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かこ
2025/08/21 10:55

映画『マルティネス』感想、レビュー

"老い"と"孤独"を独自のユーモアで描いた、
メキシコ人女性監督の異彩を放つデビュー作
映画『マルティネス』
マルティネスの人生が豊かになっていく様子が描かれています。
 

今回、カルチュアルライフ様からのお声掛けにより、マスコミ試写会へ参加させて頂きました。素敵なご縁をありがとうございます。

© 2023 Lorena Padilla Bañuelos
© 2023 Lorena Padilla Bañuelos

                   
【あらすじ】
メキシコで暮らすチリ人のマルティネスは偏屈で人間嫌いな60歳の男性。会計事務所での仕事やプールでの水泳といった日々のルーティンを決して崩さない。しかしそんなマルティネスの規律的な日々は、会社から退職をほのめかされ、後任のパブロがやって来たことで終わりを迎える。時を同じくして、アパートの隣人で同年代の女性、アマリアが部屋で孤独死していたことが判明する。アマリアの私物に自分への贈り物が残されていたことを知り、次第に彼女に興味を抱くようになるマルティネス。遺された日記や手紙、写真を通してアマリアへの思いを募らせていく内に、マルティネスは心の奥底で眠っていた人生への好奇心を取り戻していく。
『マルティネス』公式より引用
 


 

若い頃は尖っていたが、年齢とともに角は丸くなる、はずだった。
だが世の中には丸くなるどころか、自分のこだわりや面倒くささを熟成させてしまう人種がいる。俗に言う「こじらせ」だ。
「こじらせ女子」という言葉があるように、女性がこじらせている作品はすぐに思い浮かぶ。『フランシス・ハ』(2012)、『勝手にふるえてろ』(2017)、『わたしは最悪。』(2021)などがその例だ。
しかし、こじらせるのは女性だけではない。年齢を重ねたおじ様だって、しっかりこじらせることがある。
それが本作『マルティネス』だ。
 

主人公マルティネスを演じるのは、チリ人俳優フランシスコ・レジェス。第90回アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した『ナチュラルウーマン』(2017)にも出演している名優だ。
共演はウンベルト・ブスト(パブロ役)、マルタ・クラウディア(コンチタ役)、そしてもう一人の主人公アマリアをメリー・マンソが演じる。
監督・脚本は、本作で長編デビューを飾ったメキシコ出身の女性監督ロレーナ・パディージャだ。

ロレーナ・パディージャ監督(左)
マルティネス役フランシスコ・レジェス(右)
© 2023 Lorena Padilla Bañuelos


マルティネスは朝のルーティンをこなし、出社し、帰宅し、また朝を迎える。会社では減らず口を叩き、プライベートでは他者の介在を拒む変わり者。必然的に孤独を抱えてしまう。
言葉にすればネガティブに聞こえるが、決してそれだけではない。本作には、そんな「こじらせマイルール」から抜け出そうともがく、マルティネスの愛おしいまでの人生が詰まっている。
 

人生経験を積んだ人なら多少は共感して頂けるかもしれないが、幸せの基準も、何を選ぶかも、本来はすべて自分で決めていい。ある意味では、他者を介在させないことこそ究極の幸せかもしれない。マルティネスもそれに近い。
しかし彼にある変化が訪れる。それは同僚として気にかけてくれるパブロとコンチタ、そして一応恋人のアマリアによってもたらされる。
ネタバレは避けると、アマリアはマルティネスの視点を通して、観客に自身の輪郭を浮かび上がらせる。彼女の不在が、人を愛することの喜びをマルティネスに思い出させ、パブロたちの存在が仲間や自分の人生の意味を考えるきっかけとなるのだ。

© 2023 Lorena Padilla Bañuelos


この三人のやり取りは、バディ映画のような軽やかさと、お互いの恋バナや寂しさを理解し合う青春の匂いを漂わせる。
背景に流れるのは、現代社会における“孤独”の二面性だ。孤独は自身を守る砦にもなれば、人との関わりを拒む壁にもなる。マルティネスはその両方を体現しており、観客は彼の変化を通して、自分の中の“こじらせ”と向き合うことになる。
 

映像表現も見事だ。監督が小津安二郎ファンということもあり、『東京暮色』(1957)を思わせる静止的な構図や、シンメトリーの俯瞰ショットが用いられている。それらはマルティネスの目線や、映画全体に洗練された雰囲気を与えており、とてもおしゃれだ。ラストシーンの構図に込められた意味も素晴らしい!
 

鑑賞後、私はマルティネスに自分自身や老いた両親の姿を重ねていた。たとえ“こじらせ”たままでも構わない。けれど、思い切ってそれを破ってみれば、人生はもっと豊かに愛おしくなり、人にも優しくなれる。本作は、そんなことを教えてくれる。

© 2023 Lorena Padilla Bañuelos

映画『マルティネス』2025年8月22日(金)より
新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺ほか全国順次ロードショー!

 


 



出演:フランシスコ・レジェス、ウンベルト・ブスト、マルタ・クラウディア・モレノ、メリー・マンソ、マリア・ルイーサ・モラレス
 

監督・脚本:ロレーナ・パディージャ
プロデューサー:ジョルジーナ・ゴンザレス
撮影:ヘラルド・ゲラ|編集:リオラ・スピルク、ビアロストスキー・アンメ|音楽:アルヴァロ・アルセ|美術:マイテ・ペレス・ニエヴァス、マリアン・セブリアン|メイク:カリーナ・エルナンデス・ロサーノ|音声:ミゲル・マタ、アグスティン・エンリケス|音響&ミキシング:カリブ・セビリア、イバン・レデズマ、アントニーノ・ポレム・ピレス
 

原題:Martínez |メキシコ|2023年|96分|カラー|スペイン語|フラット|5.1ch|G|日本語字幕:島﨑あかり|字幕監修:洲崎圭子|後援:在日メキシコ大使館|配給・宣伝:カルチュアルライフ 
© 2023 Lorena Padilla Bañuelos

 


 
 

 

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