懐古 アメリカ映画の「1981年」
昔の時代を慕い、アメリカ映画の名作を年度別に振り返っている。 「1960年」を初回に、前回「1980年」まで21回にわたって当時の名作に触れてきた。
今回は、父と娘の和解をテーマとした「黄昏」や、2人の若きヒットメーカー、スティーヴン・スピルバーグとジョージ・ルーカスが組んだ冒険映画「レイダース/失われた聖櫃<アーク>」が公開された「1981年」(昭和56年)の話題作をご紹介したい。
「黄昏」 監督:マーク・ライデル
アーネスト・トンプソンの舞台劇を映画化、老夫婦と娘一家のひと夏の出来事を綴った人間ドラマ。


引退した大学教授ノーマン(ヘンリー・フォンダ)は間もなく80歳になる。今年も妻エセル(キャサリン・ヘプバーン)と共に、ニューイングランドの湖畔の別荘にやって来た。気丈で思いやりのある妻は、心臓が弱って老化が進む夫が心配だが、穏やかな愛情をもって支えていた。そんなある日、2人のもとに、家出したまま結婚にも失敗した一人娘のチェルシー(ジェーン・フォンダ)が、新しい婚約者のビル(ダブニー・コールマン)と、13歳になる前夫との子ビリー(ダグ・マッケオン)を連れてやって来る。しかし、親子間の葛藤があった父は、彼女を素直に迎えることが出来なかった....
<実生活でも心が離れていたヘンリー・フォンダとジェーン・フォンダが和解した映画>
名優ヘンリー・フォンダと2度目の妻フランシスとの間の子が、ジェーン・フォンダ、ピーター・フォンダの姉弟なのはよく知られている。幼い頃、父の浮気を引き金に母が自殺するという悲劇を味わい、父を憎んだが、やがて父と同じ俳優の道へ進んだ姉弟。長い時間を経て、屈折した親子は和解したものの、その時偉大なる父ヘンリーの命は消えつつあった....そんな愛憎劇のフィナーレを飾ったのが本作である。
フォンダ親子の白熱した演技を余裕でかわしたキャサリン・ヘプバーン(出演時74歳)は、史上初となる4度目のアカデミー主演女優賞を手にし、本作を境に一線から退いた。
一方、無冠の帝王だったヘンリー・フォンダ(出演時76歳)は、本作で念願の主演男優賞を受賞したが、心臓病により本作(遺作)から5ケ月後に世を去った。
長年反抗的だった娘ジェーン・フォンダは、舞台劇の映画化権を手に入れ、父に主演の座をプレゼントした。アカデミー賞授賞式の会場に父の姿はなかったが、ジェーンは病床の父に向ってスピーチした。 ‘私はとても幸せ、あなたを誇りに思う’ と。
「レッズ」 監督:ウォーレン・ベイティ
ロシア革命の時にモスクワに滞在し、ルポルタージュ「世界を震撼させた10日間」を書いた米国人ジャーナリスト、ジョン・リードの伝記映画。


ハーバード大学を卒業して新聞記者になったジョン・リード(ウォーレン・ベイティ)は、国際労働者同盟の闘争を取材するうち、政治運動に目覚めていった。一方、作家志望のルイーズ・ブライアント(ダイアン・キートン)は、彼の演説に共鳴して夫を捨て、互いの立場や自由を尊重するという約束のもとにリードと同棲を始める。やがて第一次世界大戦が始まり、リードは革命気運の高まるロシアこそが活躍の場だとみて、モスクワへ旅立ったのだが...。
前年、俳優ロバート・レッドフォードが「普通の人々」を監督して話題となったが、この年は同じく俳優のウォーレン・ベイティが初監督作品として「レッズ」を発表した。
ただ、3時間16分と上映時間も長く、かなり複雑な構成となっているのも事実。
前衛劇を志向する劇作家ユージン・オニール役にジャック・ニコルスン、女性解放運動をリードするエマ・ゴールドマン役にモーリーン・ステイプルトンが出演している。
特に後者はブロードウェイでも活躍し、古典からコメディまでこなすベテラン女優。アカデミー賞では58年の初ノミネート以来3度候補に上り、4度目の正直(本作)で助演女優賞を受賞した。
製作当時はまだ米ソ冷戦下でソビエトロケはならず、撮影はイギリス、スペイン、北欧などで行われた。
「レイダース/失われた聖櫃<アーク>」
監督:スティーヴン・スピルバーグ
2人のヒット・メーカー、スティーヴン・スピルバーグが監督し、ジョージ・ルーカスが製作総指揮を務めている。特にルーカスが設立したSFX専門会社が手掛けたSFXは見事で、ラストシーンは観客の度肝を抜いたことだろう。


