懐古 アメリカ映画の「1980年」
昔の時代を慕い、アメリカ映画の名作を年度別に振り返っている。 「1960年」を初回に、前回「1979年」まで20回にわたって当時の名作に触れてきた。
今回は、アメリカの平均的家庭にメスを入れた「普通の人々」や、伝記映画の秀作と言われた「歌え!ロレッタ・愛のために」と「レイジング・ブル」、そしてナンセンス・コメディの傑作「ブルース・ブラザース」が登場した「1980年」(昭和55年)の話題作をご紹介したい。
「普通の人々」 監督:ロバート・レッドフォード
第53回 アカデミー賞・作品賞受賞
ロバート・レッドフォードが初めて監督に挑戦、地味な題材ながら、家族が主題のシリアスな作品に仕上げ、アカデミー監督賞をも受賞したドラマ。


シカゴ郊外に住む弁護士のカルヴィン(ドナルド・サザーランド)は、優秀なスポーツ選手で秀才だった長男を事故で失った。長男を溺愛していた妻ベス(メアリー・タイラー・ムーア)は、それ以後、気持ちが落ち込んで次男のコンラッド(ティモシー・ハットン)につらく当たるようになる。一緒のボートに乗っていて自分だけ助かったコンラッドは、兄の死に責任を感じて、母のヒステリーをまともに受け止めて精神が不安定となり、自殺未遂の後、精神科医(ジャド・ハーシュ)に通うようになるのだが...。
平凡な中流家庭が、ある事件をきっかけにして崩壊していく過程を描いている。
人々のデリケートな感情はどんどん負の方向に向かっていき、家族の断絶という言葉をリアルに感じさせる重厚な作品だ。
ベスを演じたメアリー・タイラー・ムーアは、本作の撮影とほぼ同時期に、実生活でも息子を麻薬中毒で失うという悲劇に見舞われ、その痛ましい事件が皮肉にも最愛の息子を亡くした母親という役を、より説得力のあるものにしている。
「レイジング・ブル」 監督:マーティン・スコセッシ
実在のミドル級プロ・ボクサー、ジェイク・ラ・モッタ(106戦、30KOを含む83勝19敗、4引き分け)を主人公に、彼の不屈の闘志をセミ・ドキュメンタリー・タッチで描いた秀作。


1941年、19歳でプロデビューしたジェイク(ロバート・デ・ニーロ)は対戦相手を打ちのめすが、ジェイクの左目がかなり出血していたことからコミッション裁定を受け、判定負けを喫してしまう。打たれても打たれても絶対にダウンせず、猛然と向かっていく闘志が注目され、やがて ‘ブロンクスの闘牛’ の異名で腕を上げる。ジェイクの弟でマネージャーのジョーイ(ジョー・ペシ)は、ヤクザから八百長試合を持ち掛けられるが、ジェイクはその関わりを断固拒否する。そんなある日、ジェイクは美女ビッキー(キャシー・モリアーティ)と出会う。
映画はまず、醜く太った42歳のジェイク・ラ・モッタの姿をみせておいてから、過去へと遡る。
前半は、そんなジェイクのボクサーとしての勇猛果敢ぶりを、デ・ニーロの過剰なまでの役作りで見せる。例えば、八百長を引き受けた試合において、相手に打たせるだけ打たせる露骨なパフォーマンス、あるいはその後の世界タイトルマッチにおける相手を圧倒するパワーなどが、臨場感たっぷりに描かれている。
デ・ニーロは、ジェイクの現役時代とその後を同一人物とは思えないほどに演じ分けている。
実際に4カ月かけて約25Kgも体重を増やしたという役作り、凄まじい努力の末に、外見を変容させてしまう方法は、 ‘デ・ニーロ・アプローチ’ と呼ばれて知られるようになった。
「ゴッドファーザーPARTⅡ」(74年)におけるアカデミー助演男優賞受賞に続き、本作では見事主演男優賞の栄冠を手にした。
「歌え! ロレッタ愛のために」 監督:マイケル・アプテッド
アメリカ合衆国を代表する伝説の人気シンガー、ロレッタ・リン(1932.04.14 ~ 2022.10.04)の波乱の半生を描いた自伝の映画化。


