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私の好きな映画

桃田享造
2023/10/30 09:54

昭和の異様な熱気のサスペンス『首』

 たぶん北野武監督の新作に乗っかりでもしなければリリースされなかったっぽい、森谷司郎監督、橋本忍脚本作品『首』。(だとしても間違えて買う人いるかね)

 同じ橋本忍脚本作品の『幻の湖』より見た人は少ないはず。何せ、名画座はおろか、VHS、DVDにもならず、ここに来てようやくパッケージ化されたくらいの幻の作品だった。この時期、もう一本レア作品だった『白と黒』というまた濃厚なサスペンス映画も橋本忍脚本作品としてリリースされた。この2本は、古い昭和日本映画の復刻としては、「美味しい」以外の何でもないので機会があればご覧になる事をお薦めする。

 いずれも小林桂樹が主役で、『首』では弁護士を、『白と黒』では検事を演じている。最近の表現をすればこの人はカメレオン俳優で、ジャンルを問わず説得力ある素晴らしい演技を見せてくれる。

 さて若い映画ファンの方たちであっても橋本忍の名前は知っていると思う。『砂の器』『八つ墓村』『七人の侍』『八甲田山』、キラ星のような名作を世に放ち、晩年は『幻の湖』のような、いわば橋本忍版『大日本人』的な、観客より自分用に作ってしまったスケール感のデカい大天才脚本家である。

 わたしは直接の面識は無かったが、90年代の終わり頃、『八甲田山』のDVDをグループ会社から復刻した事もあって橋本先生と懇意にして頂いていた時期があった。当時まだ普及途中だったDVDプレイヤーとかを先生宅まで運んで許諾を得たらしい。

 

 『首』は、戦時下の混乱を背景に警察の隠蔽工作に挑む弁護士の熱気を描く法医学サスペンス、いや、社会正義や法医学は小道具のようなもので、本質は心理サスペンスだとわたしは感じる。

 

 あらすじをかなり短く説明すると、、

 昭和十八年、戦時中警察の日常的なパワハラ疑惑のある村で、一人の鉱夫が賭博容疑の取調べ中に脳溢血で急死する。その死因に不審な点があるというので、鉱夫たちから相談を受けた弁護士は、拷問死ではないかと疑念を抱き、本件を徹底的に調べる決意をする。

 この事を知り合いの法医学者に話すと、「頭部を解剖したらすぐに判明する」と言われる。しかし遺体はすで土葬のあとで、それを運ぶとなると警察の妨害に合うに違いない。さすがに無理かと思われたが「頭だけ持ってくればいい」と予想外の返答。そこで極秘に遺体を掘り出して首を切断し、東北から東京まで汽車で運ぶという、社会派+法医学+サスペンス作品。

  

 事件のあらましが映像で説明されるところはわたし好みで、登場人物のキャラも俳優も好き。検察側の神山繁、解剖担当医の大滝秀治、この二人は、出番は少ないものの存在感が大きい。

 後に「太陽にほえろ」にレギュラー出演する下川辰平が村側の「純朴ないい人」で、神山繁が事件を隠蔽する側の「目つきの鋭い、ずる賢そうな人」という分かりやすいキャスティングも良い。

 また「正義漢の塊のような人」に見える小林桂樹の演技が味わい深く、この時代の日本映画のコクと旨みがたっぷり満喫出来る。不思議と次も小林桂樹ものが観たくなるのだ。

 

 これは若い映画ファンの方はピンと来ないのを充分分かった上で書くのだが、昔、黒澤明が「隠し砦の三悪人」のシナリオ作成作業にあたり、「絶対に突破出来ない砦」を考えるチームと、「そこを突破する方法」を考えるチームに分かれて脚本製作に注ぎ込んであの名作を生み出したわけだけど、「首」では、似たようなシチュエーションのサスペンスシーンがある。

 

 それは、掘り出して切り取った被害者の首を漬け物陶器に入れて汽車で上野に向かう車中でのシーン。ごった返す車両の向こうから警官が持ち物検査をしながら近づいて来る。闇市に流す米や物資を取り締まるのだ。そうこうしてると、周りの乗客が騒ぎ出す。臭い臭い、なんだこの匂いは!舞台は2月だが車内の熱気のために、腐臭が立ち始め乗客が騒ぎ出す。焦る弁護士。警官はじりじりと近づいてくる。なんとかしなければ。しかし有効な策もなく、ついに警官が来る。「臭い!この陶器の中は何だ!?」

 絶対に切り抜けられない状況と、それを切り抜ける方法は?

 さて、このヒッチコック的なサスペンスの中、主人公の置かれたピンチはどう乗り越えられるのか?これがこの映画の最大の山場である。

 しかし、うまい!この処理は素晴らしい!

 

 「発掘良品」は洋画を中心にラインナップを組んでいたが、かつてその邦画版も検討していた。いくつかは特別企画で編成したが、仕入れの問題や権利者の同意の問題など、そう簡単にはいかない問題が多かった。『首』は間違いなく邦画版発掘良品に並べていたはずの作品。もっと早くリリースしてほしかったな。 

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2 件の返信 (新着順)
リョーン.k
2023/10/31 13:59

邦画サスペンスとしては良作の雰囲気ですね!ご紹介なかったら知らなかった作品です。ぜひ一度観たいと思いました。また素敵な作品をご紹介してくださいね


すた☆みな バッジ画像
2023/10/31 19:21

ryo.kさん コメントありがとうございます!
邦画のサスペンスも気になる分野です。
邦画も様々な作品ありますので
またこちらのサイトで「発見」したいと思います。

🎬映画好き
2023/10/30 20:50

逃げ場のない列車の中でどう切り抜けたのか気になる🤔
こういった埋もれている名作はたくさんありそうですね!


すた☆みな バッジ画像
2023/10/30 21:00

映画好きさんコメントありがとうございます!主演小林桂樹!で興味津々です。
埋もれた名作珍作など掘ればありそうですね!