昭和30年代半ばのワケあり中年サラリーマンが巻き込まれるサスペンス『黒い画集 あるサラリーマンの証言』
■黒い画集 あるサラリーマンの証言
〈作品データ〉
松本清張原作の「黒い画集」第2話「証言」を小林桂樹主演、橋本忍脚本、『裸の大将』を手掛けた堀川弘通監督で映画化したサスペンス映画。東京・丸の内にある東和毛織の管財課長の石野貞一郎は妻と子供2人で大森に住んでいたが、その一方で部下の梅谷千恵子を愛人として西大久保のアパートに住まわせ二重生活を送っていた。ある夜、千恵子に会いに西大久保へ寄った帰り、近所に住む杉山とばったり会ってしまい、後に向島で起こった殺人事件で杉山が容疑者となった時、貞一郎も警察から取り調べを受けることに。主人公・石野貞一郎役を小林桂樹が演じ、他中北千枝子、平山瑛子、依田宣、原知佐子、織田政雄、菅井きん、小西瑠美、江原達怡、児玉清、中村伸郎、小栗一也、佐田豊、三津田健、西村晃、平田昭彦、八色賢典、小池朝雄、佐々木孝丸、一の宮あつ子、中丸忠雄、家田佳子、西条康彦が出演。
公開日:1960年3月13日
時間:95分
配給:東宝
【スタッフ】
監督:堀川弘通/脚本:橋本忍
【キャスト】
小林桂樹、中北千枝子、平山瑛子、依田宣、原知佐子、織田政雄、菅井きん、小西瑠美、江原達怡、児玉清、中村伸郎、小栗一也、佐田豊、三津田健、西村晃、平田昭彦、八色賢典、小池朝雄、佐々木孝丸、一の宮あつ子、中丸忠雄、家田佳子、西条康彦
〈『黒い画集 あるサラリーマンの証言』考察〉
今回、TSUTAYA東所沢店でレンタルをする中で店舗で探してびっくりしたのが松本清張原作の『黒い画集』シリーズが3本揃っていた事である。この、『黒い画集』シリーズ、なぜか配信にはない。前にこのシリーズから2本は見ていたが、残りの1本はずっと見れていなく、それがこの小林桂樹主演の『黒い画集 あるサラリーマンの証言』。一見、平凡そうなサラリーマンがとある殺人事件に巻き込まれるサスペンスだけど、法廷劇、不倫恋愛&二重生活、よもやのサスペンスなどが次々と巻き起こる飽きない展開に、昭和30年代半ばの日本の空気とサラリーマンものの映画によく出てくる小林桂樹のシリアス演技もあり、松本清張原作&橋本忍脚本でその年のキネ旬ベストテン日本映画部門第2位も納得の傑作サスペンスである。
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小林桂樹が演じる中年サラリーマンが殺人事件のアリバイの鍵を握っていて、すんなり証言すればいいんだけど、そうすると会社の部下を愛人にしていることが家族だけでなく、世間にもバレてしまうことになる。そこを主人公がどう切り抜けるかが中盤までのポイントになる。切り抜けるために愛人の千恵子も説き伏せて西大久保から品川へ引っ越しをさせたり、二人で裁判の尋問の練習をしたりなどあれこれ努力をする様が面白い。
この主人公・石野貞一郎の会社の管財課課長というポジションだが、序盤に月収7万円、ボーナス40万円が2回と冒頭のナレーションで語られる。この当時のサラリーマンの大卒初任給が1万2000円の時代だから、今ならその15〜20倍と考えると7✕20=140万円✕12で1680万円、ボーナスが800万円と考えると年収2480万円。なので、大森に4人家族で過ごしていながら、愛人を西大久保のアパートに住まわせる主人公の余裕がある経済力にも納得が出来る。
それと、石野貞一郎の42歳という年齢に、48歳の筆者には色々と思う所がある。妻子がいるだけでなく、愛人までいて、会社では課長だけどゆくゆくは部長もという声もあり、それなりの地位もある。しかしながら、千恵子の引越し先のアパートに住む学生連中と比べるといい歳をしたオッサンだし、家庭で寝そべりながらタバコを吸う姿は日曜日のお父さんそのもの。中盤からアパートの若者と貞一郎が千恵子を交えて対峙するシーンがあるが、ふとカトリーヌ・スパーク主演の『狂ったバカンス』の主人公のオッサンVS若者軍団の構図を思い出すし、江ノ島での若者軍団と愚連隊のいざこざは昭和30年前後の石原裕次郎主演映画の世界観、空気感にも通じる。
