似顔絵で綴る名作映画劇場『三つ星級の極上ミステリーを堪能したいあなたへ』
三つ星級の極上ミステリーを堪能したいあなたへ
人はなぜ吸い寄せられるようにミステリーを求めるのでしょう? いつの世も至高の心理ゲームは人々の心を熱く激しく揺さぶります。そんなミステリーの名作をご紹介しましょう。
『太陽がいっぱい』(1960)

野心に満ちた孤独で貧しい青年が手を染めた完全犯罪。アラン・ドロンの悪の魅力を引き出したクライム・サスペンスの名作!
ギラギラと照りつける陽光に駆り立てられるように、裕福な友人の全てを手に入れたいという欲望が芽ばえる。そして、計画通りに殺害し海に捨てた。パスポートを偽造し、サインを繰り返し練習し、話し方や声を真似て友人になりすました。空が眩しく青かった。海はどこまでも輝いていた。富を手にした。女を奪った。何もかもが自分に微笑んでいる!
成功の味に酔いしれ、完全犯罪は鮮やかに完結したかに思われたが・・・。
大海に浮かぶ小舟のごとき彼の人生に、たった一度きり昇った太陽。そこに見たものは、屈折したナルシシズムの昇華の果ての一筋の残像だったのでしょう。
この映画の根底に流れるのは主人公の青年とその友人との間に垣間見える同性愛の匂いである、と解説してくれたのは、あの淀川長治氏でした。そう言われて観ると、ふたりの手のアップが時に不必要なまでに繰り返し映し出されます。それがある種の象徴であったのかしら? 何度でも観たくなる魔性の映画ですね。

『情 婦』(1958)

あまたある古典的名作映画の中でも最上級のひとつに数えられる作品です!
“ミステリー小説の女王”アガサ・クリスティーの短編小説『検察側の証人』を原作に、さらにひと捻りもふた捻りも加えて、極上のエンターテインメントへと昇華させました。
いわゆる「法廷劇」としての面白さは群を抜いていて、ラストの大どんでん返しには言葉を無くしましたね。マレーネ・ディートリッヒという女優を知ったのがこの作品でした。中学生の時にテレビでこの映画を初めて観て、その妖しいまでの色香と、凛とした佇まいが強烈な印象を残しました。その後、名画座館へ何度か追いかけては繰り返し観たものです。
監督のビリー・ワイルダーの代表作のひとつであり、彼の数々の名作の中でも『サンセット大通り』(1950)と並んで私の大のお気に入りの作品でもあります。

『オリエント急行殺人事件』(1974)

アガサ・クリスティー原作の映画をもうひとつ。
トルコのイスタンブールからロンドンへと向かう寝台列車のオリエント急行に乗り合わせた乗客たち。この季節にしては珍しく一等寝台車は満室であった。途中、豪雪のために列車は足止めを食う。その最中に乗客のひとりである富豪のアメリカ人男性が、客室内で死体で発見される。その体にはいくつもの刺し傷があった。明らかに殺人事件である。乗客の中に、著名な私立探偵であるエルキュール・ポアロがいたことで、事件解明に動き出す。大雪の中、犯人が逃走した形跡もなく、様々な状況から同じ一等寝台車の乗客の中にいる可能性が高いと判断し、ポアロは12人の乗客たち全員に話を聞くことに。だが、彼等には完璧なアリバイがあった。やがて、殺された男性の怪しげな人物像が浮かび上がり、さらには、一見何も繋がりがないと思われた乗客たちにはある共通点があることが発覚する。
果たして犯人は誰か? 至高の謎解きゲームが始まる。
往年の名優たちが容疑者役で出演する豪華なキャストも魅力です。複雑な人物像と難解なストーリー展開を、ひとつひとつのピースを埋めるように丁寧に描いたシドニー・ルメット監督の手腕が光る。

『鳥』(1963)

