戦う女神たちの青春と非日常の祭りの世界『極悪女王』
《『極悪女王』追加レビュー》
9月12日に後楽園ホールで行われた「ネットフリックスシリーズ『極悪女王』配信記念イベント ネトフリ極悪プロレス」において光輝いていたのはゆりやんレトリィバァや唐田えりか、剛力彩芽といった女優たちと、ダンプ松本や長与千種など同イベントにゲストとして呼ばれた全日本女子プロレスのレジェンドOGたちだった。
それと、白石和彌総監督がトークショーで
「俺はある意味何もしてない」
と言っていたのが印象的だった。
そう考えると、ボクはレビューにおいて『極悪女王』を白石和彌総監督のカラーの作品として作品の特徴を書いたが、やはりそれだけでは物足りないので、再考察してみた。
確かに、『極悪女王』はゆりやんレトリィバァが演じる松本香がダンプ松本になる少女の成長記と覚醒、家族の物語であり、その中で1970年代から80年代という時代と全日本女子プロレス(注:劇中では全日女子プロレス)を風景、バックボーンとして描いてきた。
そして、松本香=ダンプ松本と同じ時代を共有した憧れの大先輩ジャッキー佐藤とマキ上田、道場・試合において怖い先輩であったジャガー横田、デビル雅美、ジャンボ堀、切磋琢磨をした長与千種、ライオネス飛鳥、大森ゆかり、クレーン・ユウ、後輩のブル中野。やはりここをしっかりと語らないといけない。彼女らを語らないのは例えるならば、高校ラグビーの弱小高校が全国大会を制覇したドラマを描いたテレビドラマ「スクール☆ウォーズ」で言えば、実際にラグビーをやっていた川浜高校の森田や大木、イソップを語らずに「スクール☆ウォーズ」を語るようなものである。
なので、改めて書いてみた。
まず、今回の彼女たちのドラマで目につくのはオーディション、プロテスト、デビュー戦、レスラーとしてのブレイクといった彼女らが目指す所への競争や先に行った者に対するジェラシーである。その根本には先に入団した者が先輩、後から入団したものが後輩になり、先輩の命令・指導が絶対の厳しい年功序列社会がある。それが全女である。
これは今の日本社会においても多少は残っているが、特にこの映画で描かれた1970年代から80年代、つまり昭和50年代から60年代の日本の社会においては、
大手企業は終身雇用制で年功序列が当たり前の世界だった。
それは大人の社会ばかりだけではなく、中学、高校、大学の部活動はもちろん、暴走族の先輩・後輩なども縦社会が非常に厳しかった。そこから脱出するには「強くなる」、または第2話で阿部四郎が松本香に言っていたようにお金を稼ぐようになる。それが松本香や長与千種、ライオネス飛鳥らがひたむきにプロレスをやっていた原動力になる。だからこそ、つらい練習や先輩らの厳しい仕打ちに耐える。
さらにそこを耐え抜く者同士の、
少女らの青春とも言えるシーンが印象的である。
特に多かったのが松本香と長与千種の落ちこぼれた二人のシーンである。二人で空き瓶を集めたり、阿部四郎からもらったホテルのビュッフェのタダ券でビュッフェをたらふく食べたり、ディスコに行ったりなど、まさしく二人だけのひとときの青春が見られる。
松本と長与のシーン以外にも、デビル軍団の一員としてヒールになった松本香と本庄ゆかりが試合で使う凶器を買うためにホームセンターに行くシーンなんかも少しエモーショナルである。
これらと並行しながら、ジャッキー佐藤やジャガー横田、クラッシュ・ギャルズ、ダンプ松本といった歴代のトップレスラー達は単に試合や練習だけではなく、松永高広、国松、俊国といった全女上層陣との思惑と選手本人の自由意志の軋轢の駆け引き、戦いがある。
