黒沢清監督による現代人の渦巻く憎悪と因果応報のクライムサスペンス『Cloud クラウド』
■Cloud クラウド
〈作品データ〉
『岸辺の旅』や『散歩する侵略者』を手掛けた黒沢清監督が『ミステリと言う勿れ』の菅田将暉を主演に迎えて作ったクライムサスペンス映画。主人公・吉井良介は町工場で働きながら「ラーテル」というハンドルネームで転売屋で商品を安く買い叩いてネット上で高く売り捌いてお金を稼いでいた。ある日、良介が転売したハンドバッグの悪評から事態が変わり、良介の身の回りでも思わぬ事が発生する。主人公・吉井良介を菅田将暉が演じ、他古川琴音、奥平大兼、岡山天音、荒川良々、窪田正孝、赤堀雅秋、吉岡睦雄、三河悠冴、山田真歩ら矢柴俊博、森下能幸、千葉哲也、松重豊が出演。
・9月27日(金)よりTOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー
・上映時間:123分
・配給:日活、東京テアトル
【スタッフ】
監督・脚本:黒沢清
【キャスト】
菅田将暉、古川琴音、奥平大兼、岡山天音、荒川良々、窪田正孝、赤堀雅秋、吉岡睦雄、三河悠冴、山田真歩ら矢柴俊博、森下能幸、千葉哲也、松重豊
公式HP:https://cloud-movie.com/
〈『Cloud クラウド』レビュー〉
今年は既に6月にセルフリメイク作品の『蛇の道』、8月に短編の『Chime』を公開した黒沢清監督。たまたま公開が重なったとは言え長編の『蛇の道』公開から約3ヶ月半、『Chime』公開からだと2ヶ月足らずの公開となった菅田将暉主演、黒沢清監督作品『Cloud クラウド』。後半の銃撃戦によるアクションももちろんいいが、裏稼業めいた転売屋の実態や主人公を付け狙う者達の憎悪や悪意の渦巻く様子、そして不穏分子となった人々が行う凶行に見られる現代性など、
人間の闇を凝縮させたクライムサスペンス、及びスリラーに仕上がっている!
まず根幹になるのは菅田将暉が演じる吉井良介の転売屋(転売ヤー)の実態である。メインの仕事は洗濯工場だが、その仕事の片手間で転売ヤーとしてやや荒い手口で金を稼ぐ様子を見せる。商品を購入する際の強引な手段や、商品の内容が玉石混交でも己の利益優先で行う出品など、行動は常に利己的、自分本位。相手が多少痛い目に遭ってもお構いなく、器用にしたたかに転売屋という危険な橋を渡る。
しかしながら、転売ヤーもいつまでも上手くいく商売ではなく、中盤以降は良介に対する集団による凶行からクライムサスペンス、スリラーへと変貌を遂げる。一寸先は闇、因果応報を如実に描き、そこに転売ヤーという仕事の脆さ、危うさがある。
転売ヤーという仕事もしかり、中盤以降の恐怖・凶行に至った元はどちらもパソコンやスマホ一つで簡単に登録や出品をし、また何かの片手間で出来るということである。だが、結局は商品を大量に仕入れたり、一時的にストックしたり、売り出す際に商品を輸送する。これら一連の流れはわりと労力がかかり、楽とは言い難く、そこに皮肉さえ感じられる。
凶行を行う側もまた遊び半分、イベント、バイト感覚で集まる。これまでの黒沢清監督作品ならヤクザや半グレ、反社といった生業として行動する人物が遂行する所を、いわゆる市井の人々が負の感情を剥き出しに行動する。これまたパソコンやスマホで手軽に出来てしまい、またプロの集団ではないので統率や行動指針もしっかりとしてない。
この脆弱で穴があるアマチュア集団の凶行はコーエン兄弟の監督作品『ファーゴ』にも通じるし、後戻りが出来ない展開はマーティン・マクドナー監督作品『スリー・ビルボード』にも通じる。さらに加えれば主人公・良介の危うさや集団凶行に渦巻く憎悪は松本清張原作の「黒い画集」シリーズの映画作品『黒い画集 あるサラリーマンの証言』や『黒い画集 第二話 寒流』にも通じる。
それともう一つ加えると、主人公・吉井良介の副業の商売としての在り方である。物を仕入れてネット上で売り捌く転売。売ってしまえば次の別の商品を仕入れる。通常の商売なら商品の仕入れ先は変えずに継続して同じ商品を仕入れるが、ここでは一発勝負。となると、仕入れる側は仕入れ先との関係性を築かなくてもいいので、荒く、強引で、冷徹、無理な言動が出来る。
この良介の考え方は「転売屋」の商売ばかりでなく、恋人の秋子との関係もしかりだし、良介の部下になる佐野との関係も同様。どこかその場しのぎで機械的で、商売優先のように見えて自分本位な行動が目に付く。「転売屋」という特殊な商売の性質からの影響とも見れるが、そればかりではなく主人公・吉井良介のパーソナリティでもあり、また令和の現代人を表したようにも感じ取れる。
これは中盤以降の良介を狙う側も同じで、その場だけの関係なので、自分以外のことは無責任で、ちょっとしたことで揉める。また、その中に岡山天音がネットカフェで生活をするいわゆるネカフェ難民の若者・三宅を演じているが、このネカフェ難民というのもその場しのぎ、後先を考えない、お手軽に出来る。
こうした後先を顧みない言動、希薄な人間関係、「転売屋」も凶行者たちも、さらにはネカフェ難民もちょっとの知識で手軽に出来るという点に現代の闇と恐怖が伺える。
本作では主人公・吉井良介を演じた菅田将暉はこれまで『花束みたいな恋をした』や『キネマの神様』、『ミステリと言う勿れ』などで、どこか抜けている所があるが爽やかさがある青年というイメージがあった。しかし本作では金や成功に執着した卑しさと焦燥が絶えない青年と、これまでとはまるで違う菅田将暉を見せている。
まるで違ったと言えば荒川良々もこれまでの朴訥としたコメディのキャラとは違い、前半は若干嫌な感じがする町工場の社長を演じている。
『散歩する侵略者』の公開からしばらく経ち落ち着いてきた2018年からプロットに着手し、「アクションをやりたい」という黒沢清監督の思いを6年かけて映像化、公開に漕ぎ着けたという『Cloud クラウド』。結果として監督が切望していたアクションもしっかりしている。さらに言えば、香川照之の怖さと凄味が際立っていた『クリーピー 偽りの隣人』と比べると、本作は一般人が手軽に出来ながらも一歩間違えれば後戻りが出来ない、そんな欲望への執着を、黒沢清監督らしいクライムサスペンスに昇華させた。『蛇の道』(1997年版)に『クリーピー 偽りの隣人』のヤバさをさらに深め、突き詰めた。