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2025/06/28 16:37

映画「でっちあげ 〜殺人教師と呼ばれた男」

 

(c)2025「でっちあげ」製作委員会

 

映画「でっちあげ 〜殺人教師と呼ばれた男」が昨日公開された。

 

これは平成15年(2003年)に福岡で起こった「殺人教師」事件の真相を追ったフリーライターのルポを映像化したノンフィクション作品である。

 

福岡のとある街で教鞭を奮っていた中堅の小学校教諭である薮下誠一(綾野剛)は、ある日、一人の児童氷室拓翔(三浦綺羅)の親・氷室律子(柴咲コウ)から予定外の家庭訪問に招かれた事により、思いがけない事件に巻き込まれていく。

 



 

場面は、地方裁判所の法廷で、氷室律子の供述から始まる。訴えられているのは薮下誠一。

薮下が息子・拓翔に執拗に体罰を与え、暴言を吐き、精神的苦痛を与え、自殺を強要したというのだ。

薮下は裁判に至るまでに、週刊誌記者によって実名付きで「殺人教師」と呼ばれ世間から蔑まれる事になった。

 

名前の如く氷のような目でじっと前を見据えたまま淡々と供述を続ける氷室律子には、強い味方がついていた。それはこの事件を氷室側からのみ聴いて世間に広めた新聞社や週刊誌、テレビ報道などマスコミのセンセーショナルな呼び名に踊らされた世間一般の大衆であり、それらの肩を持った弁護士集団である。

 

(c)2025「でっちあげ」製作委員会

 

一方、殺人教師と世間に誤認されてしまった薮下を守るものはただ妻と息子の存在だけ。

 

胸糞悪いとしか表現できない、一体何が目的なのか。お金か、世間の支持により満たされる承認欲求か。


 

当の薮下は、とても優しく子供に慕われ、意思を持って教諭になった温かな心を持った誠実な人に見える。ただ、少し優柔不断だっただけ。ただ、最初の返答を曖昧にやり過ごそうとしただけ。誰もがやってしまうごく普通の判断だった。


 

そんな普通の人とその家族の人生を、世間の声の大きさで追いやった。この話は今から22年も前の話で、SNSという言葉自体広まっていなかったというのに。

最初は小さな行き違いだったのに、新聞や週刊誌で活字になることでリアリティを感じさせてしまう。あたかも本当の話であるかのように信じてしまう無関係の人々。


 

ただ、破壊される人生のなかで、唯一の光があった。

それは湯上谷法律事務所の湯上谷弁護士(小林薫)である。彼は、氷室側につく550人もの弁護団にたった一人で薮下の味方についた。

 

(c)2025「でっちあげ」製作委員会


 

「いいですか?薮下さん。裁判は戦争ですよ」

 

隙を見せてはいけない、性善説がまかり通らない人がいる。そんな中でも薮下はまたもや人間臭く、感情を顕にしてしまうのだが。

 



 

この作品を観て、気軽に何度も足を運べる気がしないと思ってしまった。と、いうのも観ていると、自分がいつ加害者側になりかねない危険を孕んでいることをまざまざと見せつけられているような気がしてしまうから。崩れゆく薮下が失ったものは10年もの期間だけではない大きなものだった。齢53歳にしては老けすぎた薮下の姿に、人生の幸せな期間にぽっかり失ってしまったものを想う。


 

終わりは爽快ではない。

エンディングソングの「なくしもの(キタニタツヤ)」が、薮下誠一の人生のなくしものを残りの人生で見つけられるよう、願いで締めくくられていた。

 

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