貧しい炭鉱の町に生まれたロレッタ(シシー・スペイセク)は、13歳で軍隊帰りのドゥーリトル(トミー・リー・ジョーンズ)と恋に落ち、結ばれた。18歳で4人の子供の母親となったロレッタは、夫の協力で以前からの夢であった歌手としての売り込みを始め、ラジオ局回りの旅を続けるうち、音楽チャートの上位にランクされるようになる。やがてロレッタはシンガー・ソングライターの女王の座に就くが、ある日、舞台で倒れてしまう...。
「コール・マイナーズ・ドーター」などのヒット曲を、リンに扮したシシー・スペイセク自身が歌って聴かせてくれる。
およそハリウッドらしくない普段着の顔をもった彼女は、アカデミー賞・主演女優賞に輝いた。
「キャリー」(76年)で17歳の超能力少女を演じたが、そのとき既に26歳だった。ソバカスだらけで容姿の冴えない女の子、しかし内には恐るべきパワーを秘めていたが、その凄まじい演技はフロックではなかった。何しろ本作では13歳の少女役を、31歳になったスペイセクが演じたのだから驚きだ。
「スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲」
監督:アーヴィン・カーシュナー
世界的な大ヒットとなったスペース・オペラ「スター・ウォーズ」の続編。


レイア姫(キャリー・フィッシャー)がリーダーシップをとる反乱軍は、氷の惑星ホスを基地にするが、そこへダース・ヴェイダー(デヴィッド・プラウズ)が帝国軍を率いて逆襲を開始した。反乱軍の若き勇者ルーク・スカイウォーカー(マーク・ハミル)は湿地帯の惑星ダゴバへ向かい、老師ヨーダ(フランク・オズ)のもとで術を修得する。一方、劣戦を強いられたレイア姫らは、味方のハン・ソロ(ハリソン・フォード)の親友が総督を務める雲の惑星ベスピンへ向かうが、既にヴェイダーが先回りしていた。
この年のSF映画界の最大の話題をさらった本作。
前作でレイア姫を救った反乱軍は、本作で帝国軍に襲撃されて基地を追われながら戦闘を繰り返す。
最後ではルークに対し、ダース・ヴェイダーが ‘私はお前の父だ’ と衝撃の告白をし、物語がさらに続くことが暗示される。
ロボットC-3PO(アンソニー・ダニエルズ)とR2-D2(ケニー・ベイカー)が前作に続いて出演しているうえ、本作ではとんがった耳を持ち東洋的な哲学を説くヨーダの登場も興味深い。
氷の惑星ホスの場面は、ノルウェーのフィンスで撮影されたが、あまりの寒さで撮影は難航したという記述をはじめ、数多くの逸話が残されている。
「グロリア」 監督:ジョン・カサヴェテス
ハリウッドでも有数の性格俳優であるジョン・カサヴェテスが、映画監督としても非凡な才能を発揮、夫人のジーナ・ローランズを主演に起用して手掛けたハードボイルド。


