懐古 アメリカ映画の1960年
昔の時代を慕い、アメリカ映画を年度別に振り返ってみたい。
まずは「1960年」(昭和35年)の話題作から。
「サイコ」 監督:アルフレッド・ヒッチコック 108分
まさに革命的な恐怖映画といえる。
恐怖と言っても吸血鬼でもなければ、怪獣でもない。恐ろしい怪物はどこにでもいる普通の人間の中に巣くっているのだ。
会社の金を横領して恋人のところへ逃走する途中、マリオン(ジャネット・リー)は嵐に遭う。
そこで、道から少し離れた所にあった宿、ベイツ・モーテルに泊まる。
そこの経営者は、親切で内気そうな青年だった。
名前をノーマン・ベイツ(アンソニー・パーキンス)といい、母と2人で暮らしているという。
彼の身の上を聞くうちに、金を返してやり直そうと、マリオンは心が揺れる。
だがその夜、シャワーを浴びている時に悲劇が訪れる...
原作では殺される女性の名前がメアリー・クレーンになっている。だがパラマウントが、舞台になるフェニックスの電話帳を調べた際、同姓同名があった為、マリオンに置き換えられたという逸話が残っている。
繊細な二枚目の風貌漂うアンソニー・パーキンス扮するノーマン。
だが、好青年の心中に、想像を絶する「狂気」が巣食っていたのだ。
バーナード・ハーマンの悲鳴のようなバイオリンの音色、著名なタイトル・デザイナー、ソウル・バスによるシンプルなタイトル・デザインも印象的だ。
「アパートの鍵貸します」 監督:ビリー・ワイルダー 125分
出世のために自分のアパートの部屋を上司の情事に提供するサラリーマンの悲哀を、笑いとペーソスで綴った都会派コメディの傑作。 第33回アカデミー賞・作品賞受賞。
ニューヨークの保険会社に勤めるバクスター(ジャック・レモン)は、昇進のために、4人の上司(課長)だけでなく、人事部長のシェルドレイク(フレッド・マクマレイ)にまで自分の部屋を貸し、逢引の手助けをしている。ところが部長が部屋に連れ込んだ女性は、バクスターが恋するエレベーター嬢のフラン(シャーリー・マクレーン)だった。
滑稽さと哀愁が溶けあった名演が、いつまでも心に残るロマンティック・コメディ。
ビリー・ワイルダー監督はジャック・レモンを信頼し、好きなように演じさせたという。
出世競争、不倫、自殺未遂など暗いテーマが流れるが、ワイルダー監督が得意な皮肉を随所に効かせ、味わい深く洗練された作品に仕上がっている。
まさに悲劇と喜劇が見事なバランスで融合しているといっていい。
「スパルタカス」 監督:スタンリー・キューブリック 197分
ローマ帝国時代、反乱軍を組織して将軍クラサスに立ち向かった奴隷スパルタカスの物語を、奇才キューブリックが映画化した歴史ドラマの大作。
ローマ正規軍との戦いに敗れたスパルタカス(カーク・ダグラス)は、捕らえられて張付けにされてしまう。だが、彼はクラサス(ローレンス・オリヴィエ)の弾圧的な権力に逆らって逃亡し、奴隷たちによる反乱軍を組織して政府軍と戦い、勝利を収めるのだが...。
名優カーク・ダグラス絶頂期の作品で、肉体美も素晴らしい。権力に反発し、のし上っていくスパルタカスの姿は、ダグラスの不屈の俳優人生と重なっているかのようでもある。
特筆すべきはラッセル・メッティのカメラ。
彼は、夕暮れ時や夜間撮影における白黒のコントラストを活かす名手として知られている。
クレーンを巧みに使ったショットも得意であり、大胆なカメラアングルは本作のような70ミリ超大作で活かされている。
中でも8千人のエキストラ軍隊を、二重撮影で倍にしてみせたラストの大戦闘シーンは圧巻だ。
キャストも豪華な布陣で、史劇にピッタリの面々。ダグラスをはじめ、ジーン・シモンズ(女奴隷バリニア)、ローレンス・オリヴィエ(ローマ大将軍クラサス)、チャールズ・ロートン(ローマ政界の重鎮グラッカス)、ピーター・ユスチノフ(奴隷商人バタイアタス)、ジョン・ギャヴィン(ジュリアス・シーザー)、トニー・カーティス(元クラサスの召使アントナイナス)、そして黒人奴隷ドラバを演じたウッディ・ストロードらが出演している。
「バターフィールド 8」 監督:ダニエル・マン 110分
エリザベス・テイラーが都会のコール・ガールの報われぬ純愛を演じ、アカデミー主演女優賞を受賞した作品。