数あるヒッチコック作品の中でもきわめて異質な題材である今作品。なにせ、最初はわずかな数であった野生の鳥たちが、徐々に増えていき、やがておびただしい大群となって人間に襲いかかる、という得体のしれない恐怖を描いています。何が怖いって、コミュニケーションが取れない相手が大挙して襲ってくるというのは、話し合いも何もありません(笑)。ただただ逃げ惑うだけです。CGの無い時代のいわゆる“パニック映画”は、時として陳腐な描写が目について興ざめする事がありますが、やはり“サスペンスの王様”ヒッチコックの手にかかると違います。ある日、突然に無数の鳥たちが人間に襲いかかる、というある意味単純なストーリーは、一歩間違えればたちまち“B級映画”となる可能性大と思います。ヒッチコックはそれを、どこか品格さえ感じさせるエンターテインメントへと昇華させてしまいました。この映画が心底怖いのは、大群をなした鳥たちが何故に人間を襲うに至ったのか? という“原因”が一切ないという点にあります。気候変動とか化学薬品とか、はたまた謎の呪術師が操った、などなど・・・。起因するものが何もないというのが恐怖の上にさらなる恐怖を積み重ねて観客に重圧を与えるのです。そういった心の混乱状態を綿密な計算のもとに引き起こさせる手法は、ヒッチコックの代名詞であり、他の追随を許さない名人芸でもあります。

『ミザリー』(1990)

雪深い別荘で、人気小説『ミザリー』シリーズの最終稿を書き上げた作家。彼の運転する車が雪道にハンドルを取られて事故を起こす。気が付けば、中年の女の家で看護を受けていた。その女は『ミザリー』の狂信的なまでのファンであり、彼の事故に遭遇したのも偶然ではなかった。そして、彼の書いた最終稿の結末に不満を募らせ、書き換えるように強要し、軟禁状態にしてしまう。大怪我を負った上に、外は雪に覆われ、人里離れた女の家には電話も無い。次第にエスカレートする女の行為に、身の危険を感じる作家。怪我で起き上がることも出来ない。ここから、密室の中で繰り広げられる、腹の探り合い、騙し合い、そして決死の脱出劇が、恐ろしくも心揺さぶるサイコスリラーとして、観る者を圧倒していきます。
女は、過去に疑惑の経歴を持つ看護師であった。逃亡をさせまいと薬を打ったり、作家の足に大きな大きなハンマーを振り下ろしたり。ストーカー行為は、やがて殺人ゲームの様相を呈して、息づまるクライマックスへと突き進むのです‼
あまりに変質的で、危険きわまりないファンに出会ってしまったなら、ここは完全無視をしましょう。これを“見ザリー、言わザリー、聞かザリー”と言います。ハイ!

『雨の訪問者』(1970)

地中海に面した避暑地。雨の降るある日、コート姿に赤い鞄を下げたどこか不審な男がバスを降り立つ。夫の帰りを待つ若妻の家に侵入したその男は彼女を犯す。怒りと恐怖に身を震わせた若妻は、男を射殺し、死体を海に捨てる。翌日、警察の捜索とは別にひとりのアメリカ人が現れて彼女に執拗に付きまとう。何故か若妻が殺した男の事も、彼女の夫の事も色々と知っている。男が持っていた赤い鞄に何か秘密があるようだ。若妻は次から次へと窮地に追い込まれていく・・・。
お世辞にも美男とは言い難いが、謎めいた男の色香をこれでもかとばかりに発散するのがチャールズ・ブロンソンでしたね。彼の人気を決定づけた傑作サスペンス。
この頃、日本の男性化粧品のCMでも大人気となり、そのCM中のセリフは流行語にもなりました。渋い男の代表格でしたね。
この作品の監督は、『太陽がいっぱい』(1960)などきら星の如き多くの名作で知られるルネ・クレマン。有名なテーマ曲は、フランス映画音楽界の巨匠フランシス・レイ。ミステリアスなドラマには、ワルツの調べが良く似合うことを知らしめた作品でもあります。