ニューヨークのサウスブロンクス。マフィア組織の経理の秘密をFBIに売ったプエルトリコ人のジャック(バック・ヘンリー)が、家族もろとも惨殺される。その直前、コーヒーを借りに一家を訪れたグロリア(ジーナ・ローランズ)は、ジャックから6歳の息子フィル(ジョン・アダムス)を託されていた。翌日の新聞ではグロリアが一家を殺し、フィルを誘拐したと報じた。一人暮らしの中年女性グロリアは、以前は組織のボスの情婦だったが、フィルの命と経理のノートを狙う組織に反旗を翻した。かくしてグロリアとフィルの逃避行が始まるのだが...。
ハリウッドのアクション映画顔負けの迫力に満ちた銃撃戦が展開される。
子供は嫌いだと言いながら、マフィアに命を狙われる少年を守るグロリアは、アメリカ映画のアクション・ヒロインの歴史に輝くキャラクターとなった。
少年フィル役は当初、「チャンプ」の名子役リッキー・シュローダーが予定されていたが、リッキーがウォルト・ディズニー・プロに引き抜かれたため、ジョン・アダムスが起用された。
尚、バック・ヘンリーの母親は、無声映画時代のスター、ルース・ホワイトである。
シャロン・ストーン主演で同名のリメイクが98年に公開されているが、本作の力強さには敵わない。
「ブルース・ブラザース」 監督:ジョン・ランディス
アメリカNBCの人気テレビ番組「サタデー・ナイト・ライブ」から誕生した、ジョン・ベルーシとダン・エイクロイドによる音楽と笑いのコンビ、それがブルース・ブラザースである。


黒ずくめの服に黒のサングラスでキメたアウトロー、ジェイク(ジョン・ベルーシ)と弟分のエルウッド(ダン・エイクロイド)のコンビは、育った孤児院が税金を払えず、差し押さえの運命にあることを知り、何とか資金を工面しようと仲間たちとリズム&ブルース・バンドを結成、苦難の末、大コンサートを開催することになるが、会場は彼らを捕えようとする警官隊によって包囲されていた。
本作の見どころは、ブルース・ブラザース・バンドの本格的なブルース・ナンバーを皮切りに、テレビ西部劇のテーマ曲として有名な「ローハイド」まで歌ってみせるベルーシとエイクロイドの出色の音楽センス、そして、キャブ・キャロウェイ、レイ・チャールズ、ジェームズ・ブラウン、アレサ・フランクリンといったR&B界のビッグスターをゲスト出演させたミュージカル・ナンバーの充実にある。
コメディ界の天才監督ジョン・ランディスは、戦車3台を筆頭に、300名の州兵と100名の警官隊を動員し、数十台のパトカーを惜しげもなく大破させるなど、パワフルなスペクタクル・シーンでブルース・ブラザースの破壊的なギャグを一気に押し上げた。
そしてキャリー・フィッシャー演ずる、ベルーシをつけ狙う謎の女性のギャグは、64年「暗闇でドッキリ」(ブレイク・エドワーズ監督)を思わせる。
又、当時人気モデルとして話題をさらったツイッギーも出演している。
「ハンター」 監督:バズ・キューリック
実在の賞金稼ぎ、ラルフ・ソーソンの危険に満ちた半生を描いたアクション映画。
スティーヴ・マックィーンの遺作でもある。