女子レスラー達にはこう戦いたいという理想があるが、松永兄弟らは会社として儲けたいという欲望が強く、そこで方向性にズレが生じ、摩擦を起こす。この駆け引きは松永兄弟対女子レスラーたち以外でも松永兄弟対全女の試合を中継するトヨテレビともあるが、作品の中心はダンプ松本及びクラッシュ・ギャルズを含めた女子レスラー達になるので、松永兄弟対女子レスラー達の駆け引きの方がストーリーのウェートを占めている。
この時に出てくるキーワードの一つに「ブック」というのがある。これはプロレスの試合における勝敗の事前取り決めのこと。全女は基本的には事前取り決めなしのガチンコ(=ピストル)が多かったことでも有名だが、テレビで中継するようなビッグマッチにおいては商業上でこの「ブック」(もしくは「アングル」)が使われる。これは以前ならプロレスラーやプロレス団体に関わる方ならあまり見せて欲しくない描写だが、1999年に製作、2001年8月に日本でも公開した『ビヨンド・ザ・マット』や新日本プロレスの元レフェリーのミスター高橋の著書「流血の魔術 最強の演技」のおかげで、以降ミッキー・ローク主演、ダーレン・アロノフスキー監督作品『レスラー』で控え室で「ブック」を確認するシーンがあるように当たり前の描写になった。『極悪女王』ではこれを堂々と描き、松永兄弟と女子レスラー達の駆け引きのタネになっている。
こうしたフロントとレスラーの駆け引きや、厳しい試合や練習、縦社会で繰り広げられる世界を展開しているが、プロレスマニアが伝聞で聞く先輩・後輩間におけるジメジメとしたいじめのシーンは最小限にし、常に上のポジション、さらなるブレイクを目指す女子レスラーの激しい攻防を随所で見せているので全体的にはどこか爽やかでスカッとするものがある。
そして、このドラマで非日常のエッセンスをふんだんにまぶしている。そもそも、プロレスそのものが非日常のものであるが、これについてはこれだけで深い考察を要するので、ここではこのドラマならではの非日常を2つ挙げたい。
一つはこのドラマにはほぼ全話でプリティ太田やミスター・ブッタマンといったミゼットレスラーが当時のミゼットレスラー役で出ている。全日本女子プロレスでは団体設立当初から女子プロレスとミゼットプロレスの二本柱で行い、それは団体がなくなるまで受継がれていた。もちろん、メインキャストではないから彼らの試合シーンはないが、序盤で転んで泣いている少女・松本香をプリティ・アトムが助けて、全女の興行が行われているテントに誘い、少女を女子プロレスの世界に誘(いざな)っている。
これだけでなく、他にもオーディション会場や試合会場において、女子レスラーらを誘導したり、見たこと聞いたことを松永兄弟に伝えたりなど細々とした橋渡し役を担っている。こうしたちょっとしたことで全女という名の非日常・異世界を演出している。
それと、全女の試合会場では必ずと言っていいほど
屋台の焼きそばがある。
他のプロレス団体でも焼きそばを売っていることもあるが、全女の焼きそばはその中でも有名。ミゼットレスラーがその店頭にたったり、時には社長の松永高広が率先して焼きそばを売っている。確かに美味しいが、特別なご馳走とは言い難い。屋台の定番の食べ物だが、屋台の焼きそばがあることでプロレスの会場がより“お祭り”の感じが増して見える。それもたこ焼きでもお好み焼きでもチョコバナナでもフランクフルトでもなく、焼きそば一択というのがまたシンプルでいい。材料費、作る手間暇と時間をおいても若干冷めるがそこそこ美味しいし、嫌いという人も聞いたことがないし、買う側もリーズナブル。
けど、全女の焼きそばはなんとなく名物にはなっていたが、それ以上は売ってない。それだけ名物だったら一時期全女が経営していた新宿歌舞伎町にもあったカルビ丼屋「SUN族」でもメニューに取り入れれば面白かったのに。焼き肉ビュッフェの「SUN族」にはひょっとしたらあったのかもしれないが、結局プロレスマニアの間での知る人ぞ知る名物に落ち着いていた。
ということで、今回は前回のレビューとは別視点の『極悪女王』を色々考察してみた。