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2026/01/08 18:03

視聴したいフィルム その2

東京裁判 【下巻】

(1983年、日本・東宝東和、モノクロ、138分)*上下巻 収録277分  ナレーター:佐藤 慶

 

本レビューは、東京裁判【上巻】から続くものです。

 

下巻の映像、最初はアドルフ・ヒトラー
1933年(昭和8年)、ナチスは政権を獲得、国連を脱退し、ドイツは日本に接近する。(もとより日本も国連を脱退)

以降、ナチスの状況や第二次世界大戦勃発の起因、激しい戦争の映像が次々と流れ、日独伊三国同盟成立へと向かう。
しかし、1945年5月7日、ドイツ降伏。ニュルンベルク裁判によって絞首刑や終身刑となった人物の名前が次々と映し出される。

 

東京裁判では、ユダヤ人撲滅の残虐シーンやアウシュヴィッツにおける惨状のフィルムが流され、ニュルンベルク裁判が東京裁判に与えた影響が語られる。
第二次大戦も終盤に入るなか、ヤルタ会談(1945.02.04 ~ 02.11)で顔を合わせるアメリカのルーズベルト大統領、イギリスのチャーチル首相、ソ連のスターリン書記長
第二次大戦に至る日本の経緯や、真珠湾攻撃、バターン死の行進の映像も流れるが、実に虚しく映る。

 

東京裁判では、被告人それぞれの弁明の機会が1度だけ与えられる。(よくフィルムに収められていたものだと思う)
「御前会議」における決定事項は、天皇が決定したのか、大臣が決めたのかと、キーナン主席検察官が厳しく追及する。
又、裁判の途中、ウェッブ裁判長が帰国する騒動となるが、これは彼が天皇を裁判に引っ張り出したかったが叶わなかったからか...という解釈(或いは憶測)が流れる。


興味深いのは、被告人同士の対決(特に、東郷茂徳と嶋田繁太郎)もあったらしいということ。
被告人の弁明、最後は東條英機だが、本人は死刑を覚悟していたと報じられている。

因みに、裁判に遅れて到着し、途中から判事席に座ったインドのパール判事は、国際法の原則に反するとして、被告全員の無罪を主張し注目された。


後日、マッカーサー元帥はキーナン主席検察官を呼び、天皇の不起訴を決定した。
長きに渡った東京裁判は、「全員に有罪」が下された。

 

「絞首刑」:土肥原賢二、広田弘毅、板垣征四郎、木村兵太郎、松井石根、武藤章、東條英機、の7名。1948年12月23日死刑執行。


「終身禁固刑」:荒木貞夫、橋本欣五郎、畑俊六、平沼麒一郎、星野直樹、木戸幸一、小磯国昭、南 次郎、岡敬純、大島浩、佐藤賢了、嶋田繁太郎、鈴木貞一、賀屋興宣、白鳥敏夫、梅津美治郎、の16名。
 だが、荒木、橋本、畑、星野、木戸、岡、大島、佐藤、嶋田、鈴木、賀屋の11名は、1950年~1956年に釈放されている。
  又、平沼、小磯、南、白鳥、梅津の5名は1949年~1955年に獄中死している。


「禁固20年」:東郷茂徳  1950年7月獄中死。


「禁固7年」:重光葵 1950年11月釈放。


尚、松岡洋右は1946年7月27日、永野修身は1947年1月5日、共に裁判途中で病死。
大川周明は1947年4月9日、精神鑑定により制裁除外となっている。

 

‘ 人類はなぜ戦争を続けるのか ’

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