時は1930年代。考古学者インディアナ(インディ)・ジョーンズ博士(ハリソン・フォード)は、軍情報部の依頼で、モーゼの十戒を収めた伝説の秘宝・聖櫃<アーク>探しの旅に出る。ヒマラヤで恩師の娘マリオン(カレン・アレン)と会い、埋蔵地の手掛かりを得るが、ナチスのスパイに邪魔をされてしまう。カイロへと飛んだジョンズは、遂に埋蔵地を突き止めるが、ナチスにマリオンが捕らえられてしまう。ジョーンズは海を越え、聖櫃の後を追った。しかし聖櫃はナチスの手によって開封されるのだが...。
ペルーの山奥にある墓所から、ジョーンズが数々の罠をすり抜けて秘宝を入手するまでの息詰まるサスペンスと、秘宝を手に入れた後の巨大な石球に追いかけられるダイナミックなアクション。
さらに、インディオの毒矢から逃れて飛行機で脱出するまでは、息もつかせぬテンポで一気に見せている。
まるで「007」を彷彿させるかのような序章、このスピード感が終始持続、つまり ‘ジェット・コースター・ムービー’ たる所以である。
本作以降、「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」(84年)、「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」(89年)と、シリーズ第2作、3作が製作され、更に第4作の「インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国」(08年)も製作された。近年では「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」(2023年)が公開されている。
「郵便配達は二度ベルを鳴らす」 監督:ボブ・ラフェルソン
ジェームズ・M・ケインの同名小説を映画化、暗鬱な時代に生きる男と女の情欲と運命を描く。
39年版、43年版、46年版に続き、本作が4度目の映画化である。


不況下の1930年代。浮浪者のフランク・チェンバース(ジャック・ニコルスン)は、職を求めてロサンゼルスに向かう途中、カリフォルニアの町はずれに建つガソリン・スタンド兼カフェに立ち寄った。店の主人でギリシャ人の中年ニック・パパダキス(ジョン・コリコス)は、フランクが機械技術者と知って、ここで働かないかと彼を誘い、フランクは主人の妻コーラ(ジェシカ・ラング)の肉体に惹きつけられ、それを承諾する。数日が過ぎ、主人の留守中にフランクは調理場でコーラに襲い掛かった。その後も何食わぬ顔で、ニックの目を盗んでは情事を重ねるが、そういった関係が長く続くはずはなく、ある日、2人に恐ろしい考えが浮かぶ...。
流れ者のフランクに扮したジャック・ニコルスンもさることながら、彼と関係を持つ主婦を生活感をにじませながら扇情的に演じたジェシカ・ラングが印象的だ。
彼女は過去の同名3作品よりも、さらに「女の情念」、「強欲さ」を強調した演技にあえて挑み ‘キング・コングの恋人’ のイメージを吹き飛ばした。
本作で勝負に出た彼女は、以降、「トッツィー」(82年)でアカデミー助演女優賞を、「ブルースカイ」(94年)で同・主演女優賞を受賞し、大女優としての風格を漂わせている。
共演陣ではアンジェリカ・ヒューストンをはじめ、弁護士役でマイケル・ラーナー、その助手役でジョン・P・ライアンが脇を固めている。
「ニューヨーク1997」 監督:ジョン・カーペンター
廃墟と化した世紀末のニューヨークを舞台に描かれる近未来SFアクション。