ニューヨーク。モデルが本業のグロリア(エリザベス・テイラー)は、 ‘バターフィールド8番’ の電話番号で呼び出されるコールガールとしての顔も持っている。多くの男に身体を売ってきたが、心まで許せる相手は少なく、唯一本気で愛せるようになったリゲット(ローレンス・ハーヴェイ)は、妻(ダイナ・メイル)と子のある男性だった。グロリアは幼馴染の作曲家スティーヴ(エディ・フィッシャー)に心の悩みを打ち明けるが...。
この時期、エリザベス・テイラー(通称リズ)の存在は常にハリウッドの中心にあった。
だがデビー・レイノルズから夫エディ・フィッシャー(本作で共演)を横取りしたスキャンダルもあり、ファンの心は彼女から離れつつあった。
(D・レイノルズとE・フィッシャーの子が、女優キャリー・フィッシャー)
ところが63年「クレオパトラ」の撮影中に肺炎を患い、一時は「リズ死す!」の報道が広がった。
それほど生死の境をさまよった彼女に対し、一変、同上の声が高まったという。
本作でオスカーを得たものの、実際、彼女の演技は前にノミネートされた、「熱いトタン屋根の猫」(58年)や、「去年の夏突然に」(59年)のほうが、ずっと素晴らしかった。
ただ、例えはともかく ‘腐っても〇〇’の如く、リズはリズなのだ。
「エルマー・ガントリー 魅せられた男」
監督:リチャード・ブルックス 147分
1920年代の異常な宗教ブームを題材に、偽善と真実との狭間に揺れる男女の愛を描く。
主演のバート・ランカスターが、アカデミー主演男優賞を受賞した。
口が達者なセールスマンのエルマー(バート・ランカスター)は、女から女へと渡り歩く毎日を送っていたが、聖少女といわれる伝道団の教祖シスター・シャロン(ジーン・シモンズ)に恋をし、入信して団体きっての弁士となる。教祖も彼の情熱を拒みきれず、調子づいたエルマーは売春撲滅を叫び、さらに人気を得る。だが、彼を敵視する新聞記者ジム(アーサー・ケネディ)が、エルマーの過去を暴き出すのだが...。
バート・ランカスターはデビュー当時、サーカス出身の身軽さを武器にタフさを売り物にしていたが、本作で演技派への転身に成功、最も脂が乗りきっていた頃だ。
又、エルマーに犯され、売春婦に身を堕としながらも彼を愛し抜くルル役を、シャーリー・ジョーンズが体当たりで演じ、アカデミー助演女優賞を受賞している。
更に、「テネシー・ワルツ」の大ヒットで有名な、ポップス歌手のパティ・ペイジが出演している。
(教祖のひとり、シスター・レイチェル役)
「サンダウナーズ」 監督:フレッド・ジンネマン 133分
オーストラリアを舞台に、放浪への憧れと定着への夢を、壮大な大自然の中で描いた人間ドラマ。
決して重々しくなく、1200頭の羊がピョンピョン撥ねながら(飛び上がりながら)、住み家へ帰っていくシーンはとても愛嬌があり、この映画の1番の見どころと言っていい。
パディ(ロバート・ミッチャム)は妻のアイダ(デボラ・カー)と一人息子のショーン(マイケル・アンダーソン・Jr)を馬車に乗せ、放浪しながら草原を旅している。400マイル先まで羊の群れを送り届ける仕事を引き受けたパディは、目的地に着いた時、アイダから定住の希望を聞かされる。やがて、息子が手に入れた競走馬サンダウナー号で農場を買う金を稼ごうと、一家は期待を寄せるのだが...。
羊の群れを飼い犬が追っていくシーンや、コアラ、リス、カンガルーなども登場して楽しい。
又、笛を合図に、タールボーイと呼ばれる「羊の毛刈り職人」達による、バリカン(のようなもの)の毛刈りシーンも楽しそう。
デボラ・カーが生活感あふれる主婦を力強く演じているほか、ホテル経営の未亡人ファースを底抜けに明るく演じたグリニス・ジョンズ、気のいいイギリス人役のピーター・ユスチノフらが共演している。
監督のフレッド・ジンネマンの代表作に、「真昼の決闘」(52年)、「わが命つきるとも」(66年)、「ジャッカルの日」(73年)、「ジュリア」(77年)といった作品が並ぶが、本作の陽気な作風はちょっと意外な気もする。
上記以外に、「荒野の七人」という大傑作西部劇があるが、以前別枠で記したので今回は省略。
他にも「オーシャンと11人の仲間」、「栄光への脱出」、「息子と恋人」、「アラモ」といった作品が並ぶ。
1960年という年は、映画の都ハリウッドにとって大きな転換期だったかもしれない。
テレビの登場と普及もあり、古い伝統を受け継ぎつつ、新たな作風も感じられる年ではなかったか。