「どんでん返し」使用禁止法案
「どんでん返し」の罪と罰
1989年、新入社員だった23歳のわたしは京都府城陽市の直営店に配属になった。
この、かなり初期のスタイルの店で2つのコーナー企画が生まれた。1つは「映画館に行く前にコーナー」、もう1つが「どんでん返しコーナー」。映画館で続編を鑑賞する前に前作を、リメイクを観る前にオリジナルを、そして同じ監督作、出演者の作品を集めた。これならいちいちいろいろな棚を探し回らなくて済む。
どちらのコーナーも大好評で、「これまだ返却されていませんか」とよく聞かれた。ちなみに「映画館に行く前にコーナー」を始めたのは8月から。TSUTAYA史上初めてこの棚に並んだビデオは9月公開の『007消されたライセンス』に合わせたショーン・コネリーからティモシー・ダルトンまでの007過去作シリーズ、『13日の金曜日PART8/ジェイソンN.Y.へ』→過去シリーズ、『帝都大戦』→『帝都物語』、『リーサル・ウェポン2/炎の約束』→『リーサル・ウェポン』、『ベスト・キッド3/最後の挑戦』→過去2作など。棚全部埋めるほどの作品はなく、2段ほどを使った。
「どんでん返しコーナー」は当時のわたしがお店の在庫の中から、商品知識をフル活用して掻き集めたどんでん返し映画を並べた。89年のことだから、それほど大した本数はない。しかし『スティング』や『猿の惑星』など名作と言われる作品を中心に、アガサ・クリスティー原作ものや、新しいところではこの1年前に公開された『追いつめられて』も置いたと思う。
「映画館に行く前に」の回転率が高いのは当然のこととして、「どんでん返し」は他のどんなテーマよりもずば抜けて高かった。わたしもあなたも、みんなどんでん返しが大好物なのだ。
わたしは90年には経理に異動になって、本部務めに変わるのだが、この2つのコーナーはその後全ての直営店に広まった。どの店にも映画通のアルバイトスタッフがいて、独自のチョイスでお薦めコーナーを作っていたが、そこに必ず何本かはどんでん返し映画が含まれた。
そして90年代には優れたどんでん返し映画がいくつも生まれ、その何本かは今やスタンダードとして語り継がれるようになった。今もどこかのTSUTAYAにはどんでん返しコーナーが設置されている。
令和の時代になって、たくさんのYoutuberがどんでん返し映画を紹介したり、解説してくれている。どんでん返し作品だけを集めたブログや、Webサイトもある。どんでん返し映画だけのランキングまで考察されている。
めでたしめでたし。
いや、これは映画ファンにとって良いことなのか?
わたしが『ユージュアル・サスペクツ』を観た時、ガブリエル・バーンしか俳優の名前は知らなかった。ケン・ラッセル監督の『ゴシック』とコーエン兄弟の『ミラーズ・クロッシング』を辛うじて観ていたからだ。『ユージュアル・サスペクツ』の監督の名前なんて今もパッと出てこない。(『ボヘミアン・ラプソディ』撮影時におイタをして追放されたらしい)
こんな状態でアスミックさんの試写に招待されて観たわけだから、その衝撃たるや、チャズ・パルミンテリのあんぐり顔どころの騒ぎじゃない。裂け目から顔を出したジャック・ニコルソンと目が合ったシェリー・デュヴァルの神領域まで届いていた。(観た人は分かると思うけど)試写の帰り道、歩きながらちょっと真似してみた。家に帰って、もらったプレスシートを何度も見返した。そうやって俳優の名前を覚えた。ウワー、すごい映画が出てきた。映画ってすごいな。まだこんな映画味わえるんだ。
ほとんど何も知らずにこれくらいガツンと喰らうのが映画ファンの本当の幸福なのではないか?
わたしは、こうした作品にこれから始めて出会う若い世代を守るために、勇気を振り絞ってあえて宣言したい。
「どんでん返しがあるって言っちゃダメ」
そしてこれから映画を観ていこうという決意を固めた若い世代の人たちに申し上げたい。
「どんでん返し検索しちゃダメ」
どんでん返しばかり続けて観て免疫力を付けたり、どんでん返し情報ワクチンを接種するのも体に良くない。予告編くらいの、効き目の薄い市販薬に留めてください。
わたしがもし選挙に出て参議院議員に当選したら「どんでん返し使用禁止法案」を提出するつもりで、今法案を書いている。
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投稿を表示『どんでん返し』『衝撃のラスト』このフレーズを使わずにまだ見ていない方に魅力を伝える、この高度な知的アウフヘーベン、これこそ自虐的映画コメンテイターの修行です!!何の役にも立ちませんけど!!
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投稿を表示こんにちは。 おもしろく拝読しました。
ケビン・スベイシーが『 ユージュアル・サスぺクツ 』でアカデミー助演男優賞獲った時は正直「 誰 ? 」と言う感じでした。 ブラピとかの下馬評が高く、日本ではまだ知名度が低かったと思います。
この手の映画は不意打ち、サプライズがいのちですから、初見の時はあらすじ下調べ、早送り厳禁なのですが、途中まで凡庸でつまらないと思うと、人によってはついついやってしまいがちですね。
知らない人に紹介する時に困るのですが、「 だまされたと思って、予備知識なし、早送りなしに最後まで観てね 」とうまく伝えるいい方法はないでしょうか。(笑)