4作目 ソナチネ 2人の俳優のドラマのような映画出演。
ソナチネ 平成5年(1993年)公開。
死場を失ったやくざの情景、想いを描いた作品。
公開当時、国内では2週間の短期間で終わり興行成績も伸びなかった。しかしカンヌ国際映画祭「ある視点」部門での高評価により特にヨーロッパ、映画発祥地フランスで北野映画マニアの「キタニスト」が生まれた。評価は逆輸入することになった。ファンの間では「キタノブルーの完成形」、「北野映画の最高傑作」と言われている。
それぞれの映画100本に選ばれた。
1995年にイギリスBBC(英国放送協会)が、21世紀に残したい映画100本を発表した。その中にソナチネが入った。
その他の邦画作品について
松竹映画100年で約5000本の映画の中から選んだ100本の中でもソナチネが選ばれた。その他作品は男はつらいよ、喜劇 女は度胸、GONINなど。
2人の俳優人生を変えたソナチネ出演のエピソード
〇大杉漣のエピソード「数秒で決まった人生転換劇」
今作品では北野組の常連となる大杉漣が初出演。
出演を巡り、オーディションからドラマのような話があった。
大杉がオーディションへ向かうとすでに終わっている雰囲気を感じ、片付けをするスタッフに「オーディションは何時頃からでしたか?」と聞き「1時間前からです!」との返答。開始時間を約1時間、間違えていた事を知る。
北野監督の姿を見て、近づくがほんの数秒の認識しただけで「もう結構です」と言われ、オーディションが終了した。
帰り道「絶対落ちた!」と思った。しかし数日後マネージャーから「合格」ですと聞き、嘘だろう!と半信半疑の状態だった。
現場に行くとほぼセリフの無い役で「そこに立っていて」といわれ劇団「転形劇場」で沈黙劇を経験した大杉も困惑していた。事務所の電話で債務者を恫喝するシーンはセリフが無く、記録から渡された紙には「電話番」としか書いていなく、監督からは「セリフはアドリブで」で演じた。この演技を北野監督がとても気に入り、役を変え、次の撮影場所の沖縄へ行くことになる。この作品をきっかけに映画、テレビドラマなどで大活躍をする。大杉漣氏を起用した北野監督は「成功」と後日語っていた。
大杉連のほか、寺島進、渡辺哲、津田寛治、勝村政信の名バイプレーヤーが出演する。
〇津田寛治のエピソード「ママの激怒がきっかけ」
もう一人、ドラマのようなエピソードを持つ津田寛治もソナチネで北野監督作品に参加。
大杉と違い津田はオーディションも受けていないにも関わらず映画出演をする珍しい経緯。
津田は無類の映画好きで映画監督になることが夢だった。
息子が大変な映画監督への道のりを暗示して親からは「映画監督は東大京大でのどちらかを卒業しないと無理」と聞かされて俳優になることを決意する。
上京し、映画の録音スタジオ近くにある喫茶店「カフェテラスアオイ現:閉業」のウェイターをしながら、自身のプロフィールをオフィス北野へ持ち込むなど俳優デビューを目指していたが、チャンスがつかめない状態だった。
いつものようにウェイターをしていると北野監督が来店し、持参しているプロフィールを監督に渡し「わかりました」と返答があった。渡せただけで成功したと感激していた。
プロフィールを渡してから1年後くらいに再び監督が来店をする。津田を見かけた監督が「あんちゃん、まだ俳優はやってのか~頑張ってなぁ」と言われ感激した瞬間にさとみママが突然、監督のもとへ行き、ママ「監督!ひどいじゃないですか!うちの子(津田)、1年間もねぇ、一生懸命、監督からお声がかかるの待ってたんですよ!なんでオーディションすら呼んでくれないんですか?オーディション終わってるらしいじゃないですか!あしたからクランクインだって(北野組のスタッフ)に聞きましたよ!」とまるでわが子の事のように北野監督へ猛抗議をした。
ママさんの勢いに押された北野監督は困惑しながらも「え?え?ごめんね、知らなかった」と謝罪をするも、さとみママの怒りは収まらず炎上した。
「寛ちゃん(津田)もう!いいわよ~!(監督の作品へ)もう出なくって!」とものすごい剣幕だった。当の津田は「終わった」と心の中でつぶやく。
事のなりゆきを感じた北野監督はここで江戸っ子らしい粋な計らいをする。
「あんちゃん(津田)ちょっとおいで。出番だから」と津田を呼つける、津田本人は「オーダー(注文)と思ってたいた」監督が一緒にいる映画のスタッフへ
北野「このあんちゃんがさ、オレがよく行ってる喫茶店でウエイターやってんの。だけど、こんな(ツンツン)頭して派手な服着てるからおいらが“おめー、ウエイターだったらウエイターらしい格好して働けよ~この野郎~言って。このあんちゃん、これぐらいのアップで“すんません”って謝るの。これ、ひとつ増やすから」と急きょ設定した追加シーンを説明。津田の北野映画デビューがその場で決まった。
北野監督と津田寛治の偶然的なキャスティング。
平成26年(2014年)頃、元日本陸軍兵の小野田寛郎を題材としたテレビドラマで主演(小野田役)を
演じる予定だった北野監督。撮影先のフィリピンに向かうはずだったがバイク事故で制作が中止された。その後令和3年(2021年)10月8日に映画『ONODA 一万夜を越えて』が公開され、主人公の小野田役を津田寛治が行った。
類似するといわれた「東京流れ者」
ソナチネはシンポジウムで映画評論家の蓮見氏から鈴木清順監督作品「東京流れ者」との類似性も指摘されたが当の北野監督はその作品を観ていない。
「その作品をみていたらもっと良いソナチネが撮れたたかもな~」と語る。
また洋画からの影響では「気狂いピエロ」(ジャン=リュック・ゴダール監督 1965年)からインスパイアされた部分もあると語っている。
ソナチネの観て欲しい 7つ欲しいポイント!
・殺し屋役のチャンバラトリオ南方英二の不気味さ。その殺し屋に撃たれた寺島進の目線。
・大杉漣の恫喝シーンは画面越しから伝わる空気感の変化と「ドキュメンタリー」なシーン
・渡辺哲が沖縄民謡を踊るシーン「すべてアドリブ」本人の緊張感が伝わる
・初々しいを感じる津田寛治の登場シーン
・寺島進と勝村政信による息きぴったりの土俵入りと人間紙相撲のシーン
・エレベーター内の銃撃戦。村川(ビートたけし)が放った「ひとこと」で始まる「生と死」
・情景と劇中の音楽との融合感
Sonatine (Live) Joe Hisaishi Official より
東京流れ者の主役渡哲也は北野監督作品のBROTHERでは存在感のある組長役を演じる。
【公式】日活配信チャンネルより
ソナチネ出演俳優、渡辺哲氏・津田寛治氏・故大杉連氏。
シネマトゥデイ マホモリティリポート:北野組常連のコワモテ俳優が大集合!優しすぎる皆様の楽屋裏に突撃!より
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投稿を表示ソナチネをテーマにしたのはすごく良かったです。
ただ、北野武フリークとしては、ソナチネ全体に漂う死へのメタファーなど狂気に満ち溢れた作品自体のレビューが欲しかったです。
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