観た事がない革新的なスリラー『バクラウ 地図から消された村』
今まで観た事がない革新的なバイオレンス・スリラー『バクラウ』
2019年ブラジル製作『バクラウ 地図から消された村』を観た。
これがとんでもない拾い物で、同じブラジル映画の2002年の『シティ・オブ・ゴッド』と肩を並べる衝撃を受けた。最近映画で「衝撃を受ける」というような体験はあまりない。さんざん映画評や映画論を読んできてしまったせいで、慢性衝撃麻痺になってしまったわたしは、本当に久しぶりに興奮した。
『バクラウ』の詳しいことは検索したらいろいろ出てくるので序盤だけ紹介。
ブラジル北部の村バクラウの長老が亡くなり、村をあげての葬式に参列するため、この村出身のテレーサが帰ってくるところから始まる。この冒頭から、少しずつ、少しずつ、村に奇妙なことが起こり始める。同時に我々観客も村人たち同様に「いったい何が起きようとしているんだ?」という感覚に包まれていく。
この映画のオープニングは、最近観た作品の中では最も印象深い。
まず、『悪魔のいけにえ』のような不穏な音楽がクレジットとともに流れる。これは?
すぐさま音楽はブラジルを代表する歌手ガル・コスタの1969年のアルバム『Gal Costa』の1曲に変わる。ガル・コスタはアントニオ・カルロス・ジョビンと共演したアルバムしか知らない。このオープニング曲いいなあ。
映画には「コード」がある。わかりやすいのが音楽だ。わたしたちは最初の不穏な音楽を聴き、すぐにこののんびりしたブラジリアン・ミュージックを聴かされると、ホラーなのか、サスペンスなのか、ノスタルジックな物語が始まるのかちょっと混乱してしまう。さらにその背景は宇宙空間というアンマッチさ。最初のコードが「ホラー」、次が「ノスタルジー」、そして背景は「SF」のコード進行。これは一体、何が始まろうとしているんだ?
そして画面に大きく「BACURAU」のタイトル。「バクラウ?」バクラウって何だ?
画面は宇宙空間に浮かぶ地球を映し出す。この映像、観たことある。ユニバーサル・ピクチャーズのオープニング?『2001年宇宙の旅』のエンディング?『ゼロ・グラヴィティ』?宇宙空間→地球の映像となるとSFでしょ。ということで、我々はこの映画を「ちょっとホラーっぽい部分のあるSF映画」としてまず認識し、そのコード進行で映画を鑑賞していくことにする。ガル・コスタの歌詞は後で調べよう。
すると地球と我々の間を通り過ぎる人口衛星。ほら、やっぱりSFだ。
カメラは地球上のある土地へ近づいていく。見慣れない大陸で、しかも左半分は夕暮れ時だ。だが、カメラは美しい都会部の明かりがきらめく西へ向かわず、大陸の北東部へ近づいていく。そこで空撮に変わり、何もない緑地部の1本道を1台の車がひたすらまっすぐに走っていく場面に移る。車は水を積んだタンクローリーのようである。ここでクレジットが出る。
「ペルナンブコ州 西部 今から数年後・・・」
今から数年後?近未来ってこと?やっぱりSFだね。ペルナンプコ州?(あとでブラジルと分かる)
タンクローリーの外観から車内へ場面が移り、ヒロイン(後に名前はテレーサと分かる)の寝顔が移る。が、次の瞬間車が何かを踏みつぶし、その衝撃でテレーサが目覚める。踏みつぶしたのは道路に散乱している棺桶。テレーサが運転している男に何?と訊く。あれを見ろとあごをしゃくって見せた一本道の先には棺桶を積んでいたと思われるトラックが横転し、その横に2台の車が立ち往生していた。通り過ぎる彼女たちの車の間際に死体が転がっている。事故らしい。なんで大量の棺桶を運んでいるんだ?
数人の男女が後片付けをしているところを過ぎて、車は一本道を脇道へ逸れて、さらに先へ向かう。やがて「バクラウまで17キロ」という看板が見えてくる。
ああ、バクラウというのは土地の名前なんだ、だから地図から消された「村」なのね。
高台で車を停め、運転手がそのあたり一帯を俯瞰して見せる。彼によるとこの村の上流で水が堰き止められ、水の利権が生まれていた。今はさらに上流で給水して村に運んでいる。利権者に対抗するためにルンガという村の若者が4か月前に施設を襲撃し、3人を殺したが封鎖は破れなかった。ルンガには多額の懸賞金がかけられている、だが、俺はあいつを売ったりしない、という。やがて村に到着。テレーサはスーツケースを引きずりながら村人たちの名前を呼び、挨拶をする。最初がドミンガス、年配の女性。赤十字の印のついた家にいる。医者か看護士か。だが愛想は悪く、一瞥をくれるとすぐに窓を閉める。テレーサは気にしない、そういう無愛想なところを知っているのだろう。次にダミアーノという初老の男に声をかける。彼はポケットから何やら錠剤を取り出し、一粒を彼女の舌の上に載せて飲み込ませる。テレーサは躊躇せず薬を口にする。
一体何だ?今の錠剤は??
