7月もあと少し、いよいよ8月・・ということで、「八月の鯨（リンゼイ・アンダーソン監督 1987年）」をご紹介します。
穏やかな海、潮風を受ける草花、そして岬に建つ可愛い別荘・・「八月」といえど涼しげでここち良い景色＆あるおばあちゃん姉妹のやりとりに癒やされる作品です。

《おもな登場人物》
●セーラ（リリアン・ギッシュ）
若くして戦争未亡人となったが、姉夫婦の精神的支えを得て、持ち前の明るさでなんとか生きてきた。年老いても家事を細々とこなし、姉の世話もしている。※リリアン・ギッシュはサイレント期を代表する映画スター。姉役のベティ・ディビスより15歳も年上ですが、妹役を演じています。
●リビー（ベティ・ディビス）
皮肉屋で毒舌家。妹のセーラと正反対の性格ながら、妹思いの姉。加齢で目が不自由となり、夫の死後本来は娘を頼るべきところ、妹に支えられている。ベティ・ディビス特有のガラガラ声で、毒舌感がさらに増し増しに。　
●マラノフ（ヴィンセント・プライス）
近所に住む元ロシア貴族の男性。ソ連建国後にアメリカへ亡命したらしく、母親の残してくれた財産を切り崩して暮らすよるべない身。

《ストーリー》
舞台はアメリカ東部の最北に位置するメイン州。娘時代から、リビーとセーラの姉妹は夏がくるたび海辺の別荘で過ごしていた。
ふたりとも白髪の老女となった今、比較的元気に動き回れる妹のセーラに対し、目も見えず、足腰も心許ないリビーは介助なしでは歩くこともできない。不自由な自身にいらだち、皮肉屋に拍車をかけたリビーは娘からも倦厭されているのか、そばにいてくれるのはセーラのみだった。
セーラは夫を第一次大戦で亡くした際、リビーとその夫に励まされ、哀しみを乗り越えた過去がある。今はすっかり立ち直り、日常にささやかな喜びを見つけながら暮らしている。前向きな姿勢は厭世的なリビーと対称をなすかのよう。
ある朝、近所に住むマラノフが釣った魚を携えてやってくる。老姉妹とマラノフは夕食をともにすることになり、セーラはいそいそと支度を始めるが・・

《意外にも？面白い老人たちの会話》
3人のほかにも、ふたりの長年の友と思われるテイシャ、大工のジョシュアといった人物が登場しますが、皆が皆お年を召した方々。
はじめてみたときは、こうしたメンツでいったいどんな会話がなされるのかしらと不安がよぎりました。ですが思いの外、彼・彼女らのやりとりはイキイキしていて面白いです。
登場人物のなかで唯一、好人物でないリビーから発せられる言葉はとことん辛口で容赦なし。本人もちっとも楽しそうではなく、そこがまたなぜか笑いを誘います。セーラがリビーに対し健気に対峙するさまは高潔そのもの。まったくタイプは違うにしても、ふたりともそれぞれに誇り高く良心があり、確かに血をわけた姉妹なのだと伝わってくるところが良いです。
リビーの厳しいもの言いは、夕食に訪れたマラノフを徹底的に傷付けてしまうのですが・・
脚本の面白さは、本作の大きな魅力だと思います・・！

《衣裳やインテリアがラブリー💕》
サイレント映画のスターだったリリアン・ギッシュは、本作の出演時なんと93歳。年齢を感じさせない台詞まわし、若い頃の愛らしい面影残る姿に驚かされます。
その容姿にピッタリ似合う可愛いワンピース、夕食時のおめかしドレスなど、古き良き時代の淑女を感じさせる風情がとても素敵です。ベティ・ディビスがまとっている衣裳もまたエレガントです。
素朴で丁寧な暮らしぶりがうかがえるインテリアにもほっこり✨
クリスタルの一輪挿し、ステンドグラスのランプシェード、刺繍が施されたベッドカバー・・
年季のはいったさまざまな調度品ひとつひとつに優しさが漂っていて、シーンごとに目を楽しませてくれます。

《八月になると鯨がやってくる✨》
本作の「鯨」は、「白鯨」における「モビィディック」のような怪物ではありません。
むしろ夏に入り江にやってくる鯨は吉兆であるかのように喜ばれます。
冒頭、娘時代の回想シーンで、沖に見え隠れする鯨の背。キャピキャピと喜ぶ姉妹が崖の上から浜へ転がるように降りてくる・・
そのさまは人混みで、意中の人をみつけたときのようなはしゃぎようです。
遠く手の届かないところにみえる鯨らしきものの影と、楽しげなかつての自分たち。無邪気な少女時代の憧憬は、夏ごとにふたりの胸に去来するのかもしれません。
年老いたふたりも、鯨の姿を見つけることができるでしょうか・・？