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この石野貞一郎を演じているのが小林桂樹。森繁久彌主演の「社長シリーズ」では若い社長秘書役、あと後の岡本喜八監督作品『江分利満氏の優雅な生活』では中年サラリーマンの江分利満を演じていたり、典型的な中年サラリーマンを演じるが、その中でも『黒い画集 あるサラリーマンの証言』の石野貞一郎役で数々の映画賞を獲っているように、他の作品よりもオッサン臭い42歳中年サラリーマンを演じている。また、奥さん役の中北千枝子もオバサン臭いお母さんというか古女房を演じている。
ちなみにこの時小林桂樹は37歳で中北千枝子は35歳。今の感覚で言えばギリギリ若者とも言えなくない年齢だけど、この作品ではしっかり40代の夫婦、それもオッサン、オバサンをしっかりと演じている。家庭があり、地位があり、会社帰りにパチンコ屋に寄り、さらにその足で西大久保の愛人宅と立派な中年である。それに対して筆者は家庭も恋人も地位もない、あるのはライトな持病ぐらいで、色々ないから年齢よりかは若いと勝手に自分では思っている。が、この映画の主人公・石野貞一郎こそ42歳男性のあるべき姿、男の重さ、年相応だと思う。
だからこそ、失うものが大きく、中盤までのあり得ない足掻きと抵抗、後半の展開からの悲劇という展開になり、文字通り「黒い画集」になっている。石野貞一郎が普通の42歳の幸福な家庭、地位、ある程度の欲を満たしてさらにはその先の希望もあるからこそラストが黒光りしている。それは42歳の主人公ばかりでなく、小学校高学年ぐらいの娘と小学3,4年ぐらいの息子がテレビで歌謡曲を見たり、ボクシングを見たりしてリビングではしゃいでいるシーンからも家庭の幸福が感じられるし、中北千枝子が演じる妻との他愛のない会話からも同様。公開が昭和35年となると撮影は昭和34年ぐらい、日本プロレスの第1回ワールド・リーグ戦の開催やプロ野球の巨人対阪神の天覧試合の時代で、まさしくリアル『ALWAYS 三丁目の夕日』の世界である。
あと、貞一郎が杉山と会ってないアリバイとして「渋谷で映画を見た」と映画をダシにしている。それも一度だけでなく、後半にもあり、そのいずれも二本立てを見たということになっている辺りが昭和30年代らしい。この映画をアリバイに使うやり方は後に東野圭吾原作の「容疑者Xの献身」でも使われているが、これはどちらかというと東野圭吾による松本清張オマージュなのかも。
中盤までの法定もの、後半の別のサスペンスのみを見ても面白いが、そこに42歳の中年サラリーマンが築き上げた幸福との駆け引きがあるからこそ重く、ラストの鈍重さに繋がる。中年公務員の病苦からの動きを描いたヒューマンドラマ映画の傑作の黒澤明監督作品の『生きる』ともまた違い、クライム・サスペンスとしての味がありながら42歳の中年サラリーマンの悲劇も描いている。
日本映画屈指のサスペンス
でありながら、且つ『江分利満氏の優雅な生活』にも並ぶ
日本映画屈指の中年サラリーマン映画でもある。
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ついでながら付け加えるが、この『黒い画集 あるサラリーマンの証言』、黒澤明監督作品『野良犬』や『天国と地獄』、野村芳太郎監督『張込み』、小林恒夫監督作品『点と線』、野村芳太郎監督作品『ゼロの焦点』に並ぶ傑作…まぁ、そりゃ、松本清張原作&橋本忍脚本というのもあるが、そのわりにはあまり後世に伝わっていない気がしてならない。
繰り返すが松本清張原作だから知っている方には当たり前の作品で、上記の日本のミステリー/サスペンスのスタンダードに入れてもいいが、なぜかTSUTAYAの店舗でも埋もれていた。『黒い画集』シリーズ他2本も見直して、その辺について考えたい。