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私の好きな映画

桃田享造
2023/03/10 12:20

映画館トラウマ

映画館はこわいところ

 

 虫プロとヘラルド映画が提携し、大人のためのアニメーションという企画で「アニメラマ」と名付けられたシリーズの2作目が『クレオパトラ』。公開が1970年なので、わたしはちょうど4歳になる頃だった。原案・構成・監督は手塚治虫。ちなみにエリザベス・テイラーの『クレオパトラ』のアニメ版などではなく、今の若い人が理解したり、楽しむためには、当時流行したギャグやキャラクター、漫画、社会情勢、古典、赤穂事件、さらにローマ史などを事前学習してからの方が良い。でないと誤った評価を下してしまう。「何この映画、意味わかんないシーン多すぎる」

見ての通り大人向き

 4歳になろうかという子がこの映画を満喫できるわけないのに、わたしは祖父と祖母と一緒に行きたいとゴネたらしい。祖父がわたしを連れて行くことになった。

 大阪のミナミ、なんば駅の真正面に南街会館という東宝系の、今でいうシネコンのような建物があった。当時、松竹は道頓堀、東映は千日前と縄張りが決まっていて、キタの梅田に陣取っていた東宝がミナミの拠点にしたのがこの南街会館だった。わたしが子供の頃はここが日本で一番大きなシネマスコープを上映していた。建物内には5スクリーンあって、その中で最も大きい816席ある南街劇場で『クレオパトラ』が封切られた。

 夕方の回で席につき、上映が始まっていくらか過ぎた頃、わたしは祖父におしっこがしたいと言った。子供を映画に連れて行くとだいたいこうなる。

 祖父がわたしの後ろに立ち、チャックを降ろし、わたしに小便をさせた。そして終わった時、なぜかわからないが祖父は注意を怠った。チャックからまだわたしの小さなちんちんが出ているにもかかわらず、思いっきりチャックを引き上げたのだ。

 「ギャーーーー!!」

 映画館に響き渡るわたしの鳴き声。慌てた祖父は、ちんちんの皮を噛み込んだ半開きのチャックのまま泣きわめくわたしを抱きかかえて映画館を飛び出した。後で聞くところによれば、母がタクシーで迎えに来て、そのまま病院へ連れて行き、取り外す手術をしたということだ。 

 この時のちんちんの傷あとは、今でも残っている。この傷をわたしは「映画の聖痕〈スティグマータ〉」と呼んでいる。

 

 『バーディ』と『アナザー・カントリー』2本立て

 

 当時大学生だったわたしは、『ミッドナイト・エクスプレス』で衝撃を受けたアラン・パーカー監督の新作『バーディ』が名画座に降りてきたので息巻いて出かけた。『アナザー・カントリー』、通称「アナカン」と二本立てで学生600円。

 『バーディ』はベトナム戦争で精神的に病んでしまい、自分を鳥だと思い込んで心を閉ざしてしまった青年バーディ(マシュー・モディン)と、彼の心を開き、再起させようとするベトナム負傷兵のアル(ニコラス・ケイジ)の交流を描く。

アートワーク良ければすべて良し

 小さな劇場だったが、ガラガラ。わたしは中央前から5列目あたりを今日のグリーン席と決め、右側にリュックを置いた。 

 アラン・パーカーのシャープな演出、色調、鳥の視点になって自由に町を飛び回る斬新なカメラ、ピーター・ガブリエルの音楽、どれも素晴らしかった。ただ、透明感あるマシュー・モディンに比べて当時20歳、アク抜きしていないニコラス・ケイジの濃さ、えぐ味、塩気の強い磯の香りがして、この頃はまだケイジ兄さんを好きになれずにいた。

 あの「絶対に言ってはいけないラストシーン」に大満足したわたしは予定にはなかった「アナカン」も観て帰ることにした。 

イギリス映画あるあるの寄宿舎映画

 『アナザー・カントリー』は30年代の英国パブリックスクールを舞台に、あることで復讐心を抱いた主人公がひねくれにひねくれてやがて祖国を裏切り、ソ連のスパイになるという話。ルパート・エヴェレットは当時美少年だと騒がれて、ちょっとしたスターだった。

 

 見始めてだいたいわかってきた。案の定、これはわたしの「嫌し系映画」だった。

 

 5分、10分とたつとだんだん眠くなってきた。わたしはこういう場合、無理せず寝る。「アナカン」のように途中で寝てしまった映画はそのままわたしの中で「漬物映画」として長期間熟成され、いつのまにか「見終わった気分で感想まで言えちゃう」まで発酵する。「嫌し系映画」かつ「漬物映画」に認定した以上、心置きなく安眠できる。

 

 何かものすごく汗臭い臭いがしてハッと目覚めたわたしはギョッとした。ほとんど観客のいない中で左隣りに不気味な男が座っているのだ。そして物凄く臭い!しかもわたしの右股に手を置いている。60前後で安定していた心拍数が一気に140台に駆け上がった。わたしはリュックを掴むと廊下に飛び出した。

 

 空席の映画館がこわい。このインシデントはその後長きにわたり、わたしを苦しめたのだった。

 

 

  

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2 件の返信 (新着順)
桃田享造
2023/03/10 14:55

シモ坊さん、いつもコメントありがとうございます。わたしの漬物映画には他にも『天井桟敷の人々』とか『民衆の敵(マックィーン)』、最近では『ファニーとアレクサンドル』など、ほど良い漬かり具合になってきております。『遙か群衆を離れて』は長い間漬け込んでおりましたが、仕事の関係で食べまして、非常に美味しかったです。

シモ坊
2023/03/10 13:23

「漬物映画」として発酵し熟成する。
面白いじゃないですか。実際見るより、
評価良くなっちゃったりして。