令和に蘇った根岸吉太郎ワールド!『ゆきてかへらぬ』
■ゆきてかへらぬ

《作品データ》
『遠雷』や『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~』の根岸吉太郎監督の16年ぶりの新作は詩人・中原中也と女優・長谷川泰子、文芸評論家・小林 秀雄による実話ベースのラブストーリー。大正12年の冬の雨の日に、詩人の中原中也は女優の長谷川泰子と知り合い、間もなくして同棲する。二人は京都から東京に引っ越すと、中也の友人で文芸評論家の小林秀雄が二人の家に遊びに来るようになり、泰子の様子に変化が見られる。長谷川泰子役を広瀬すず、中原中也役を木戸大聖、小林秀雄役を岡田将生が演じ、他田中俊介、トータス松本、瀧内公美、草刈民代、カトウシンスケ、藤間爽子、柄本佑が出演。
・2月21日(金)よりTOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー
・配給:キノフィルムズ
・上映時間:128分
【スタッフ】
監督:根岸吉太郎/脚本:田中陽造
【キャスト】
広瀬すず、木戸大聖、岡田将生、田中俊介、トータス松本、瀧内公美、草刈民代、カトウシンスケ、藤間爽子、柄本佑
公式HP:https://www.yukitekaheranu.jp/
《『ゆきてかへらぬ』レビュー》
2000年代は『透光の樹』、『雪に願うこと』、『サイドカーに犬』、『ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜』とコンスタントに監督作が公開されたが、なぜかしばらく監督作品がなく、16年ぶりの監督作品になった根岸吉太郎監督作品『ゆきてかへらぬ』。その久しぶりの根岸吉太郎監督作品は大正末期から昭和のはじめの時代と中原中也・長谷川泰子・小林秀雄といった文化人の熱気がムンムンの中、
「好き・愛してる」が行き過ぎた男二人女一人のドロッドロな愛憎劇に仕上がっている!

大正12年冬に京都で詩人・中原中也と女優・長谷川泰子が出会ってから、京都でしばらく過ごした後に東京に引っ越し、この二人の中に文芸評論家の小林秀雄が入って来て、関係がおかしくなる、というもの。ストーリーの大半は男二人女一人の三角関係をひたすら見るシンプルな展開だが、これを時代の空気・風景と俳優の演技で見せる。


それも長谷川泰子の中也に対するジェラシーの持ち方が明らかに変だし、その対処というか晴らし方もおかしいんだけど、さらにこれに対しての中也の行動も希行そのもの。

長谷川泰子を演じる広瀬すずは序盤の奔放な感じはいつもの広瀬すずという感じだが、ストーリーが進むにつれて徐々に壊れていく様はお見事。彼女が壊れ、乱れるにつれ愛憎劇が色濃くなる。


下宿先の賃宿や中原中也や小林秀雄の住まい、洋食レストランやカフェ、ダンスホール、遊園地など、大正末期から昭和初期の時代の空気と、中原中也と小林秀雄による文芸文化の世界観をとにかく存分に味わえる。加えて、中原中也&長谷川泰子、小林秀雄らの関係・愛憎劇はフランソワ・トリュフォー監督作品『突然炎のごとく』やジャン=リュック・ゴダールの初期の作品に通じる。考えてみれば、ゴダールの『気狂いピエロ』ではアルチュール・ランボーの詩が散りばめられているし、中原中也と小林秀雄と言えばそれこそ共にランボー詩集を翻訳している。それぞれの映画の本質は違うがランボーと主要人物の「狂い」は時代を超えた奇妙なシンクロニシティと言いたい。



もちろん本作はまさしく『遠雷』や『ウホッホ探検隊』の根岸吉太郎監督作品であり、それは雨や雪、散る桜、枯れ木といった天候・植物を映す美しさにもある。またそれを脚本の田中陽造が鈴木清順監督の「(大正)浪漫三部作」の脚本を手掛けた頃に書いた脚本というのも十分に染みている。平成に公開された『透光の樹』や『ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜』も本作と同じく根岸吉太郎監督✕脚本・田中陽造だが、この二作を遥かに凌ぐ手応えで、
広瀬すずや木戸大聖、岡田将生といった若い俳優のおかげで令和の根岸吉太郎監督作品を存分に楽しめた!