到着した家の周りには村人たちが大勢いる。その中をテレーサが進む。村人たちがスーツケースを運び入れる。スーツケースの中には何やらワクチンのようなものが冷凍保存されている。
家の奥にはこの村の長老の老婆が横たわっていた。サンタナみたいな老人がマイナーコードのギターを鳴らしている。家の外で、「亡きカルメリータに敬意を示そう」という大声がする。だがその声の主は続けてこう叫ぶ、「お前は魔女だ!」声の主は先ほどのドミンガスと呼ばれた長身の女性。彼女は大声でカルメリータをののしる。どうも演技の様子からは酩酊状態のようである。そういえば窓から顔をのぞかせた時に何かグラスを持っていた。ドミンガスは身内なのか、若い女性に引っ張られていく。魔女?ブレア・ウィッチ的な?
その場を取り繕うかのように家の中にいた初老の男(後にプリーニオという名前と分かる)が集まっている村人に対して演説を行う。
「ドミンガスがこの場を温めてくれた。わたしからも母について話そう」
長老カルメリータは母であり祖母であり代母でもあったと語る老人と長老との本当の関係は分からないが、この演説でバクラウ村の出身者の話をする。この村出身の者は世界に渡り、様々な職についている。今日来れなかった人々の中にもカルメリータとバクラウは生き続ける。カルメリータ万歳!そう言ってプリーニオ老人の話は終わる。
ここから葬儀が始まる。DJらしき太った男がマイクでカルメリータの功績を称える中、テレーサたちに棺は担ぎ出され、村人たち広場と一緒にサンタナ老人のならす哀愁のギターに導かれ、はずれの墓地らしきところへ向かう。
やがて音楽が鳴り響き、村人たちが見守る中、なんと棺から水があふれ出てくる。それを見つめるテレーサ。これは幻を見ているのか?さっき飲んだ薬の作用か?
村人たちは一斉に棺から遠くの空へ目線を移し、手に持っていた白い布を振り回す。お別れを表すように。葬儀はこれをもって終わる。やがて夜が更けていく。
翌日、大きなコンテナを載せた一台のトラックがやってくる。このコンテナに何人かの水着女性の写真に「快床的房子」と書かれた垂れ幕がかけられる。これは何だ?どうやら「移動風俗店」らしい。村では市場が始まる。ラジオにニュースが流れる。
「セラ・ヴェルデで起きた衝突の影響で、連絡道路は少なくとも再来週まで封鎖されるでしょう」
一人の女性がある建物に入っていく。「バクラウ歴史博物館」という文字が書かれている。
場面変わってドミンガスの家に二日酔いを訴える女性が訪れている。ドミンガスは村の医者だった。昨日とは打って変わった態度で、様々な村人の相談や訴えを聞き入れている。
一人のがっしりした体格の男性が歩いてくる。さきほどの移動風俗店に乗っていた、女、男、女将とすれ違う。すれ違いざま女は胸をはだけ、男も服をめくり性器を見せる。販売促進活動か。
何だ?何だ?どこへ向かうんだ?この話は?
さきほどのがっしりした男が、カルメリータ宅で朝食中のテレーサたちのところにやってくる。「おはようパコッチ」がっしり男の名前はパコッチ。彼はヒロインに言う。「今はアカシオと名乗っている」昨日演説をしたプリーニオ老人が訊く。「セリータの事件は?」
この台詞の直後、短いショットが入る。男のシャツが風になびくとジーンズに刺した拳銃がチラりと映る。拳銃?
パコッチ「あれにはいろいろ事情があって」
プリーニオ「事情なんて関係ない」
カルメリータの孫娘(マダレーナと老人が呼ぶ)「あなたの動画ネットに上がってるよ」
テレーサ「動画って?」
パコッチ「なんでもない。見ないでくれ。そもそも映ってるのは別人だ」
そしてその動画が流れる。防犯カメラに記録されていたものらしく、ヘルメットを被ったパコッチらしい男が建物に入っていく。(後でこの人物が拳銃で誰かを殺害する場面が映る)
テレーサがパコッチの耳元で囁く。「今夜空いてる?」「まだ喪中だろ」「私信心深くないの」この二人の関係はこれで分かる。ここから恋愛映画に持ち込むのか?
