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私の好きな映画

桃田享造
2023/06/07 15:35

発掘こぼれ話と『真実の行方』

2010年の発掘仕事、こぼれ話

 

 「発掘良品」企画を推進するため、わたしのもとに4人のフレッシュなメンバーがやってきた。わたしが選んだわけではなく人事がプロフィールなどを考慮しつつ、キャリアステップを踏まえて配置されたのだったが、だいたい、入社2~3年目のメンバーだった。

 お店を視察したあと、全員でランチを取ることにした。今はあまりこういう質問をしないのだが、その時わたしはこんな問いを全員に投げかけたらしい。

 「君たち、どんな映画が好きなの?」

 これがわたしの大学時代なら、みんな口を揃えてアメリカン・ニューシネマの代表作とかヌーベルバーグとか黒澤や小津の名前を上げていただろう。しかし2010年の日本は変わってしまっていた。メンバーの2人が言った。

 「ジブリですねー」

 「ディズニー映画が好きです」

 まあ、この答はある程度予測していたが、おっと直球返してきたな。

 しかし他の2人は違っていた。

 「こういう質問をされたら必ず『遠い空の向こうに』ですと言うことにしてます」

 「最近ですと『ユージュアル・サスペクツ』とか。古いところだと・・・・」

 この絶妙なチームバランス。見事としか言いようがない。砂糖、醤油、みりん、酒のバランスが取れてちょうどいい甘辛の味付けになっている、これぞ我が家の味。

 これが4人が4人とも、

 「ジガ・ヴェルトフ集団です。今度作品を見ながら研究イベントがあるので一緒に行きませんか」

 「制作中のエピソードも含めてユルマズ・ギュネイ監督の『路』です。いやーハリウッド映画は興味ありませんねえ」

 「邦画しか観ないんですけど、『七人の侍』と言いたいですが黒澤の初カラー作『どですかでん』です。再評価すべきです」

 「はいっ、その質問を待ってました!ぼくの生涯ベスト3は『去年マリエンバードで』『マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺』『マジック・ランタン・サイクル』です!」 

 という風にこられてもしんどい。量は少なくていいからお腹に優しい和食を頼みたいのにデカ盛りの店に閉じ込められたみたいな。

 

 さて、この4人と仕事を始めるわけだが、一応役割分担をすることにした。「発掘良品」を広めるにあたって、販促が重要なのだが、その担当を紅一点のT森さんに任命した。このT森さんは当時のTSUTAYA CLUB MAGAZINE(略してTCM)にも登場する。

 

 ヌマタ氏の紹介ではドS女子と表現されているが、わたし自身は詳しく知らない

 TCMでは何人もの内外の映画通の人にお薦めコメントをもらった。だいたい10文字とか20文字。その月の発掘良品ラインナップの中から観てほしい作品のコメントをもらう。この仕事をT森さんが担当していた。

 ある日、T森さんが何気なくこう言った。

「映画通メンバーのSさんにレビューをお願いしたんですがなぜかお怒りのようで断られました」

「はぁ?」

 

 たった10文字のレビューを断って、しかも怒ってる人がいる?みんなぜひ参加させてほしいって、映画ファンが集まってきたのに、しかもラインナップから自分の好きな映画を選んで、一言コメントを寄せてもらうという、めっちゃ楽しい、しかも時間かからない話で、そこに逆鱗に触れるようなポイントあるかね??

 わたしの頭の中はハテナマークで埋め尽くされたが、その日ちょうどS氏と高田馬場近くで会食する予定だった。とりあえずその訳も飲みながら聞いてみよう。酒が入ればこっちのペース。Sさんの好きな70年代映画の話で盛り上がるだろう。DVD未発売の映画でリクエスト聞くのもいいな。

 

 わたしとT森さん以外のチームメンバー1人(だったと思う)がSさんとの会食に出かけた。高田馬場駅改札前でわたしは間抜けた顔をしながら(そういえば近くに早稲田松竹があったな、どのへんだろう、今なんの2本立てやってるかな、帰り道に寄る時間あるかな)というようなことをぼーっと考えていると、S氏が現れた。わたしは明るく笑顔で声をかけた。

