黒沢清監督による45分に凝縮されたおぞましい非日常・不条理スリラー『Chime』
■Chime
《作品データ》
メディア配信プラットフォーム「Roadstead」のオリジナル作品第1弾として製作、「Roadstead」で2024年4月12日からデジタル販売されていた黒沢清監督の中編のスリラー映画。料理教室講師の松岡卓司はある日の料理教室中に生徒の田代一郎にチャイムの音が聞こえると言われ、以降松岡は少し気にかける。その後も田代は料理教室で挙動不審な言動を繰り返し、ある日、決定的な事件が起きる。松岡卓司役を吉岡睦雄が、田代一郎役を小日向星一が演じ、他天野はな、安井順平、関幸治、ぎぃ子、川添野愛、石毛宏樹、田畑智子、渡辺いっけいが出演。
・Stranger他全国ロードショー中!【R15+】
・上映時間:45分
・配給:Stranger
【スタッフ】
監督・脚本:黒沢清
【キャスト】
吉岡睦雄、小日向星一、天野はな、安井順平、関幸治、ぎぃ子、川添野愛、石毛宏樹、田畑智子、渡辺いっけ
・公式HP:https://roadstead.io/chime/
〈『Chime』レビュー〉
「Roadstead」という非常に独特なプラットフォームの配信システムでの第一弾として作られた黒沢清監督の中編作品『Chime』。『岸辺の旅』や『スパイの妻〈劇場版〉』、最近もセルフリメイク版の『蛇の道』など個人的には今ひとつな手応えの作品が続いた黒沢清監督作品だが、『Chime』は登場人物には誰一人として共感出来ないながらも、
不条理なスリラー、サスペンスとしては非常にクオリティーが高い作品に仕上がっていた!
要するに、一見まともそうな料理教室の講師の松岡卓司が、奇妙な生徒の言動から非日常の世界に引き込まれる、というスリラー。説明はほとんどなく、吉岡睦雄が演じる主人公・松岡卓司の周辺を見ていくが、これが映像で色々情報を表しているので、繰り広げられる日常、ドラマから松岡卓司と彼の家族、家庭、状況を読み取る映画になっている。
一軒家で家族三人で住み、傍から見ればいい感じの中流家庭っぽく見えるが、松岡の妻・春子が大量の空き缶を処理する辺りや、卓司がフランス料理屋の面接を受けるシーンから松岡卓司や松岡家の状況が徐々に分かる。
前半の小日向星一が演じる田代一郎の変な雰囲気は『クリーピー 偽りの隣人』の香川照之が演じた西野とは違い、明らかにADHDとかアスペルガー症候群のような類いのものとそれらをさらに押し進めた精神・神経的なもので、日常に起こり得る恐怖である。これは後半のフランス料理屋の面接後に起きた事もこれと同様で、『クリーピー 偽りの隣人』よりもさらにナチュラルな恐怖を見せている。
中盤からのサスペンス展開など徐々におかしな方向に進む松岡家の様子など、どれも一歩違いの何気ない日常とおぞましい非日常で、『Chime』はそのスレスレの絶妙な世界観を描いている。料理教室で使用している建物内や松岡家をやや暗めに映しているシーンが多いが、あの辺りは『トウキョウソナタ』を思い起こす。
主人公・松岡卓司を演じた吉岡睦雄は料理教室での講師の顔と、フランス料理屋の面接での顔、松岡家での主(あるじ)としての微妙さなど見事に演じ分けが出来ているし、田代一郎を演じた小日向星一の病的な雰囲気もお見事。どのキャストも己の力を存分に発揮しながら映画『Chime』の奇妙な世界観を形成している。
ややふわっとした着地点で終わりはするが、『クリーピー 偽りの隣人』以来のわりとしっかりとしたおぞましい非日常が味わえる。
45分という著名な映画監督の映画作品としてはやや短い尺のスリラーではあるが、