『ブラック・ショーマン』感想・レビュー

東野圭吾の人気小説を映画化した『ブラック・ショーマン』。マジックとミステリーが交錯し、予想を覆す謎解きと人間模様が織りなす、スリリングな物語が幕を開ける。

▼あらすじ
結婚を２ヵ月後に控えた神尾真世は、父の英一が何者かに殺されたとの連絡を受け、故郷の町へと戻って来る。中学教師として多くの教え子から慕われていた英一がなぜ殺されなければならなかったのか、真実を知りたいと願う真世の前に、叔父の神尾武史が現れる。ラスベガスで活躍した元マジシャンの武史は、卓越したマジックの技術と巧みな人間観察を武器に、真世と共に自分たちだけで事件の解決に乗り出す。しかし、嘘や騙しを多用するあまりにも手段を選ばない武史のやり方に戸惑いを隠せない真世だったが…。allcinemaより引用

マジックとミステリーには、どこか似た部分がある。どちらも人の思い込みを利用し、注意をそらすことで「本当はそこにあるもの」を隠す。観客は何が現実で何が仕掛けなのかを見極めようとハラハラし、同時にその巧妙さに驚き、ワクワクする。その緊張感と期待感こそ、両者の最大の魅力だ。

そんな独特の魅力を携えて、福山雅治主演の映画『ブラック・ショーマン』は、普通のミステリー映画とは一線を画す作品となっている。
原作は東野圭吾で、ある意味、探偵映画だ。

今回福山が演じるのは、元マジシャンという異色のキャラクター、神尾武史。あの『ガリレオ』で論理と科学を武器に事件を解決した天才物理学者・湯川学とは全く違う、新たな人物像を福山は演じている。
湯川が冷静沈着に真相に迫るのに対し、神尾武史はマジックや心理術、時には手段を選ばないダーティーな方法で謎に挑む。
そして武史と行動をともにする、姪の真世を演じるのが有村架純だ。この叔父と姪の関係性を軸に、真世の父親が殺害された真相を暴いていく。

物語の舞台は、コロナ禍以降観光客が途絶え、活気を失った地方都市。登場人物たちは、真世がかつて通っていた高校の同級生たち。
すでに社会人となった彼らは、それぞれ人には知られたくない秘密を抱えており、誰もが怪しく見える。停滞した空気の中で「誰を信じるか」を考えながら謎解きを楽しむことができるのだ。

しかし、そんな考察を与えないほど武史の推理とマジックはテンポよく進む。
マジシャンとしてのスキルを応用した人間観察のプロで、予測不能の行動をするため、一度目を付けられたら観念するしかない。
加えて手ぐせの悪さも手伝い、「あれ？」と騙される展開を生む。秘密や心情が少しずつ明らかになる様子は、エンタメ色が濃く、驚きとワクワク感があり実に面白い。

そして、犯人の行動には突発的な心理状態がはっきりと見られる。秘密を守らなければという焦りや恐怖が、狂気に近い形で現れたのだ。
せっかく変われた自分なのに、過去のトラウマ、満たされなかった経験などがコンプレックスになり、思わぬ判断ミスや過ちを犯してしまう、そんなことが感じられる。
その心理すら武史のマジックによって観客の目に映し出されることで、もはやトリックの有無を超えたリアルな緊張感を生みだしている

『ブラック・ショーマン』は、マジックのトリック、ミステリーの謎解き、そして東野圭吾作品の真骨頂である「人間ドラマ」が融合することで余韻を残す作品だ。騙される快感と、真実を知った時の切なさ……。
その相反する感情を劇場で体感することになるだろう。