌いだしたりする歌です。
この映画の舞台は第二次大戦ですから、曲が知れ渡ってからそれほどの月日が経っているわけでもなく、実際に船員たちの間で歌われていたかもしれません。
▼三大テノールの歌声でどうぞ
ポテトフライとカンツォーネで上機嫌になったイタリア人とベルギー人。言葉が通じなくとも、「食」「歌」「シーマンシップ」で深く繋がれた、この作品屈指の名シーンだと思います。
もう一曲、オープニングから、エンディングにかけ極めて印象的に流れるのが オペラ『カヴァレリア・ルスティカーナ』の間奏曲。非常に美しい曲で「Ave Maria」の歌詞をつけられて、合唱曲として歌われていることもあります。オペラ自体はシチリアを舞台にした男女間の恋愛のもつれから来る痛ましい事件を描いたものですが、そんな陰惨な話とは想像がつかない、美しいさの曲で、さしずめ、本作ではサルヴァトーレの妻リナと、妻との幸せな生活のモティーフとして効果的に使われていました。
コマンダンテ・カッペリーニと日本
コマンダンテ・カッペリーニと聞いた時、えっ!?ってびっくりした椿。
コマンダンテ・カッペリーニは数奇な運命をたどった潜水艦として有名で、日本とも非常にかかわりのある潜水艦でした。別の映画で、潜水艦の事を調べていた時にたまたま、こんな潜水艦があるというのを知って、以前ちょっと調べたことがあったので、最初、同じ船か?と疑ってしまいましたし、あの潜水艦がまさか、こんな事件にまで関わっていたとは、と驚きました。
枢軸国の同盟国として日本への物資移送の任務を行っていたのが本艦でしたが、イタリアが連合国に降伏。イタリア内で内戦していた者達が政権を奪取すると、連合国側についたイタリア。日本停泊中に敵国と手を組んだとされてしまい、乗組員も囚われてしまいます。(乗組員は国が降伏したことも知らない)そして敵国に渡すまい!と、日本が拿捕した後、ドイツに引き渡されますが、ここでもほぼドイツで活躍しないままにドイツが降伏して、日本に秘かに引き渡されます。日本では「伊号503船」として特殊任務についていました。
このカッペリーニ号が人命救助に当たったというのは、実はほかにもあって、有名な「ラコニア号事件」というものに関わっています。イギリスの商船「ラコニア号」はドイツの潜水艦に撃墜され沈没。その際、3000名近い人が海へ放り出されました。ドイツ潜水艦はそのほとんどの人間が民間人や捕虜だったことを確認。赤十字の旗を掲げて、近隣航行の船舶にも救助の協力を求めました。その中の一つが、このコマンダンテ・カッペリーニです。
ところがアメリカ軍は、ドイツの潜水艦が救助活動を行っているという事を知りながら、戦闘機で潜水艦を攻撃。1500人以上の犠牲者を出してしまったのです。カッペリーニは幸い別場所で救助していたため難を逃れました。
本作の中で、サルヴァトーレが危険を顧みず、ベルギー船員たちを救ったのの根拠として、明治天皇が発したとされる言葉を引用します。
「通常の生活が続けられ各々の義務を果たすべし」
どの言葉からの引用かは勉強不足で分からないのですが、映画ではっきりとそういっています。当時の世界の海軍関係者の中では、日露戦争時代の『日本海大海戦』での、ほぼ無敵を誇っていたロシアのバルチック艦隊に対し、少数の大日本帝国海軍が圧倒的な戦力差をもろともせず、彼らに勝利したことが尊敬としてとらえられ、そのシーマンシップに強い影響を及ぼしていると聞いたことがあります。それを考えると、日露戦争時代の明治天皇の言葉を、海の漢として大切にしていたのも理解できます。
また、長いこと書き連ねてしまいましたが、海の漢達の熱い想いと、大迫力の潜水艦シーン。そして、人間として、命を守りぬく尊さを深く感じ取ることのできる本作。
私は小さい画面で試写に参加しましたが、これは絶対映画館で見たい!そんなスケールの大きな作品でした。
公開日は7月5日から。TOHOシネマズの各映画館などでご覧いただけます。
だんだんと終戦の夏も近づいてまいりますが、戦争の恐ろしさを噛みしめながら、一方で命を大切にしようとしていた男たちの強い想いも感じながら、ご覧いただけたらと思います。
最後に、素晴らしい映画をいち早く見せていただけた関係の映画会社の皆様、Discover usの皆様に感謝いたします。
キャスト:ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ、マッシミリアーノ・ロッシ、ヨハン・ヘルデンベルグ、アルトゥーロ・ムセッリ、パオロ・ボナチェリ、シルヴィア・ダミーコ
監督:エドアルド・デ・アンジェリス
プロデューサー:ミハウ・クフィェチンスキ、パトリック・ペリディス
脚本:サンドロ・ヴェロネージ、エドアルド・デ・アンジェリス
撮影:フェラン・パレデス・ルビオ
音楽:ロバート・デル・ナジャ(3D)
2023/イタリア・ベルギー/イタリア語・オランダ語/シネマスコープ/121分/ 原題:Comandante
配給: 彩プロ ©2023 INDIGO FILM-O’GROOVE-TRAMP LTD-VGROOVE-WISE PICTURES