場面変わり、部屋にいるドミンガス。若き日の自分とカルメリータが並ぶ写真を見ている。
プリーニオの声が被る。「昨日のドミンガスは正気じゃなかったな」「”母”が死んだ今、誰も彼女を制御できない」ドミンガスが部屋を出ようとする。部屋のカーテンの向こうでは先ほどの風俗店の男と客が仕事中。一体どういう診療所なんだよ。
村の学校に場面が変わり、日常の授業風景が描かれる。校庭にいる児童と先生が空を見上げると、飛行機雲が出来ていく。「あの飛行機はサンルイスを出発して、サンパウロに向っている」「ここからサンパウロは遠い?」「地図で調べてみよう」
この学校ではiPadを使っている。村にはWi-fiが飛んでいるようだ。「さあ、バクラウの位置を確認しよう」先生がiPadを操作する。このあたりだが、見つからない。「教室に戻って調べよう」
大画面のモニターに映し出される地図。しかしバクラウの表示がない。「衛星写真に切り替えよう」ああ、これでオープニングの人工衛星と繋がるのか。だが、見つからない。
「セラ・ヴェルデがここ・・・変だな、ここにあるはずなのに」
「おかしいな、前は見つけられたのに・・・紙の地図で確認しよう」「ほらここがバクラウだ」
なぜネット上から村の名前が消えたのだ?これはミステリーなのか?
ここまでが第一幕(と勝手にわたしが言っているだけ)。だいたい25分近く。どの場面どの台詞も見逃せないし、聞き逃せない。二度目に観るとこの映画がものすごく緻密に構成されていることが分かる。
村の日常を描いているさりげない描写や台詞の中に、大量の伏線が潜められている。学校の先生がネット上の地図にバクラウの表記が消えていることに気づくまでの間、主要な人物の紹介がされ、どうやらこの村には何か排他的な性質があり、それは少しずつ紹介される構成になっているのだが、その紹介は必要に応じて、かつ、台詞ではなく映像表現で、というところが良い。何もない平原の1本道、孤立した集落、長老の死、水の利権に絡む殺人とその犯人、どうやら人殺しのような男、それらに動揺することなく包括している村人、そして地図から消えた村の名前。静かに、急がず、どこかに不穏な空気を漂わせながら、これから何が起こるのかをじわりじわりと見せていく。
さて、第二幕はこれまでとリズムが異なる。不協和音が混じりこんでくる。
セラ・ヴェルデ市長選に立候補しているトニー・ジュニアの街宣車がやってくる。見張りのトランスジェンダーから村に「あと5分でトニー・ジュニアが到着する!」と連絡が入る。どうもこの男は村人全員に嫌われているようだ。トニーが車から降りる頃には人々はみな家の中に隠れ、誰一人外にはいない。誰もいない中、トニーは演説をするが、そこに村人のヤジが飛ぶ。「水を返せ!」
どうやら水の利権をこの男が握っているようだ。つまり、ここで悪徳政治家対バクラウ村民という図式が見えてくる。つまり、この映画のジャンルは社会派ドラマだな。
村人の機嫌を取ろうと、トニーはまるでゴミのように古本をトラックから滑り落とし、衣料品や食料、医薬品などを置いていく(後で賞味期限切れ、医薬品は怪しいものと分かる)。トニーは風俗店の女を連れて行く。彼女は以前乱暴され嫌がっているようだ。そこへドミンガスが現れてこう言い放つ。彼女を傷つけたらお前のナニを切り落とすよ。ドミンガスはもうすでに村の長老的存在感を放っている。
トニーの街宣車が去った跡、村人が一人バイクに農作物を積んで帰ってくる。村人は仕切りに背後の空を気にしている。すると―――。
画面の右上に突然小型の円盤が現れる!円盤は執拗に村人の後を追ったかと思うとどこかへ飛び去った。やっぱりSFか!
さて、これ以上書くと映画鑑賞の楽しみを失ってしまうことになるので筆を置く(実際にはキーボードを打つのをやめる)が、どの短いショットも見逃せないのだが、一度観ただけでは目の前を通り過ぎてしまう場面もあり、この作品は絶対に二度見することをお薦めする。二度見するメリットは、監督が散りばめた緻密な伏線を落ち着いて確認できることだ。
この映画には少なくとも二人の有名な俳優が出演しているが、彼らについてここで書くのも控えたい。鑑賞前に俳優について情報を得た方が良い場合と得ない方が良い時がある。この映画は後者の方で、その方が現実を超えた世界に浸ることができると思う。
『バクラウ 地図から消された村』、すごい映画を観た。