ロサンゼルス。ラルフ・ソーソン(スティーヴ・マックィーン)は通称 ‘パパ’ と呼ばれる賞金稼ぎで、犯罪逃亡者やお尋ね者を次々と捕獲、ロス警察に引き渡す。彼には8年前から同棲中の恋人ドティー(キャスリン・ハロルド)がおり、彼女は妊娠中だった。ある日、パパの元へ、刑期を終えて出所したロッコ・メイソン(トレイシー・ウォルター)という男から電話が入り、パパを殺すと宣言する。又、保釈金保証人のリッチー(イーライ・ウォラック)から次なる仕事を引き受けたパパはシカゴに飛び、ベナード(トーマス・ロサレス)確保の為、ハーレム地区を皮切りに、凄まじい追跡と交戦を展開する...。
Gパンにモスグリーンのジャンパー姿がよく似合うマックィーン。
冒頭から小気味よいアクションが展開されるものの、従来のマックィーンの作品とはやや趣を異にしている。いわゆるクルマの‘車庫入れ’が苦手だったり、恋人の妊娠に苦悩する姿など、一般人となんら変わらないマックィーンが描かれている。(それはそれで微笑ましい)
しかし後半から終盤にかけてのアクション・シーンは、いつものマックィーンの青い瞳が「闘う眼」に変貌しているのが見てとれる。
だだっ広いトウモロコシ畑の中での追跡シーンでは、トラクターを操り、シカゴのハーレムでの延々と続く追跡シーンは、片時も目が離せない。
圧巻は、走行中の列車での交戦シーンで、車両上のパンタグラフを掴んだマックィーンが今にも振り落とされそうになったり、トンネル内を走行する際の緊張感、まさにアクションの神髄を見せてくれる。
ラスト・シーンでは新しい命が誕生し、天国へ旅立つマックィーンと、なにか因縁めいたものを感じるのだ。
上記に上げた以外の作品では、「天国の門」(マイケル・チミノ監督)、「殺しのドレス」(ブライアン・デ・パルマ監督)、「13日の金曜日」(ジョン・S・カニンガム監督)、「最前線物語」(サミュエル・フラー監督)、「宇宙の7人」(ジミー・T・ムラカミ監督)、「プライベート・ベンジャミン」(ハワード・ジーフ監督)、「ファイナル・カウントダウン」(ドン・テイラー監督)、「トム・ホーン」(ウィリアム・ウィヤード監督)といった作品が思い浮かぶ。
又、米・英合作では、「エレファントマン」(デヴィッド・リンチ監督)、「シャイニング」(スタンリー・キューブリック監督)、「レイズ・ザ・タイタニック」(ジェリー・ジェイムソン監督)などがある。
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投稿を表示映画『普通の人々』は朝食のシーンが印象的です。次男がフレンチトーストを食べず、母親が捨ててしまいます。母親の息子に対する冷たさが突き刺さります。
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洋画さん、泣けてしまうじゃありませんか。1980年といえば私が大学の頃、まだ将来も分からず一抹の不安と一緒にふらふらしていた頃。親からは、もっとしっかりしろと言われ、それでも映画館へはときどき通っていました。その頃の記憶がわっと甦ってきました。
趣味は洋画さんは私がSFマニアということはご存知でしょうから、『スターウォーズ エピソードⅤ/帝国の逆襲』をドキドキしながら観に行ったことはお分かりでしょうね。ジョージ・ルーカスのセンスとSFマニアなら堪らないガジェットが惜しげもなく現れる「そうだ。俺たちはこんなスペース・オペラが観たかったんだ!」と叫びたくなるような傑作でしたね。
他にもリアルタイムで観たのは『ブルース・ブラザース』。これもスラプスティック・コメディに音楽を合体させた抜群に面白い映画でした。『1941』でも活躍するジョン・ベルーシの怪演にゲラゲラ笑いながら観ました。ジェイクとエルウッドを追いかけてくる集団の中にネオ・ナチ・グループがいて銃撃戦も派手にやらかすのも私好みでした。そういえば、キャリー・フィッシャーもジェイクを狙う謎の女として出てましたね。本作では安物の衣裳しか着せてもらえなかったと後でぼやいたそうです。
『グロリア』も劇場で観ました。これは二番館だったかもしれません。ビデオの普及で名画感以外は絶滅したと思いますが、ロードショーが終わった映画を二本立てで安く観られる映画館が昔はあったのです。洋画さんはもちろんご存知でしょうが、若い方向けの説明ということで。少し盛りを過ぎたグロリア姐御の気っ風に痺れた映画でした。私はシャロン・ストーン版は観ておりません。
書き連ねてると切りがないです。『普通の人々』は後にDISCASさんの映画会で観てレッドフォードの演出の才能に驚嘆したり、『ハンター』ではマックイーンが初老の賞金稼ぎを余裕たっぷりに演じているのと、逃亡した被告を捕らえるときのアクションとの二つを楽しんだり、もう40年以上前なんですね。
まだ、観ていない名作もありますが、死ぬまでに観れるやら。