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取材・イベント

J.T.Hammer
2025/03/29 08:31

新たなノンバイナリーフィルムの誕生

ヘイトクライムによる暴行事件で心に深い傷を負ったクィアが恩讐を越えた先に見つけたものとは、、、


サウス・ロンドンの一角で女装演技者として絶大な人気を誇るジュールズはショー終了後の晩に同性愛嫌悪の男から謂れなき暴行を受ける。この事件に遭遇して以降心を固く閉ざす彼女だったがふと訪れた発展場にて加害者の男と出会ったのをきっかけに複雑な感情を伴う運命の歯車が回り出す


タイトルの「フェム」とは俗語で同性愛関係における女役を指す。ただ、ジュールズのなかには一部オム的な側面が窺える点を考えると(劇中、周囲の目を欺くためヘテロセクシャルの如く振る舞う場面での姿は堂々たるもの)単にゲイと云うより既存の性別に当てはまらないクィアに近いような気もする。パフォーマンスショーのMCが彼女を称してジェンダーを超えた存在と紹介するがまさにその言葉通りだ。ジュールズの内包するこうしたアンドロギュノス性は本作が他のゲイムービーと一線を画す大きな要因にもなっている

独自の表現方法を持ち全てを解き放つジュールズと、セクシャルな本質を隠すため粗野な行動を取ることでしか己をアピール出来ない加害者プレストン。被害者と加害者の立場での両者の交わりは今村昌平「赤い殺意」を彷彿とさす。あの作品では旧態依然とした価値観が幅を利かす田舎暮らしの主婦が自分を辱めた男と密会を重ねる過程で或る種の人間的逞しさを身につけ夫や家庭から自立する様子を描いていたが、この「フェム」の根底にも何となくそれと似たラインが流れている風に感じられなくもない

高い評価を受けた短編映画をもとに物語の枠組みを拡げ、終始緊張感の続く長編ドラマへと昇華させた監督コンビの手腕が光る。筋書のうえで重要な役割を果たすキーアイテムを始め小物の使い方も絶妙だ。今後益々の活躍が期待される

本作を形容するには「リベンジ・クライム」「サスペンス・スリラー」「ゲイ・ラブストーリー」などのワードが思い浮かぶものの様々な要素がミクスチャーされた内容であるがゆえどれかひとつに絞るのは難しい。強いて挙げるならば決まった定義に縛られない「ノンバイナリーフィルム」とするのが相応しいのではなかろうか。何れにせよ、多様性の時代を生きる我々にとっては興味深い題材にして見逃せない一作である


© British Broadcasting Corporation and Agile Femme Limited 2022
  • "Femme"(2023) 英 98分
  • 監督:サム・H・フリーマン、ン・チュンピン
  • 脚本:サム・H・フリーマン、ン・チュンピン
  • 撮影:ジェームズ・ローズ
  • 編集:セリーナ・マッカーサー
  • 音楽:アダム・ヤノタ・ブゾウスキ
  • 出演:ネイサン・スチュワート=ジャレット、ジョージ・マッケイ
  • 配給:クロックワークス
  • 劇場公開日:2023.12.01(英) / 2025.03.28(日本)

今回オンライン試写を通じ劇場公開より一足早く新作映画に触れる機会をいただき誠に有難うございます。本記事執筆に関しましては一応小生なりに「宣伝」と云う部分を意識しながら臨んだつもりです。拙文で申し訳ございませんが何卒宜しくお願い致します〈 J.T.Hammer 〉      

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