300万人の囚人を収容する大監獄・マンハッタン島には、監視塔の「自由の女神」がそびえ立ち、刑務所長ボブ(リー・ヴァン・クリーフ)らが常駐している。そこへ過激派に乗っ取られた大統領専用機が不時着し、大統領(ドナルド・プレゼンス)がデューク(アイザック・ヘイズ)を首領とする一味に捕らえられる。彼らの要求は囚人全員の即時釈放で、政府の特命を受けた凶悪犯スネーク(カート・ラッセル)が、恩赦と引き換えに大統領救出のために島へ送り込まれるのだが...。
邦題タイトルどおり、舞台は1997年のニューヨーク。
1981年の映画であるが、16年後のニューヨークを描いているのだ。エネルギー危機によって米ソが開戦し、なんと第三次世界大戦が終結しようとしている頃の設定である。
マンハッタン島の周囲は高い壁に阻まれ、すべての川には電流が流れている。
スネークの頸動脈にはニトログリセリンが注射されており、24時間以内に大統領を救出しなければ、炸裂する仕組みだ。
出演時30歳とまだ若いカート・ラッセルを、ベテラン俳優陣が盛り立てている。
前述のドナルド・プレザンスやリー・ヴァン・クリーフ(相変わらずのハゲタカ人相)に加え、囚人役のアーネスト・ボーグナインにハリー・ディーン・スタントン(2人はスネークに協力する)、さらにエイドリアン・バーボーが囚人の情婦役で出演している。
彼女はカーペンター監督と5年間、夫婦だった。そして、ジェイミー・リー・カーティスがオープニングナレーションで声の出演を果たしている。
96年には再びカーペンター監督とカート・ラッセルコンビで、本作の続編「エスケープ・フロム・L.A.」が製作されている。
「告白」 監督:ウール・グロスバード
刑事と神父という全く別種の職に就いた、貧しいアイリッシュ・カソリックに生まれた兄弟の愛憎と宿命を描いている。


アイルランド系アメリカ人の兄トム・スペラシー(ロバート・デュヴァル)と、弟デズモンド(ロバート・デ・ニーロ)。神父として将来を嘱望されていたデズモンドは、悪徳建設業者ジャック・アムステルダム(チャールズ・ダーニング)と闇の関係を続けていた。そこへ娼婦惨殺事件が発生し、刑事であるトムは捜査を進めるうちに、デズモンドの教会の腐敗に気づく。彼は、弟の破滅につながることを承知のうえで、教会追及の手を伸ばすのだが...。
兄弟愛を描いた作品だが、教会運営に絡んだ建設業者の大物と取り巻きの面々の暗躍、売春婦の殺人事件など、ドロドロとした事件が絡んだストーリーが展開していく。
派手なアクションはないが、登場人物それぞれの個性が極めて繊細に描かれている。
チャールズ・ダーニングが娘の結婚式で踊るシーンはユーモラスだが、レストランでデズモンドを挟んでトムとやりあう場面は迫力がある。
ロバート・デュヴァルの圧倒的な迫力に押され、デ・ニーロの印象度は弱いが、名優二人の競演は贅沢である。
トムの相棒刑事フランク・クロティ役のケネス・マクミランが非常にいい味を出しているほか、スペラシー兄弟の母親(病床に伏して登場)に扮しているのは、ジャネット・ノーラン。「復讐は俺に任せろ」(53年)での演技が忘れがたい女優だ。
ラストシーンは心温まるエンディングとなっている。
上記に挙げた以外の映画では、「スクープ/悪意の不在」、「ミスター・アーサー」、「目撃者」、「泣かないで」、「狼男アメリカン」、「ラグタイム」、「死霊のはらわた」といった作品が思い浮かぶ。