「おつかれさまでーす!(笑笑)」

 ところがS氏はわたしたちの顔を見た瞬間、まるで『八つ墓村』の鍾乳洞で豹変した小川真由美のような顔に変わり、こう言った。

「なんですか!あのT森って人は(怒)」

 わたしはショーケンのようにうろたえた。

「え、えっ、どうかしましたか」

「ワタシにタダでレビューを書けって言ったンですヨ!(怒怒)」 

 それからS氏は自分はライター、文筆業であり、その文筆業を生業とする人間にタダで文章を書けというのは何事だ、いったいどういう教育をしているんだ、文筆業者をバカにしているのか、文章をタダで書くとはどういう意味で言っているのか、それがどういう侮辱的な意味かわかるか、文筆業者が字を書くというのはどういうことかわかっているのか(以下続く)と、40分にわたり怒られた。

 この間、S氏に延々怒られ続け、すみません、すみませんと頭を下げるだけのわたしのみっともない姿。高田馬場駅の乗降客は(何かのパフォーマンス?撮影?)といぶかし気に横眼で見ながら何百人も通り過ぎて行く。お願い、こっちを見ないで

 それにしてもあまりに怒られている時間が長すぎると、最後の方は緊張が解けてくる。

 「あっ、今の言い回しは5分前に言ったのと繰り返しだ、ちょっとタイムループみたい」とか気づけるくらいになっていた。こんなに短時間でストレス耐性ができるものなのか?

 怒り続けるとさよならも言わずにS氏は『羊たちの沈黙』のラストシーンのように雑踏に消えていった。その後S氏と会うことはなかった。

 「10文字書いてもらっていくら払えばいいんだろう・・・ああ、そうか、わかった。ジブリの『生きろ。』とか、『生きねば。』みたいなやつだ。文字数じゃなく、もしかしてこれでうん千万うん百万の世界なのか!?なんて恐ろしい世界なんだ!」

  

 翌日S氏やっぱり怒ってた、とT森さんには軽く話した。どういう風に伝わったのか、まあS氏が勘違いした可能性は高いとしてもヌマタ氏がドS女子と高評価するT森さんが、一切隙間を作らず必要最小限のことだけ伝えてピシャっと勘違いポイントを叩き返した可能性も考えられる。

 「今度から気をつけてね」というようなダサいことは言わなかった。わたしの方がこの仕事をお手伝い頂く社外の方の中にライターの人がいたら気をつけることだ。次からは失礼のないようにしよう。絶対に10文字程度の仕事を、それもタダで依頼しないように。これはこの業界におけるタブーだったのだ。新しい仕事をしていれば、未知の危険や禁忌に思いもかけず触れてしまうことがある。

 よし、わたしはこの仕事を通じて関連する業界のタブーについて、『十戒』のチャールトン・ヘストン扮するモーゼのように、10の危険事項を岩に刻み、後に続く者たちに伝えよう。

 

 「汝、文筆家にタダで一言コメント貰うこと勿れ」 

 

想像の中のわたし

  

 そんなある日、チームメンバーのM上君(仮名)がわたしにこう言った。

 「桃田さん、『L.A.コンフィデンシャル』観てもらえました?」

 「まだ。早めに観るわ。絶対観るわ」

 

 『L.A.コンフィデンシャル』、略して「エルコン」は先日東北新社に行った時、レンタル導入できる作品候補の一つで、わたしはまだ観てなかった。DVD販売元の東北新社に行ってからもうずいぶん経っていた。M上君は「エルコン」をすでに観ていた。だが、わたしはまたいつもの「食わず嫌い映画」に指定していたのだ。深い理由はないが、ジャケットのキーアートが真っ暗で気に入らなかった。

 

