ひと夏のオペラとの出会いと少年の成長 『母へ捧げる僕たちのアリア』
皆さんこんにちは
椿です
今月のお題!
『夏と言えばこれを観ないと!私の夏映画』
まだ夏というには少し早い気もしますが、「夏」!と思ったときに、一発目に頭に浮かんだこの映画をご紹介したいと思いますっ。
『母へ捧げる僕たちのアリア』
でございます。
実は本作、別の作品とカップリングでご紹介記事を書こうとしていた途中だったのですが、テーマが「夏」でしたので、急遽、ご紹介のタイミングを変更いたしました。
【あらすじ】
14歳のヌールは南フランスの海沿いにある労働者階級、貧困層が住む公営住宅の一室に、3人の兄と、こん睡状態で寝たきりの母親と住んでいる。
貧しい家計を支えるため、せっかくの夏休みも家事やアルバイトをせざるを得ない。そんなヌールの日課は、帰宅後。意識のないまま寝たきりの母親に、彼女が元気だったころの大好きだったオペラの歌「人知れぬ涙」の演奏をインターネットから拾って聞かせることだった。もしかしたら、母さんが意識を取り戻してくれるかもしれない・・・。
ある日、ヌールは奉仕活動で自身の通っている学校の塗装作業に借りだされている。と、音楽室からオペラの歌声が。教室の欄間からのぞき込むヌール。そこでは、音楽部の授業で、パヴァロッティの歌う「誰も寝てはならぬ」を鑑賞中だった。引き込まれるヌール。それを発見した音楽教師のサラは、そんな彼に声をかける。14歳の男の子がオペラに興味を抱いていることが気になったサラは、彼に何か歌ってみろ、と告げると、彼は毎日母親に聞かせている「人知れぬ涙」を楽譜を見ることなく、イタリア語で歌っていることに感嘆。彼に練習に加わるよう勧める。
それからというもの、ヌールは足繁くレッスンに通うようになるが、当然バイトなども無断で休むようになり、それを知られた長兄に叱責され、やむなくレッスンに行くのをやめる。理由も言わずレッスンに出てこないサラに詰問されると、「オペラなんて金持ちの道楽じゃないか!」と激しく彼女をなじって飛び出してしまう。深く傷ついた二人。
しかし、意を決してサラはヌールのもとへ。そこで、ヌールが歌どころではない、貧困の中で生活していたことを知る。だが、ヌールは決して歌をあきらめていたわけではないと悟ったサラは、彼の家族にかけあうものの、堅物で暴力的な長兄に追い返されてしまう。
どうにか、彼の「オペラへのあこがれ」を叶えてやることはできないか・・。彼女はもう一度、長兄にかけあうが・・
果たして、ヌールはオペラ歌手への夢を踏み出すことができるのだろうか・・・。
この映画の夏要素
白い砂浜、蒼い海。ギラギラと照り付ける太陽。白壁の港町。むせかえるような夏の空気。
この作品を見ていただければ、一見しただけで、「夏の物語」だということが理解していただけると思います。思い思いにビーチでサッカーに興じる男性たち。(ヌール以外の3人の兄たちも加わっている)そのサッカーゲームを観ながら、浜辺で本を読んでる女の子に声をかけ、自分の兄について語るヌール。
その、何となくな自然児描写から、この兄弟達があまり裕福な環境にはいない、と分かります。帰宅した彼らの部屋は雑然として、冷房などないような「暑さ」が伝わってきます。
個性豊かな4兄弟の愛情
本作は、主役ヌールのひと夏の成長物語を軸に展開してゆくのですが、ヌールの3人の兄との兄弟愛を描いた作品でもあります。(邦題が秀逸!『母に捧げる僕のアリア』ではなく「僕たちの」!)