今見てもさっぱり分からない。キム・ベイジンガーの顔の大きさは直径3mmくらいしかなく判別が難しい。

 この時わたしは「エルコン」よりも『真実の行方』に夢中になっていた。『真実の行方』はまさに知る人ぞ知る作品となっていて、強烈な面白さを孕んでいるのにどこの店でもこっそりと棚の隅に刺し込まれていた。

わたしなら『ある戦慄』(同名作があるけど)にするなあ

 アメリカ映画で描かれる典型的な“良心のない敏腕弁護士”マーティン(リチャード・ギア)は、カトリックの教会で司教が刺殺され、血だらけで現場から逃走した、侍者の青年アーロン(エドワード・ノートン)が逮捕されたというショッキングなニュースを目にする。しかもアーロンは無実を主張していた。事件の注目度の高さからマーティンは無償でアーロンの代理人を引き受ける。名声のためだ。ところが当局が指名した検事は、マーティンの州検事時代の部下で元恋人ジャネットという厄介なことになる。

 マーティンがアーロンに面会し、事情を聞くと、彼には犯行時の記憶がないという。物乞いをしていたところを司教に拾われ、聖歌隊員として住むところと食事を与えられた恩があり、自分が殺すはずなどないと言うのだ。

 マーティンの考えはこうだ。アーロンが犯人か、無実かなどはどうでもいい、この裁判に勝てば良い。

 マーティンはアーロンの欠落した記憶を探るため、精神分析医のモリーに協力を依頼する。それにしてもアーロンは大人しくまじめな性格で、そもそも彼自身が言うように動機が無い。これは真犯人が別にいると感じるようになる。よし、無罪の主張で、真犯人別にいる説で行こう。

 ところが敏腕検事ジャネットは次々と有力な物的証拠を提出し、容赦なくマーティンを攻撃してくる。所詮元カノというのは、別れてしまえば赤の他人以上に冷たい。ちょっとぐらい優しくしてくれてもいいのに。

 しかしマーティンは調べていくうちに、司教がアーロンたち少年聖歌隊を使ってポルノビデオを撮影していたという大スキャンダルの証拠を掴む。「これだ!」幼い頃から繰り返し性被害を受けてきたアーロンは、この復讐のためについに司教を殺したのではないか。

 マーティンはアーロンに詰め寄る。真実を話せ!俺に嘘は言うな!

 マーティンに責め立てられ、最初はおどおどした態度であったが、その緊張が沸点に達した時、アーロンは突然攻撃的な人格に豹変する。そして自分をロイと名乗り、司教を殺したことを得意げに告白した。

 

 えっ!

 

 気弱なアーロンは幼い頃からの長年の性被害のために、このように追いつめられると攻撃性の強い別人格のロイが現われるという二重人格者となっていたのだ。だから殺人を犯した時、ロイに変わっていたアーロンには記憶がないのか。

 しかしすでに無罪主張の方針で裁判を進めてきたマーティンにとっては、いまさら心神喪失状態でアーロン自身が殺人を行ったという方向転換は難しい。

 

 では、どうする?思い切って元恋人のジャネットに相談するか?いやいやいや・・・。

 

 この『真実の行方』をまだ御覧になっていない人のためにこれ以上の説明は控えるが、まあなんて良く出来たミステリーなのかと感心した。だが、この手の映画を味わうともっとおかわりしたくなるのが映画ファンというものだ。

 それで、ずいぶん後回しにしていた「エルコン」のサンプルを手に取ってみた。ジェームズ・エルロイ原作。知ってはいるが読んだことはない。なんとなく「ハリー・ボッシュ」や『リンカーン弁護士』シリーズのマイクル・コナリーとかに似たような雰囲気なんじゃないかと思っていた。

 それもいいが、いまのわたしは『真実の行方』みたいな、ガツンとみかん系が食べたい。 

 今夜観よう。もしかしたら「エルコン」もガツンとみかん系かもしれない。

 そう思って会社を出た。

 だが、家に着いて風呂に入ると忘れてしまい、そのままキンキンに冷えたビールを飲んでしまったら気持ちが和らいだ。ごめんM上君、今日は寝るわ。

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