長兄アベル
一家の長男。非常にまじめで堅物。貧乏な一家をなんとかまとめあげようと奔走するが、短気で粗暴なため、力でまとめあげようとする癖があり、弟から反発もされている。冷静になれば物わかりの良い面もある。(演じるのは『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』で殺し屋を演じたダリ・ベンサーラ)
次兄ムー
粗暴な兄を見てか、心優しく兄弟間の潤滑油。暴走する兄を必死に止めることもできる男らしさもあるが、兄弟に隠れて相手は性別を問わない男娼をしており稼いだ金を生活費に入れている。
三男エディ
ぐれて一家の問題児。ヌールの稼いだ金を横取りしたり、薬物に手を出して警察の世話になったりしている。アベルとはことあるごとにぶつかっているが、弟に優しい面もみせる
彼ら4人の兄弟の生きるために必死ながらも、生き生きとした、貧乏をして悩み苦しみながらも、4人で暮らせば楽しい!という様子が非常に強く伺えます。
そして、動けなくなった母親を、「自分たちの家族は自分達で面倒をみる」という覚悟のもと、絶対に自分達で介護するんだ、どんなに貧乏をしても、母さんは僕たちが守る、という思いが絆となって結ばれています。
そういった兄弟愛で結ばれていた彼らだからこそ、ヌールが「オペラ」というある種「異世界」に踏み込んでしまうことに激しい抵抗感があったのかもしれません。
しかし、そこは深い絆で結ばれた兄弟。次第にヌールの気持ちを理解してゆきます。そして、ヌールのよき理解者であるサラの存在が、彼らの心を大きく動かすのです。
熱い信念の持ち主サラ
ヌールの才能を見出して、彼の夢をかなえるためレッスンを施し、彼の想いを遂げさせるためなら粗暴なアベルとの対決も辞さない。非常に高い信念と行動力の持ち主です。それは、彼女がオーディションにより掴んだ、オペラ『椿姫(ラ・トラヴィアータ)』の主人公ヴィオレタ・ヴァレリーに通ずるところもあります。
ヌールが彼女の手ほどきにより、歌い手として、また一人の人間として飛び立とうと成長すると同様に、彼女もまた、歌手としての自身を見つめ直し、指導者としての人の導き方を学んでゆくのです。
サラを演じたのはジュディット・シュムラ。実際にコメディフランセーズの舞台でオペラ歌手としても活動していた経歴があり、映画内の舞台での歌唱が彼女本人のものかは分からないのですが、さすが、立ち居振る舞いは見事なオペラ歌手となっています。
ヌール役の名演技
ヌールを演じたのはマエル・ルーアン=ベランドゥ。本作よりも前から様々に映画やテレビで活躍しているそうですが、とても見事な子役で、個性的な役者が揃う中、その存在感がを決して損なうことがないのもすごいです。彼自身、映画の頭と終わりでは表情から何から豊かに成長をみせています。
彼の姿を通して、ひと夏の少年の成長物語をリアルに感じさせてくれます。また、劇中のレッスン風景で彼が歌う「人知れぬ涙」や「乾杯の歌」は、実際にベランドゥ本人が歌っています。歌もだんだんうまくなっているところがたまりません。
この映画の「オペラ」たち
ヌールがパソコンを始めると、スピーカーをある寝室へ。その寝室にいたのは、意識のない寝たきりの母親。そう。4兄弟は母親を在宅介護していたのです。本当は母親には裕福な弟がいて、彼が彼女を引き取ると言っているにもかかわらず4兄弟は「俺たちが本物の家族なんだから、家族が面倒をみるのは当たり前だ」といって断固拒否しているのです。
そんな母親にヌールは彼女の大好きな歌を聞かせます。すると、長兄が「またパヴァロッティか!」と問うと「今日のは違う」と答えるヌール。「どうせ聞こえやしないんだからやめろ」と言われるもののヌールは聞かせ続けます。
貧困生活とオペラ、なんとなく相いれない雰囲気もありますが、生活の中にオペラが溶け込んでいるヨーロッパでは、オペラの音楽を聴くというのは日常なのかもしれません。
ここで聞かせる歌は、ドニゼッティ作曲『愛の妙薬」というオペラの中の「人知れぬ涙」という歌。全編、もうおバカな喜劇のオペラなのですが、何故かこの歌だけは非常に神妙で美しくもはかなげな曲なのです。ちなみに、イタリアの名歌手、ルチアーノ・パヴァロッティが得意としていた曲ですが、ここで使われていたのはジュゼッペ・ディ・ステファノの歌だと思います。
「人知れぬ涙」のディ・ステファノとパヴァロッティの聴き比べがあるのでよかったら聞いてみてください▼
ヌールが学校で耳を奪われたのは、プッチーニのオペラ『トゥーランドット』より「誰も寝てはならぬ」という歌。かつて冬季オリンピックのフィギュアスケートで荒川静香さんがこの歌で滑って見事金メダルを獲得したことで一時大ブームになりました。この歌は、もうパヴァロッティの独壇場と言ってもよく、中学生のヌールが心奪われるのも分かります。
パヴァロッティの歌う「誰も寝てはならぬ」お聞きください▼
サラが音楽の授業で生徒たちに課題を出したのですが、それは、ジュゼッペ・ヴェルディの『椿姫』。原題は「ラ・トラヴィアータ」といって「道を踏み外した女」という意です。有名な「乾杯の歌」という歌をヌールがレッスンで歌ったり、サラはオペラ歌手でもあって、舞台でこのオペラの主役を歌うシーンも出てきます。
まずは乾杯の歌(プラシド・ドミンゴ&イレアナ・コトルバス)▼
続いて、椿姫のアリア「花から花へ」(アンナ・ネトレプコ)▼
はいっ、
またまた、いつものとおりの長文駄文ですが、本当に素敵な映画ですので、是非一度ご覧いただきたいと思います。TSUTAYA DISCUSでレンタル在庫を見たのですがなさそうでした。円盤になってないのかな??
配信ではUNEXTで見ることが可能ですので、是非ごらんいただき、オペラの音楽の美しさを堪能いただきながら、ひと夏の少年の物語を楽しんでいただけたらと思います。
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投稿を表示知りませんでした。是非観たいです。ドニゼッティの「愛の妙薬」(略して、愛妙)は、オペラブッファとオペラセリアの要素をもっている人気作品ですね。
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